第2話 ※





やはり帰りのHRにも風吹君の姿はなかった

それについて担任もクラスメイトも触れなかった

以前の俺もそうだったのに

今日話して目があった時から

違和感しかなかった






担任が遅れてやってきて

無駄に話が長くてイライラした

なんでイラついているんだ?

俺は自分の中の湧き出る何かに戸惑っている

未だにあのガラスの様な黒い瞳に見つめられた時

やあの後ろ姿、あの小さな笑顔が目に焼き付いている



やっとLHRが終わり急いで教室から出ようとした

だが佐和田にとめられた


「ねぇ真咲くん。あと一人決まった?なら放課後どこかでお茶しながら遠足の予定話さない?」


「えっと」

それどころじゃないんだ悪いけど邪魔しないでくれ

当然そんなことは言えない

なぜ急がなきゃいけないんだ

でも今あそこに行かなきゃ

そんな衝動が体を突き動かす


「おい真咲!遠足の日程表についてなんだが」


「すみません!後で聞くので急いでるから失礼します!佐和田さんもごめんね」


担任と佐和田の声を遮って背を向けて競歩みたいに

あの場所へ向かった

らしくないのはわかる

でもこの胸の早まる鼓動と熱が

今動けといるかもわからない場所へ体を突き動かした






屋上の階段に近づくほど人の気配はなくなっていった

この辺りは初めて来た

第二資料室や倉庫などあり

もともと人が多く出入りする場所でもない様だ

階段を登り屋上の扉まで来た

手が汗で濡れていてついズボンで拭った

扉に嵌め込まれな窓ガラスは磨りガラスで外の光は通していたが景色まではわからなかった


呼吸を整えゆっくりと音を大きく立てない様にドアノブを捻った

やっぱり鍵はかかってはいなかった




ギィィイ


と音を立てて扉は開いた


扉を開けた瞬間外の空気が勢いよく内側に入ってきた

身構えゆっくりと屋上へと足を進める


……



誰もいない?


もう帰ってしまったのかな

せっかくの会える機会だったのに

もっとはやく教室を出て走ればよかった

でもなぜそこまでする必要がある?

そんなことも同時に思う

今日の俺は変だ

それだけは確実にわかる

人の習性、ルーティーンとはなかなか変化せず変化を嫌がるもの

でも、未知のものに出会った様な謎の高揚感があの時確かに俺の中に生まれたんだ


屋上は初めて来たが意外と綺麗だった

業者でも雇っているのか掃除道具が扉横に置いてある

フェンスがあって転落防止のために設置してることがわかる

校舎裏から見た時だいたいの位置を想像して

その場所に背中を預け腰掛ける

ひんやりとした床が冷たい


………


さむ


まだ四月後半だけど

まだ日が陰ると寒いな

呼吸をするたびに内熱を帯びた息が外気と混じり

肺に吸い込んだ冷たい風が体に染み渡った



……もう一度、会いたかったな



好奇心は猫を殺す



そんな言葉が頭をよぎった


それでもいいなんて

ほんと俺は頭がおかしくなったのか



ポケットから擦れる音がした

俺はゴソゴソとポケットから朝なんとなく

テーブルに置いてあった飴を持ってきていて

ポケットに入れっぱなしにしていた

それを取り出し袋をあけ口に入れた



特に気にしてなかった味は

りんご味だった

コロコロと転がすたびに香料が香り擬似的なりんごという

味付けのされた糖分を摂取した


このわざとらしい味付けはわかりやすく美味しい



ぼぅとして日が落ちるのを見る

今は夕焼けがオレンジに街を染めていて

綺麗で

まるでりんご飴を溶かして海ができた様な

そんなおかしい想像をした



ふと視界に黒いものが映った

それは俺が入ってきた扉がくっついている

屋上出入り口の上にあった


もしかして


また胸がざわつく

そこは盲点だった


俺は恐る恐る近づく


よく見ると横に梯子がついていた

そうかここから登れるのか

自分の心臓がバクバクと速度を早めているのがわかる


俺はゆっくりと

だが着実に梯子を上り

上に上がった


頭だけを出し目で確認する


そこには風が吹くたびにふわっと揺れる髪と頭が見えた

彼か?

