心音重ねて

黒月禊

第1話






予鈴が鳴る


ではお前ら来週の金曜の遠足のグループ放課後まで決めて用紙に書いておけよー

えー 真咲 あとは頼んだぞ委員長!


「…はい。わかりました。放課後職員室に提出しに行けばいいですか?」


おう それでいいよろしくな


担任は押しつけて満足したのか肩を強めに叩いて教室を去っていった


「おーいいんちょーどんまい!担任のくせになんでも押し付けるよなー、俺が文句つけてやっか?」


「いやいや、俺は平気だよ全然」

「まじで?学校始まってからあいつ何でもかんでもいいんちょーに押し付けるよなー」


「そうか?」


「真咲くんってほんと頼られるよね!なんか頼みやすいオーラが出てるって言うか」


「…ははっ、なんだそれ」


「いいんちょーお人好しすぎ!まじリスペクトっつーかんじ?俺と遠足組まねー?いいっしょ?」


「リスペクト?うんいいよ」


「えー東抜け駆けしないでよ!真咲くんわたしと行こうよ!さなも一緒にさ!」


「はぁー?抜け駆けしてませんーいいんちょーと仲良しなんですよー」


「ウザいってマジ!」


「ほらもうすぐ授業だからね?席つこうよ。放課後のHRまでだし時間あるよ」


「絶対いっしょだからね真咲くん!東はチェンジでね」


「チェンジは俺のセリフだっつーの!佐和田チェンジよろねいいんちょー」



朝から疲れた

東と佐和田はよく喧嘩をする

まだ入学しては一月だと言うのに俺を挟んで喧嘩するのはやめてほしいな



「あのさ委員長、これ物理の先生に運べって言われたんだけど、場所わかる?」


「えっと、ああ先週の課題か。なら第二理科室の教卓に置いておけばいいんじゃない?」


「でも俺さニ限目数学当てられるんだよなぁ。悪いけど頼めない委員長?」

先程まで笑っていたがすまなそうな顔をして言う


「わかったよ。運んどくから」


「!サンキュー」

表情を変え自席に素早く戻っていった

そして目の前の席のやつと談笑していた




……


はぁ


生活音にかき消される音で小さく息を吐いた

なんでこうなってしまうんだろう

でも断った方が面倒だ


また今日もなんだかんだ頼まれてしまう

でも困っているなら自分にできることはしてもいい

俺は机に置かれた白紙のクラス人数分の用紙を机にしまった

あとで配らなきゃな

そう思っていると一限目の教科担当の先生が来た



俺の誰にも聞かれなかったはずのため息を

隣の席のやつに聞かれており

見つめられていることに

俺は気づかなかった












「でさぁ~いいちょー決まった感じ?」


「えっ?」


「えっ?じゃないから!てか今の似てね?」


「…似てないと思うけど」


「マジ?修行たんねぇわ山籠りするしかねぇな!」


好きにするといいよもう……


「で、決まった?」


「あー、遠足のグループの話?ならまだかな。他の班は結構決まったらしいけど、ほか誘いたい人いる?」


「べっつにー、いいちょーいればおもろーな感じだし任せるわ。佐和田がうっセーけどなッてイッテェからやめ!」


東の後ろからポーチが飛んできていた

地面に落ちた時結構重そうな音がした


「東のほうが百倍うっせーし!真咲くんに近寄んなし馬鹿がうつる」


「うっさくねぇし馬鹿じゃねぇ!」

また二人は喧嘩を始めた

毎日毎日飽きないものだ

「さわちゃん投げたら危ないよ。あ、真咲くん東くん遠足のグループよろしくね」

横田さんだ佐和田に比べたら大人しい方で

仲裁役にもなる

任せたい


「よろしくよっちゃん!」


「その呼び方やめてって言ったでしょ馬鹿東!さなちゃん馬鹿が映るから気をつけて」


「馬鹿じゃねぇーから!」


「…横田さんよろしくね。そういえば君たちはあと一人誰かいる?」


「私はいないかなほかグループに行っちゃったし」


「私も同じかな」


「そうか。わかったよありがとう」


俺は机に出していた弁当から唐揚げを箸で取り出し口に入れ残りのご飯を食べて弁当を片付けた

昼ぐらいはゆっくり食べたいな

はぁ






もう放課後だ

