第42話 速達の任務(3)
「はい、紬。これ着ておいて」
源太はリュックサックから取り出した黒い布のようなものを紬へと手渡す。サラサラと心地良い手触りのそれを広げると、フードの付いたローブだった。羽織ると踝まですっぽり隠れてしまいそうな大きさだ。
「これは……新しい発明品ですか?」
「ううん。ただの黒いローブだよ」
紬の問いに、源太がリュックサックの中を漁り続けながら答える。拍子抜けして目を瞬いていると、その様子に気付いた源太が「はぁ……」と深い溜息を吐いた。
「別に紬だけを責める訳じゃないけどさぁ……。君達ちょっと便利な物に慣れ過ぎだよ。そんな簡単に都合の良い発明品がポンポン出てくる訳が無いでしょ。
僕の発明を期待して貰えてるのは嬉しいし、やりたいことをやらせてもらえる環境はめちゃめちゃ有難いと思ってるけど、便利グッズに頼らずとも自分の身を守れるよう、日頃から意識だったり、鍛錬だったりはちゃんとしておいてね。
今回だってさ、近衛兵の目を盗んで移動しなくちゃいけないんだから闇に紛れる恰好をした方がいいじゃん。だからそれ貸してあげる。……便利な物に頼りすぎて基本を疎かにしてたらいつか足元掬われちゃうよ?」
そう言って源太は自分用のローブを羽織り始めた。無意識に秘密兵器の登場を期待してしまった紬は、ごもっともな指摘に言葉が出ず、腕の中の黒い布を握り締めて「すみません……」と項垂れる。
そんな紬に「分かればよろしい」と告げると、源太はよいしょと重たそうにリュックサックを背負った。紬も慌ててローブを羽織り、久しぶりに身に付けた愛用のキャスケット帽の上からフードを目深に被る。
「……さて、出発しようか」
源太がゆっくりとキャビンの扉を開き、緩やかな速度で進む馬車からふわりと飛び降りた。紬も音を立てないよう慎重に後を追い、二人で木陰に隠れて周囲の様子を窺う。
「うん、大丈夫。バレていないみたい」
奇妙な形をした眼鏡を掛けた源太が周囲をキョロキョロと見渡す。それは一体何ですか……? と紬が視線だけで訴えると「あぁ、これ?」と眼鏡の縁をクイッと持ち上げた。
「暗視ゴーグルだよ。これをかければ昼間のように……とまではいかないけど、暗い場所でもよく見えるんだ。生憎まだ試作品でこれしか物が無いから、道案内は僕に任せてね」
試しにどうぞと掛けさせて貰うと、明度が調整され格段に周囲を確認しやすくなった。これは夜仕事の際に重宝されるだろう。流石は天才発明家、やはり頼りなるなと紬は素直に感心する。
「それじゃぁ……こっちかな。衛兵に見つからないように注意してね」
そう言うと源太は息を潜め、しかし迷いなく路地裏へと歩みを進めていく。
「……源太さんはこの辺りに詳しいんですか?」
まるで馴染みの道を歩くかのように、地図も見ずにしっかりとした足取りで進む源太の背中に紬が声を掛ける。勿論、衛兵に気付かれ無いように最小限の声量だ。
「ん? あぁ、俺一時期公爵家で世話になってたから、この辺の割と詳しいんだ。屋敷までの抜け道も幾つか知ってるから先導は任せて」
頼りになるでしょ? と胸を張る源太の言葉に紬は目を丸くする。
「え? 世話になってたって……どういうことですか?」
思わず聞き返すと、源太が不思議そうな顔で紬を見返し「あ、そっか」と声をあげた。
「紬は所長に連れて来られたから知らないのか。俺が人材紹介所に来た時は、まだタエ婆が所長をやってたんだ。つまり、俺あの婆さんに拾って貰ったの。
それでまぁ……当時の俺ってば中々の悪ガキだったからさ……暫く公爵家に監禁されて礼儀やら何やらをみっちり仕込まれたって訳」
源太が決まり悪そうに目を逸らし、鼻の頭を掻く。
孤児だった紬は冬至に保護されて紹介所との縁が出来たが、源太はタエ婆が切り盛りしていた頃から紹介所に関わっていたという。
自分と同い年ぐらいに見える青年が、実際はかなりの古株所員であったことを知り、紬は密かに驚いた。
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