第50話 出陣




「うわぁ……これはまた……見違えた……っ痛!!」




 鷲尾家の侍女達によって立派に身なりを整えられた紬を見て、源太が正直な感想を述べる。しかし、全てを言い切る前に「女性レディに対しての口の利き方がなっとらん!」とタエ婆の拳骨を喰らった。




「……とても良く似合っていると、思いマス」




 痛みに顔を顰めながら告げられた言葉に、紬は苦笑しながら礼を言う。


 これまでの人生で一度も袖を通したことがない……恐らく今後二度と通す機会はないであろう超高級礼服や装飾品を身につけた紬は、その辺の貴族令嬢と並んでも遜色が無い程に美しく変身を遂げていた。


 久しぶりに若い娘の世話が出来ると、侍女達は鼻息を荒くして張り切り、それはもう存分に腕を奮ってくれたのだ。


 細身の紬でも見栄えが良くなるようにと、中礼服は淡い黄色を基調としたふんわりとしたデザインの物が採用され、年相応の可憐さが際立つよう紅だけの薄い化粧を施し、髪の毛も結ってくれた。


 思考を停止していたので覚えていないが、入浴後に良い香りのするクリームを全身に塗り込んでくれたらしく、肌はかつて無いほどプルプルである。



 あまりの変貌ぶりに自分でも「これは誰?!」と叫んでしまったのだから源太の反応は当然だろう。理不尽な鉄拳を喰らう羽目になったことに内心同情していると「さて……」とタエ婆が口を開いた。




「儂はこれから紬を連れて御前会議に向かう。近衛兵外の奴らは一応最後まで警護という体裁を保つらしい。儂の出発と共に皇宮に向かうそうじゃ。


 源太お前は近衛隊が去ったのを見計らって紹介所に戻れ。書簡がちゃんと届けられたかどうかを気にしている者もいるだろう。近衛隊が見張りを残している可能性もあるから慎重にな」




 タエ婆の言葉に源太が「分かった」と頷く。紬は紹介所に残してきた忍やマイカへの報告を源太に託し、家令に付き添われてタエと共に公爵家の馬車に乗り込んだ。





******





 これが皇宮……!! 中も相当立派だわ……。




 普段の仕事で近くを通ることはあるが、敷地内に入るのは勿論初めてだ。物珍しげにキャビンの小窓からキョロキョロと外の様子を眺める紬を見て、タエ婆がクックックッと低い笑い声をあげた。




 は、はしたなかったかな……??




 慌てて居住まいを正し、上目遣いで恐る恐る向かいの席に座るタエ婆へと視線を移すと、老婆は目尻を下げながら「気にするな」とでも言うように軽く手を振る。




「良い良い、そのままで。いやぁ……先程まで“私が御前会議なんて無理です”と青い顔をしておったのに……中々肝の据わった娘じゃと思ってな」




 堪え切れなくなったのかタエ婆が声をあげて笑い出し、紬は自身の顔が赤くなっていくのを感じた。確かに少し……いや、かなり緊張感に欠けていたかもしれない。




「も、申し訳ありません……もう腹は決まったので、せっかくなら少しでも情報収集をしようと思い……」


「あぁ、責めている訳ではない。寧ろ褒めておる。存分に眺めると良い」




 もごもごと言い訳をする紬を制してタエ婆がニヤリと楽しそうに笑う。そしてふと思い出したように口を開いた。




「情報と言えば……御前会議について少し説明しておこうかの」


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