教室の掃除道具用のロッカーの中にあるブラシが壊れたらしく頼まれて交換をしに行った

だけど職員室に行ったら用務室だと言われ向かったが用務員さんがおらず

構内を探す羽目になった

やっと見つけ出し訳を話して交換して教室に戻った


ふう

今日もなんだかんだ忙しかった

なんでこんなに頼まれるのだろう

断るのが苦手なのが悪いのはわかるが

休む時間ぐらい欲しいな


あっ、グループ決めの用紙出しに行かなきゃ

六時限目までになんとかクラス全員に催促して書いてもらった

でも肝心の俺らのグループがあと一人足りない


そういえばあと一人は誰だろう残ったのは

俺はカバンを持って職員室に向かって廊下を歩く

もう日が陰って校舎はオレンジ色に染まっていた

窓の外をなんとなく見ながら歩くと

視界に一瞬動くものを捉えた

屋上?

屋上に一瞬人影が見えた気がした

誰だろう?立ち入り禁止のはずなのに

疑問は残ったがやる事があるので足早に

職員室に向かった

その後ろ姿を屋上から見られたことに気づかずに





「失礼します」

職員室は教師の姿はまばらだったが

目的の担任の姿があった

担任はこちらの姿に気づき手を挙げた


「おう真咲!決まって持ってきてくれれたか。ありがとな」


「いえ、一グループだけまだで…うちの班なんですけど」


「そうなのか?誰だあと一人」

俺の返事も聞かず手に持っていた容姿を奪われ

ペラペラとめくっている


「あー、風吹か」


「風吹……くん」


「おう、あいつ朝はいたがすぐ消えたらしいなまったく」


「そうなんですか?」


「そうって、お前の隣だろう?」


えっ?

そういえばそうだ

ずっと空席だったから頭に浮かばなかった

それもそうかいなかったから用紙に空白ができるのも

当たり前だ


右側の席は女子生徒で風吹と言う名前じゃなかった

なら左か

確かに入学式以降ほとんど姿を見せてなくほとんどクラスメイトも興味を失ったのか話には出てこなかった

たまに姿を見せても寝ているか本を読んでいた

どんな容姿をしていたかあまり思い出せない

おとなしそうだったと思う


そんな思考に浸っていると

パンっと担任がひらめいた様な顔をして手を叩いていた


「そうだ真咲委員長!風吹のこと頼むぞ!」


「えぇっ!?」


「嫌なのか?どっちみちお前の班しか空きはないんだ」

表情が険しくなる

無意識なのかわからないが圧を感じる

「あの嫌とかじゃなくて、話したこともないし本人の了承もとってないのでどうかなって思いまして」


「それならこれをきっかけに仲良くなればいいだろ?お前なら大丈夫だ!あのサボり魔も来るだろうしな」


「そうなんですか?」


「出席日数の関係もあるし、このままじゃ親御さんと呼ばねーといかねーしな」


じゃ!あとは名前書いてもらってくれ!

他は預かっとくからな頼んだぞ!

うるさい大きさの声で催促され職員室から退室した


職員室前の廊下は陰になっていて

暗くなっており頭を上げて窓を見ると夜になる手前の暗い青の空に丸い月と一番星が見えた














翌日の朝、

隣の左の席は空席だった


だけどいつもと違ったのは六時限目の鐘が鳴る直前に

紛れ込む様に自然に一人の生徒が隣の席に座った


風吹くんだ!!

なぜか動悸が早まる

レアなものに出会えた様な気持ちなのかもしれない


「では授業を始めます。先週の続きで藤原道長の望月の歌から始めます。教科書百三頁を開いてください」


俺の内心の動揺に関せず授業が始まった


誰も気づいていないのか?

確かにうまく自然に取り込むだ様子だったけど

今までもあったはずなのに意識してみると

すごくなぜか興味が惹かれた

俺は教科書を立て顔を動かさず目だけを動かして

左を窺ってみる



濡鴉の羽の様な真っ直ぐで黒い長めの前髪の髪と

右手で肘をつき手で顎を支えていた

学生服の腕が下がって僅かにその素肌と手の隙間から

白皙の肌の横顔が見えた

瞳の色は黒く真っ直ぐ黒板を見ていた

人形みたいだな

非現実めいた整い方をしていた

そんなことを考えていたら風邪くんがそのまま

目を動かして俺の目とあった




!?


