第51話 御前会議(1)




「御前会議がどんなものかは知っておるな?」


「はい。皇帝殿下や重臣の皆様が集まって国家の重大事について話し合う会議だと認識しております」




 タエ婆の問いかけに頷いて答えると、老婆が「うむ」と首を縦に振った。




「その通り。国の行く末を検討する最高会議じゃ。その為参加資格を持つ者は限られておる。


 まずは皇帝とその後継となる者。……本来は継承順位一位の者を参加させるのが一般的だが、今代の皇帝は二人の皇子についてどちらが後継であるとも名言しておらん。よって、現在は第一皇子、第二皇子共に全ての会議への参加が義務付けられておる。


 そして、和の国筆頭貴族と呼ばれている鷲尾わしお鷹司たかつかさ朱雀院すざくいん烏丸からすまの四家の代表者……殆どの場合は当主じゃな……によって話し合われるのじゃ。


 加えて、それぞれの参加者の側近と議事録をとる文官に陪席が許可されているという感じじゃな。つまり、皇帝や主人からの許しがない限り側近に発言権は無いから安心しろ」




 やはりあまりにも場違いな所に来てしまったのでは……と再び青くなる紬を見て、タエ婆が「場合によっては発言してもらうことになるがな」と悪戯っぽい笑みを浮かべる。




「今回の議題は間違いなく、豊穣祭での騒動の報告とそれを納めた第一皇子と烏丸への褒賞についてだろう。第一皇子を次の皇帝にという世間の声も大きくなっていると聞く。


 しかしまだ、事態が収束してからほんの数日しか経っておらん。儂も少々性急ではないかと違和感はあったが……烏丸の思惑だったとは」




 そう言うとタエ婆は眉を寄せ、深い溜息を吐いた。




「昔から野心の強い男だとは思っておったが……まさかこんなことをしでかすなんてな。ことを急いでいるのは早急に自身の地位を確固たるものにしたいからだろう。


 何を仕掛けてくるかは大体想像がつくが……これ以上好きにさせる訳にはいかん。何としても奴の思惑を阻止するぞ」




 そう告げて、老婆はギラリと瞳を輝かせた。放たれる気迫から、彼女が国の重鎮であることを改めて思い知らされる。紬は緊張で震える指先をギュッと握り締め、力強く首肯した。





*****





 馬車を降り、出迎えた文官に続いて御所の長い廊下をゆっくりと進む。


 先程のように、情報収集と称してキョロキョロと辺りを見回す余裕は全く無かった。当たり前だが、周りはやんごとなき身分の方ばかりである。


 しかも、なんだかチラチラとこちらを見られているような視線を感じるのだ。紬は粗相をしないよう、一挙手一投足に神経を尖らせることで精一杯だった。




「鷲尾家当主、タエ様が到着致しました」




 御前会議が行われる部屋は御所の中央部に位置していた。何十人も収容出来そうな広い座敷は入口と反対側の襖が取り払われ、中庭の庭園風景を堪能出来る造りになっている。座敷の上座には皇帝が座るのだろう、豪勢な御簾付きの帳台が鎮座していた。



 文官に案内された席へと向かい、紬はタエ婆の背後に置かれた座布団の上でちょこんと正座をする。フカフカのそれは、長時間座っても足が痛くならないように配慮された一級品のようだ。




 ……あちらは第一皇子殿下。豊穣祭の日チラッとお見かけしたから間違いなさそう。その隣が烏丸様か……。じゃぁ、向かいにいらっしゃるのが第二皇子殿下ね。そのお隣は……誰だろう……?




 失礼にならない程度に周囲を観察していると「失礼致します」と言う声が聞こえ、入口の襖が開かれた。文官らしき男が顔を出して一礼した後、参加者の到着告げる。




「鷹司家のご嫡男であり、親衛隊長を務める冬至様が到着されました。本日は御当主様の代理でご出席頂きます」




 ん? とうじ? って……えっ??!!! しょ、所長??!!




 聞き覚えのある名前だなぁ……などと暢気なことを考えながら、声の方へ視線を向けると、あれは環の任務の時だったか……いつか見た見慣れない軍服を身に纏った冬至が「失礼します」と一礼していた。




 ……た、鷹司家? 嫡男?? 親衛隊長??? え、待って、所長って……一体何者??!!




 ゆっくりと顔を上げる冬至と困惑する紬の視線が合わさった瞬間、冬至の榛色の瞳が驚いたように大きく見開かれた。



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