第52話 御前会議(2)
数秒の間、呆然と見つめ合っていた二人だったが、冬至の視線がスッ……と外れ、紬の前に座っている老婆へと向けられる。
軍服姿の青年は一瞬だけ非難するように眉を顰めると、直ぐに真顔に戻って指示された席へと足を進めた。
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困惑する紬の視線の先でタエの背中が小刻みに震えている。よく分からないが、どうやら笑いそうになるのを堪えているらしい。
……それにしても何故所長が? いや、そういう立場の人だからなんだろうけど!!
内心パニックになりながら、冬至と彼の付き人である男性が着席するのを目で追っていると「失礼致します」と再び襖が開かれた。高位の従者と思われる男が顔を出し、重々しく口を開く。
「皆様、皇帝殿下が到着されました」
凛と響く従者の声に座敷にいる全員が姿勢を正し、一斉に深く頭を下げる。感じたことのない緊張感や威圧感に圧倒され、冬至のことを考える余裕は無くなった。紬も周りに倣って膝を折り、最敬礼をとる。
まさかこんなに近くで皇帝殿下のお姿を拝める日がくるなんて……。
御帳台に着座した皇帝がゆっくりと一同を見渡した。一国の長である男の威厳が御簾越しでも十分に伝わってきて、紬は小さく身震いする。いよいよ御前会議が始まるのだ。
「
皇帝が静かに、しかしよく通る声で豊穣祭の騒ぎを収めた第一皇子と烏丸を労った。名前を呼ばれた当人達は「勿体なきお言葉です」と深々と頭を下げる。
「此度の功績は、烏丸殿や近衛隊の力添えあっての結果にございます。被害拡大を食い止め、早々に復旧に取り掛かることが出来たのは、私を信じて常日頃から力を貸してくださる皆様のお陰でもあるのです」
尚仁と呼ばれた第一皇子の「第一皇子派全員で成し得た功績です」という言葉に、皇子の後ろに控えていた側近が誇らしげに胸を張った。
その様子を見て第二皇子側の側近が悔しそうに顔を歪ませる。第二皇子自身は精悍な眼差しで皇帝を見据えたまま、その表情に変化は無い。
「烏丸殿を筆頭に近衛隊によって捜査が行われた結果、此度の騒ぎを起こした首謀者を突き止めました。あろうことか、別の罪まで重ねている極悪人です。……殿下、この件については烏丸殿に報告を任せても宜しいでしょうか?」
第一皇子の伺いに、皇帝が「良かろう」と頷いて許可を出す。指名された烏丸が「失礼致します」と一歩前に出て一礼した後、険しい表情で皇帝を見据えて口を開いた。
「今回の騒動を引き起こした者については……恐れながら、直ぐに罪状を確定させ、処刑するべきだと考えております。
自身の犯した罪の大きさを認識させ、早急に処遇を決定するためにも
伺いを立てているが、元々そういう手筈だったのだろう。皇帝の返事と共に烏丸の側近が動き、程なくして中庭の奥から近衛三番隊隊長である綿貫を筆頭に、複数の近衛兵が姿を現した。
屈強な男達に抱えられるようにして、マキが御前へと突き出される。手足を拘束され、口に猿轡を噛まされた青年は乱暴に地面に叩きつけられてもなお、無表情を貫いていた。しかし、その顔には明らかに疲労の色が浮かんでいる。
本当に、マキさんに全ての罪を被せるつもりなのね……。
マキが実行犯であることは間違いのだろうが…… 痛々しい姿に胸が痛み、同時に彼を都合の良い駒としか見ていない烏丸への怒りが込み上げてくる。
しかし、ここで感情を乱すのは得策ではないと思い直し、紬はギュッと唇を噛んで拳を握り締めた。
「この男は国の重要な催事である豊穣祭にて、多くの人が集まる参道に爆発物を仕掛け、甚大な被害をもたらしました。
更にその混乱に乗じて神殿内に侵入し、第二皇子殿下を害そうとした……これは明らかな反逆行為であり、断固許されるものではありません!
……更に、この男が未知の毒物である夾竹桃を密輸し、斡旋しようとしていた張本人であることも発覚しました。商人を唆し、献上品に毒を紛れ込ませたのも此奴の仕業でしょう。
己の罪が明るみに出ることを恐れ、拘置所に忍び込んで囚われた商人の男を毒殺したことも分かっています。
このように非道な罪を重ねた大罪人に情けが必要でしょうか? ……よって即刻その首を刎ね、罪を償わせるべきであると考えます!」
烏丸によって述べられる罪状を、マキは反論することもなく、ただ黙って聞いている。
座敷では憤った側近達が「今すぐに処刑すべきだ!」などと口々に息巻いていた。完全に場の空気を掌握した烏丸はニヤリとほくそ笑み、あと一押しだとばかりに語気を強める。
「証拠や証言は揃っております。殿下、どうぞ国にとって最良の判断をお願い致します!」
まずい、このままじゃマキさんが……でも、どうすればいいの???
烏丸の思惑通りになっていることに焦るが、目の前のタエ婆は厳しい表情で烏丸を見据えたまま動く気配が無い。
このままマキが処刑されてしまうのを見過ごす訳にはいかない。紬は意を決し、声をあげようと腹に力を入れた瞬間——。
「お待ち下さい」
落ち着いているが、有無を言わせないような凄みのある声が座敷に響き、皆の視線が声の主へと集まった。
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