俺は驚いて前を向いた

目があっちゃったぞおい!

一瞬の出来事なのに見透かされた様な気がして

ひどく焦り動悸が早まった

前では教師が板書している

当たり前か



今度はゆっくり隣を見る



うわぁこっちまだ見てる!


「ねぇ」


え、声かけられた?俺に?


「ねぇってば無視?」


「無視してないよ!」

思ったより声が大きかった

だけど周りには気づかれてなかった

隣の風吹くん以外には


「あっそう。で、なに?」


「な、何って?」

俺は教科書に顔を隠してコソコソと小声で話す


風吹くんは小さく笑った

「こっち見過ぎ」


そう指摘され恥ずかしくなった

確かに身過ぎていたかもしれない

しかも教科書を反対に立ててずっと


「ご、ごめん!」


「べつに。そんなに気にしてないよ」


「そうか…。ありがとう」


そういうと風吹くんは可笑しそうに口元を隠して笑った

まつ毛長いんだな

開いた口から舌が見えて、赤く色づいて濡ていて

なぜか見てはいけないものを見てしまった気になった


「ねぇ」


「は、はい」

声をかけられるたびに緊張してしまう

なんでこんなになってしまうんだ


「呼ばれてる、名前。君じゃないの?」


えっ!?


「真咲、真咲!休みか?」

いつのまにか教師に名を呼ばれていたらしい

まずい目立ってしまう


「はい!すみませんいます」


「珍しいな寝ぼけていたのか?ではこのページの歌を詠んでくれ」


えっと、どこだ?こんなことは初めてだ

真面目に取り組むのが俺なのに


「どうした、わからないのか?しょーがないなじゃあ隣でいい君、読みなさい」


飛び火してしまったらしい

顔が熱くなったたり青ざめたりしてしまう


「ちょっとこれ貸してね」


風吹くんは俺の逆さまだった教科書をとって

席を立って音読した


「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば」


よし

そういって教師は黒板に向き直った


風吹くんの発音は流暢で聞きやすく高過ぎず低過ぎない声音で耳に心地よかった


「ありがとう」

座ると同時に教科書が返された

風吹くんは机に俯いて顔を覆う様にして隠してしまった

寝ちゃったのかな

なぜだか残念な気持ちになる

結局授業が終わるまで風吹くんに変化はなかった



授業の終了の鐘が鳴った

俺は今か今かとそわそわしていた

鳴り終わったと同時に俺は声をかけようとした


「ねぇ風吹くん………ってあれ?」


そこに彼の姿はなかった

振り返ると教室から彼が出て行く後ろ姿が見えた


「ま、まって」

声は虚しく散って届かなかった


追いかけようとしたが止められた


「どうしたいいんちょー?俺ら今日ゴミ捨てじゃね?めんどー」


「あ、ああそうだね。でも、今は」


「ちょっと東サボらないでよね!まえ掃き掃除しないで帰ったでしょ真咲くん代わりに掃除したんだからね」


「サボった訳じゃねーしごめーんねいいんちょー!バイトあんのわすってて帰っちった!次はわすんねーからね許して!」


「当たり前でしょーが馬鹿!ごめんね真咲くん。今度はこき使っていいからね?あれ、どうかした?」


「…いや、なんでもないよ」

あの後ろ姿があの瞳が忘れられない

ガラスみたいなあの瞳が

追いかけたい

でもやる事がある


仕方なく俺は東と一緒に可燃物と不可燃物のゴミ袋を一つずつもってゴミ捨て場に向かった

校舎はそれぞれの役割で各生徒が掃除をしていた

廊下を布ブラシで掃除して追っかけっこをしているもの

窓ガラスを拭いて談笑している女子たち

備品を運んでいる生徒

その中には彼の姿はなかった

まるで白昼夢の様だった


「なぁきいてるー?いいんちょー?」


「え?あぁごめんなんだっけ」

いけないいけない

俺さっきからぼーとしすぎ


「調子悪い感じ?さっきの古典でもおかしかったかんじしたしー?保健室行っちゃう?」


ノリが軽いね

いつものことだけど心配してくれたのかな

「大丈夫だよ。心配ありがとう」


「うい!ちゃっちゃとすでに行こー。そいえばさっきのびっくりしちゃったよねーそれで驚いた感じ?」


さっき?