まだ本人確認ができてないけど

どこか確信めいたものを感じる

自分がこんなに衝動的で形にならない

そんな感情があることに己自身が驚いた



上りきって窺うと

やっぱり風吹くんだった

目を閉じて腹に手を重ねて

まるで棺桶の中の様に眠っていた

死んでいるわけがないのに

一瞬肝が冷えた


俺は静かに横に移動して

風吹くんを観察する

やっぱりまつ毛が長く綺麗にカールしている

髪は風が吹くたびにふわっと動く

黒く艶めいたが、柔らかそうだ

触ってみたいなんて思ってしまった

呼吸のたびに浅く動く胸と唇が

呼吸をちゃんとしているとわかる


片方は寝ているがとても静かで

世界はオレンジに染まってまるで自分たちだけが残り

世界の終わりの日の様だと思った

恥ずかしい様な詩的な考えだと思ったけど

そんな日に彼とこうやって終われるなら

俺としてはハッピーエンド

ってやつなんだろうな

と思った


長い前髪が少し風吹くんの口に乗った

それがこそばゆいのか僅かに顔を顰めた

風吹くんの安らかな眠りを邪魔するのは嫌で

そっと人差し指で髪を退けようとしたが

つい触れる緊張で唇に触れてしまった

その瞬間、風吹くんが目を開いた


「あっ」


風吹くんはそのまま二、三度パチパチと目を開き

こちらを見た

あのガラスの様な黒い瞳が

俺をうつす


「………」


「えっと、あのごめん。起こすつもりはなくて前髪が邪魔かなって寝辛そうだったから退けようとしたんだけど口に触れちゃって、その、ごめん」


あたふたと言い訳を述べる

俺は何をしているんだ?

そんな気持ちもあるが

風吹くんの眠りを妨げた事実が自分が悪いことをしたと胸が痛む


「そうなんだ。じゃありがと」


なんてことない様に風吹くんは手足を伸ばし猫の様にうぅーと唸っている

こんな姿も見れるなんてなんか感動する


「ここ、いいでしょ」


ここ?

ああ屋上のこの場所か


「うん。景色いいね。静かだしよく寝れそうだ」


うんと返事をしてくれた

風吹くんはすでに俺を見ていなくだんだんと沈む夕日を見ていた


俺も風吹くんの背を見ながら同じく夕日を黙って見つめる

それはまるで夕闇に溶けてしまう黒い彼が

いなくなる様で怖くなった


「………ッ」


つい何か声を発しようとしたがその前に風吹くんが振り返った

揺れた前髪の間から見えた瞳が黒いガラスを背景に

夕焼けに濡れた俺を映していた

それがなんだか感動的で

おれはいみがわからないくらい冷静なのに

興奮していた



「いい匂いするね」



匂い?

俺そんな匂いするかな

臭いとか?それは嫌だな


「どんな匂い?」


風吹くんは瞳を閉じてクンクンとする

その仕草がなんだか可愛らしくかんじた


「んーーー、甘い」


「甘い?あっ、これかも」


ポケットから雨の包み紙を取り出した

裂かれた袋にデフォルメされたリンゴの絵が描かれている


「へー、……ほんとだ、甘い匂いする」


風吹くんはするっと自然に俺に近づいて胸から腕と肩をたどり

そして俺の眼前まで顔を近づけてクンクンとした

呼吸が当たる距離に俺は動揺する


「なっ!?」


離れようとしたがなぜだか体が動かない

蛇に睨まれたカエルでもないのに動かないのか動けないのか動きたくないのか…



「これ一個しか持ってきてなくて、ごめん。次はちゃんとってあっ!あのま、まってなんッ!」


そのままスルッと手からたどって肩に手を乗せてから

俺の顔を両手で挟んだ

風吹くんはゆっくりと目を開けた

潤んでてまるで海の底の様な暗闇があった

見たこともない深海の様だと思った


「いー匂い、好きだな、この匂い。ね、あーんして」


えっ、えっ?


