第43話 速達の任務(4)




「あれがタエ婆の屋敷だよ」


「うわぁ……。大きいですね……」



 人目を避け、源太と共に抜け道だという狭く雑然とした悪路を歩いていた紬は、突然開けた視界の先に現れた豪勢な屋敷に目を奪われていた。


 普段の配達で鷲尾邸の前を通ることもあるのだが、こんな風にまじまじと建物全体を見上げるのは初めてだった。


 等間隔に設置された照明に照らされ、闇夜に浮かび上がる屋敷は高貴な雰囲気を醸し出している。




「紬……馬鹿っぽく見えるから口閉じな」




 屋敷を見上げたまま、どんどん口が開いていく紬を見て源太が苦笑する。慌てて手で押さえるが、その規模感に圧倒されてしまい、すぐにまたポカンと開いてしまう。


 源太はそんな紬に残念な子を見るような目を向けていたが、屋敷へ視線を戻すと警戒するように眉を顰めた。




「まさか公爵家にまで近衛兵が配置されているとはね……。確かに鷲尾家も皇族だけど、私兵を雇っているのにここまでの警備が必要か? ……あの様子じゃぁ警護というより、タエ婆を見張ってるって言った方が正しいかもね……」




 源太の言葉に紬も表情を引き締めて同意する。屋敷の周囲は数メートル間隔で近衛兵が待機しており、鷲尾家の私兵と思われる屈強な男達と言い争っている姿も確認できた。近衛隊が求められて警護にあたっているのなら、あんな風にいがみ合う必要は無い筈だ。




「正面からは難しそうだから裏門の方に回ってみるけど、最悪強行突破になるかもなぁ……。はいこれ。一応煙玉と足止め用の粘着液を渡しとくね。


 でも近衛兵相手にあからさまに攻撃しちゃうと公務執行妨害で連行されちゃうから、極力使わないでね」




 紬は源太から護身用具を受け取って帆布鞄へと仕舞う。これから侵入者として屋敷に忍び込まなければいけないのだと自覚し、緊張で少し鼓動が早くなる。




 

 大丈夫、いつも通り冷静に。侵入の目的は烏丸阿須真の疑惑を記した書簡をタエ婆の元に届ける為。何があっても慌てない。任務遂行の為に何が最善かを考えて……




 紬は自分の役割を復唱し、大きく深呼吸をする。そして気を引き締め直した後、巨大な屋敷に向かって足を踏み出した。






「やはり裏門にも近衛兵が配置されていますね……」




 屋敷の裏手に回り、木陰に身を潜めながら紬が囁く。表よりも数は少ないが、こちらでも複数の近衛兵が見張りをしており、迂闊に近付ける雰囲気ではなかった。


 さて、どうするべきか……と源太を見やると、彼は地べたに屈み込み、何やらガサゴソとリュックサックの中を漁っている。




「あんまり目立つことはやりたくないんだけど……しょうがないか。近衛兵がに気を取られている隙に忍び込もう。


 子供騙しだけど爆発騒ぎがあった後だし、多分大袈裟に反応してくれるでしょ。合図したら全力で走り出せるように準備しておいて」




 そう言って顔を上げた源太の手には、爆竹のような物と点火器が握られていた。紬が「いつでも大丈夫です」と告げると、源太は手際良く爆竹に火を点け、裏門から離れた場所へ勢い良く放り投げる。


 少し離れた場所からパンパンパンッ! と大きな破裂音が聞こえてきた。爆竹は点火してから時間差で爆発するように改良されているらしく、まるで銃撃があったかのような鋭い音が闇夜に響き、屋敷周辺が一気に騒がしくなる。




「な、なんだ?! 敵襲か……?!」


「落ち着け! まずは対象を確認しろ!」


「銃声のような爆破音が数回聞こえました! 刺客が潜んでいるかもしれません!」




 緊迫した声があちこちから聞こえ、衛兵達が爆竹が破裂した付近にわらわらと集まってきた。皆が周囲を警戒しながら慎重に現状把握に努めているが、今宵は月が雲に隠れていて闇が深く、手元の明かりだけでは中々状況を確認出来ないようだ。


 その隙を見計らい、紬は源太と共に慎重に衛兵達の脇をすり抜け、屋敷の裏門へと急ぐ。

 



「……ふぅ、想像以上に上手くいったね。あとは屋敷に忍び込んでタエ婆の所に向かうだけだ。……でもここにも面倒な奴が多いから、引き続き気を引き締めておいてね」


「分かりました」




 源太さん、本当にこういうの慣れているんだな……。



 鷲尾邸の敷地内へ忍び込むことに成功し、紬は頼り甲斐のある少年……のような見た目をした青年を尊敬の眼差しで見つめる。


 普段発明ばかりで殆ど外に出ない彼に本当に護衛が務まるのか……などと疑っていたことが恥ずかしくなり「侮ってしまってごめんなさい」と心の中で何度も謝罪する。


 紬一人で来ていたら皇宮辺りで足止めを食らったまま、鷲尾邸には辿り着けなかっただろう。




 後は書簡これをタエ婆に届けるだけ……。




 無事に届けられる目途が付き、紬がホッと胸を撫で下ろしていると、背後からグルグル…と不穏な唸り声が聞こえた。


 

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