「俺初めて声聞いちゃったわーあいつのー。意外といい声してんね」


風吹くんのことか

そうか俺以外にもそりゃ驚く人もいるから

謎が多い人だし声だって初めて聞いた


「まぁね。確かにいい声、だったね」

まだ耳に声が残っている気がした

あの透き通って流れる様な声が


「しんしゅつきぼんぬ?だからめずらしーこともあるねってかんじ。てかいいんちょー決まったグループ?」


「神出鬼没ね。うん、俺たち以外はね決まったんだけど、あと一人なんだ」


校舎を出ると裏校舎に来た

日があまり入らないこちら側はどこか寂しげで

静かだった


「あと一人ってことはー、もしかして風吹のやつ?あん時抜けてたからなー」


「知ってたんだ」

基本お気楽そうで自分の興味あることしか動かない直情型かと思ったが

意外と見ているらしい


「じゃ俺らんとこ入るってことかー。まぁいいっすけどねー興味あるし」


興味?


「興味って?」

つい食い気味に尋ねた


東は少し驚いた様子だったが話してくれた


「そりゃ謎っぷりぱないでしょあいつ?来てたり来てなかったり、いつのまにかいていつのまにかいねぇーし。忍者?みてーな」


「そうだね。言われてみれば」


「いいんちょー隣じゃん?なんか話さねーの?」

ついまじまじと東を見つめてしまった

なぜか照れた様子でくねくねする

やめてくれ


「実は、今日初めて話したんだ」


「まじ?しゃーねーかあいつ寝てっか本読んでっかだし。なんか言ってた?」


よく見ているな


「いや、見過ぎって…あ、別に深い意味はなくて」


「んなははなんでキョドッてんのウケる。まぁ見ちゃうっしょ」


「え?」


まさか東も俺より前から気になっていたとか?

なぜか焦燥感が胸でざわつく


「人形っつうか綺麗じゃんあいつ?悪口じゃねーかんねこれオフレコでたのんます!変な噂もあったし気になっただけって感じ?」


なんてことない風にゴミ捨て場についてゴミを

可燃物置き場に置いた


「噂って、……なに?」


振り返ってなんてことない風に言った


「人殺したって一時期噂になったんよー」


俺はからだがうごかなかった

風吹くんが?

あの人間離れした人形みたいな綺麗な彼が?

でもあり得そうだと思ってしまった

あの白皙の肌に赤くて黒く見える血に濡れた彼は

頭の中の想像の君にとても似合っていた


!!


「いいんちょー大丈夫まじで?噂だかんね?中学一緒だったんだけどクラス別で、そこのクラスのやつが言ってたんすよ。一時期学校来なかったし丁度新聞で載ったらしいとか」


珍しく心配そうに俺の肩に手を乗せて覗き込んできた

意外とチャラそうで茶髪に染まった髪質は綺麗だった

不安そうな顔をさせてしまっている何か言わないと



「東くん」


「んんん?なにどうしたどうなさった??」


肩に置かれた手を外し安心させる様に言った

「そこ、可燃物置き場だから隣の不燃物と逆だよ」


とりあえずそう言った









ちゃんとゴミの分別を終え置き場を正して

裏校舎から去ろうとした

なんとなく空を見たら屋上に人影が見えた

先日も見た気がする

あれは


一瞬だが彼な様な気がした


「どしたーいいんちょー」


前を歩いていた東が踵を返し窺ってきた

そして俺の視線の先を追おうとした


「なんでもないよ!最近晴れてるなって思っただけ、戻ろう」

咄嗟に声をかけ遮ってしまった

なんだかこのことを知られたくなかった

自分の中に沸いたこの感情や考えが

まだ消化できないまま教室へと向かった




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