頭の中は鈍く正常に働かない

酒を飲んだことがないので酔ったことはないが

これが酩酊感というのかもしれない

考えて決断する前に俺は口を開いていた




「んあっ」


変な声が出て恥ずかしいが仕方なくないか

驚きの連続なんだ



風吹くんは俺の頭を固定して自分の方に下に傾けた

それと同時に舌をだして俺の下唇に乗せ

コロコロと口内にあった飴が風吹くんの口の中に落ちていった

すっと体が離れる

なのに全身が甘く痺れて体が熱い

心臓がこれまでにないくらい動いている


風吹くんは自分の口内の飴を舐めているのか

どこか気分の良さそうに飴を舐めている


俺は自分の下唇に触れた感触と濡れた感触がさっきの出来事は現実なのだとわかる

つい俺は舌を出して舌舐めずりする様に下唇を舐めてしまった


それを風吹くんに見られて

今更自分がしたことに羞恥心を感じる顔を背けた


「ほんとにりんご味だね。美味しい」



「……そ、それは良かった、のかな?」

なんとか返答をする




「ご馳走様。ありがとう真咲くん」




「うん。…どういたしまして」


変なことばかりだもうキャパオーバーなのがわかる

風吹くんの声、体、仕草が俺を刺激する

まるで甘い毒のようだ



「寒くなってきたね」


また展開が変わった

ついていくだけで精一杯だ


「うん。てか名前、知ってたんだね」


「そりゃ隣だし、そのぐらいはね」


名前を知っていてくれた

それだけで気持ちが高揚する



風吹くんが飴を舐めるたびに静かな屋上は

音がよく聞こえた

転がす音舌で舐めて甘い唾液を飲み干す音

攪拌される唾液の水音が聞こえ

先程まで俺の口内にあった濡れた飴が

風吹くんの口の中でお互いの熱と唾液が混ざって

それを飲み下す様子はとても卑猥なことに感じられる



「ふぅいつかお返し、するね真咲くん」


「べ、別に気にしてないよ。気に入ったならまた、持ってくるよ飴」

なんだかこの行為を催促して強請っている様で

恥ずかしくて頬が熱くなるのがわかる


それに風吹くんは僅かに微笑み

そう?美味しかったから嬉しい

と言ってくれた

どっちが?なんて聞けるはずもなかった



「そろそろ帰る。じゃあね」


ひらっと身軽に去っていこうと風吹くんが動く

咄嗟の行動に俺は焦った

「ま、待って!」


「なに?」


立ち止まって振り返ってくれた


「遠足のグループ、勝手にだけど俺と一緒になるけどいい?これに名前書いて欲しい」

機転を生かし鞄から用紙を取り出し風吹くんに差し出す

風吹くんはじっと黙って紙を見つめ読んでいる


「書けばいいの?遠足だっけ?いくつもりないけど」


「で、でも出ないと出席日数がって担任の山岸先生がそう言ってたよ」


なぜか縋る様に言った

来てくれたらなんて思う


しばらく思案していたがやがて決まったのか声を発した


「ペン貸してもらえる?」


「うん!これ使ってもらえる」

俺は慌てて筆箱からペンを取り出し渡した

その際指が触れてドキッとした


スラスラと筆先が走り書き終えたみたいだ


「ありがと、じゃ今度こそ」


俺に紙を手渡し

振り返り帰ろうとしたが呼び止めた


「待って!あの俺も一緒に、帰っていい?」

まだ離れたくない気がした

俺がしつこくしているのは自覚があり

引かれても仕方のないことをしている


「うーん、別にいいけど、大丈夫?」


大丈夫?


「大丈夫って、何が?」


それ

と言って指を刺された

俺はそれを目で追った

そこには自己主張をした下半身の自分自身が

はっきりと存在を主張していた

なるほど、たしかにこんな状態のやつが隣にいたら

嫌だな

それはわかった


「うわぁあああーん」


俺は人生初の悲鳴をあげて少し泣いた

生理現象だと言い訳もできない事実

それを風吹くんに指摘されるまで気づかず

多分自己最大に大きくなっていることに

恥ずかしさで死にたくなった







そのあとは俺は床に丸くなって先に帰ってもらった

心配はしてくれたみたいだけどすぐに帰った



俺は落ち着いた頃とぼとぼと下校した

すっかりあたりは夜に染まっている





帰宅し俺はただいまと声をかけて止まらずに自室に駆け込んだ

リビングの方からご飯はと聞かれたが後でとしか言えなかった

ベットに体を埋める

自室の香りに落ち着いてくる

ポケットから飴の包み紙取り出す


袋から僅かにりんご味の雨の匂いがする

それを握りしめ片手でズボンの前をくつろげると

パンツを押し猛る自身を取り出した

目を瞑り今日のことを反芻した

鴉羽のような長い黒い前髪

白い肌

ガラス玉の様な黒い瞳

薄い淡く桃色の唇

あれに指が触れた感触

そして自分の下唇に触れた舌と唾液

彼の口内で響く水音

その音に混じって己の下半身からも濡れた音が響く

乱暴に刺激を与え俺はすぐに果てた

白く濡れた手をそばのティッシュを取り出し拭った


「はぁ」


ひどい自己嫌悪と興奮が混じり合った気分に

何もしたくなくなった

それでも閉じた瞼裏に

風吹くんの小さな笑顔が焼き付いていた









母親に夕食が冷めたと怒られ

謝ったあと食事を済ませ

さっと風呂に入り自室に戻った


鞄から取り出したグループ名簿の用紙を

机の上に置いて見る

俺の名前が一番上に書かれていて

その一番下に風吹透と綺麗な字で描かれていた

俺はそれを指でなぞり

ため息を吐いた

また明日も来てくれるかな学校

まともに話したわけでもないのに

刺激的すぎて濃い一日だった



自分の中に生まれたこの衝動がまだなんなのか

俺にはわからなかった

ただも一度会いたくて

触れてみたかった






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