第35話 烏の野望

 豊穣祭での爆発騒ぎを収束させ、第一皇子と共に皇帝への報告を終えた烏丸は、皇宮から程近い場所にある私邸の執務室で座椅子に腰掛け、ほくそ笑んでいた。


 事は面白い程順調に進んでいる。今回の騒動を収めたことで皇帝からは称賛の言葉を賜り、民意もがっちりと掴むことが出来た。これで均衡していた後継争いの流れは一気に第一皇子派こちらへと傾くだろう。現に、第二皇子派の貴族から鞍替えを申し出るような便りが届き始めている。



 烏丸は洋酒の入ったグラスを傾け、その芳醇な香りを存分に味わう。勝利の美酒と呼ぶにはまだ気が早いが、重要な大仕事を終えたのだ。少しくらい贅沢をしても良いだろう。




 ようやく、ようやく求めていた地位が手に入る……。




 眩しそうに目を細め、揺らしたグラス越しに琥珀色の液体を堪能した後、ゴクリと喉へと流し込む。



 烏丸家は和の国四大貴族の一つとして侯爵籍を賜っているが、いつも四番手の立場に甘んじていた。皇帝の血筋である鷲尾わしお家は除くとしても、代々参謀を任されている鷹司たかつかさ家、宰相として国を支える朱雀院すざくいん家程の権威はなく、烏丸家に与えられる役職はせいぜい近衛隊長止まり。


 神子政権に反旗を翻した際の貢献度合いが影響していると理解はしているが、もう四百年以上前の話だ。いつまでも大昔の慣例に拘って正当に能力を評価しようとしない政府には大いに不満を感じていた。



 過去に何度か“役職を見直すべきではないか”と嘆願書を提出したこともあるが、必要無いと一蹴されただけだった。年に数回開かれる御前会議でも烏丸自分の意見は蔑ろにされているように感じ、鷹司や朱雀院が尊大な態度をとる度に、腸が煮えくり返るような思いを我慢してきた。





 ……しかし、神は烏丸を見捨てなかった。




 烏丸はニヤリと口角を上げ、再びグラスに口を付ける。神が味方についたのではないかと錯覚してしまう程、皇宮を取り巻く環境はここ数年の間に自分に優位な状況へと変化した。思わず高笑いしそうになった口を慌てて抑え、洋酒を流し込むことで自重する。駄目だ。まだ最後の仕上げが残っているのだから油断してはいけない。



 五年前、次期皇帝確実と噂されていた皇嗣殿下が亡くなった。それはあまりにも突然の出来事で、公には病死と発表されたものの、依然として暗殺されたのではないかと疑念を抱く者も多い。


 暫くは現皇帝の治世が続くと思っていたが、その皇帝も二年程前に早々の譲位を表明した。自身の地位を脅かす年の離れた優秀な異母弟を疎み、殺させたのでは……? という噂も流れていた為、この発表は多くの関係者を驚かせた。


 位を譲ると言い出した真意は不明だが、どうせ皇嗣の死を前にして自分の命が惜しくなったとかそんな理由だろう。



 御前会議で譲位を示唆する皇帝の言葉を聞いた時、烏丸は昂る感情を抑え込むことに必死だった。後継者となる皇子の後見人となれば、四大貴族随一の地位を得ることが出来る。これは長年の悲願を達成する絶好の機会なのだと思うと武者震いが止まらなかった。



 それ以降、第二皇子より御しやすい第一皇子を次の皇帝にすべく動き始めた。第一皇子は側妃の子ということもあって元々後ろ盾が少なく、派閥も弱い。正妃を母に持つ異母弟と比較され続け、常に劣等感を抱えている青年に「馬鹿にしてきた奴等を見返したくはないか」と甘い言葉を囁けば、懐柔することは容易かった。

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