「リーフの異常な愛情」part8

「ふぃー。お風呂あがったよー。あ、リーフちゃんおかえりー!」

「オリサさん、ただいまです」


 自室のドアを開けたまま読書にいそしんでいたら一階のリビングから声が聞こえた。オリサが風呂から上がったようだ。

 リビングに入ると、ちょうど食事が終わったらしいリーフが空いた食器を持ってキッチンに移動するところだった。


「食後のお茶でも淹れようか?」

「そうですね、どうしましょう。それでしたら、後ほどお風呂上がりにほうじ茶をお願いできますか。これを洗ったら入りますので」

「あたしココア濃いめー」

「へいへい」


 どさくさに紛れてソファーでゴロゴロする魔女っ子にも頼まれた。

 オリサは普段へそ出し・ノースリーブ・ホットパンツという格好なのでパジャマ姿の今はずいぶん暖かそうな格好をしている。外はまだまだ寒いのにあの格好で外に出てよく風邪を引かないものだ。


「なぁに、トール?お風呂上がりの火照ほてったオリサちゃんが気になる?気になっちゃう~?」

「ダサいパジャマだなと思って」

「なにおう!」


 オリサが着ているパジャマは別におかしなデザインではないけど、彼女を見つめていた気恥ずかしさからつい茶化してしまった。

 彼女たちが来た直後、オリサとルルには妹の寝間着を、リーフに至っては俺のジャージを着せていた。だがルルとリーフはイマイチ大きさが合わなかったので今は近場の格安衣料品店から拝借したものを着ている。リーフのジャージ姿は正直笑えるほど似合わなかった。ついでにオリサもお下がりではあんまりだということで新しいものを手に入れた。なんでも、三人とも下着は持参したけど寝間着は持ってきていなかったのだとか。仕方ない。

 標準的な日本人そのままな体格のオリサ、キッズサイズや小さめのサイズがあるルルに比べてリーフの寝間着探しは苦労した。190センチのウィメンズ寝間着なんてこんな田舎にあるわけがない。最終的に大きめサイズのネグリジェで落ち着いたが、丈が足りないせいで常に膝下から白い足が出てしまっている。寒くはないらしいが、俺は目のやり場に困ってしまうのでもっと肌の隠れる寝間着を手に入れてあげたい。せめてもっと丈の長いネグリジェは無いものなのだろうか。

 わからねぇ。

 さっぱりわからねぇ。

 本人が断ったらそれはそれで嬉しいのも事実なのだが。


「それではトールさん、お先にお風呂いただきますね」

「はいよ」


 リビングを出ていくリーフをオリサと二人で見送った。


「リーフちゃんと何かお話した?」

「いや、特に何も。夕飯食べるのに俺が近くにいたら悪いかと思って」

「なるほどね。今、畑の周りがどうなってるのか気になったんだ」


 そう言われてみればそうだ。俺たちは昼間早々に撤収してしまったから厩舎に関して何もわからない。


「風呂から出たら聞いてみるか」

「そだねー」


 何年か前の流行語を発していることは知らないのだろうな。


 ・・・・・・・・・・・・


「それで、動物は飼えそうだった?」


 俺が淹れたほうじ茶とココアを手に、みんなでリビングのテーブルを囲んでいる。オリサは冷ます様子もなくガブガブ飲み始めたが、熱くないのだろうか。


「はい、わたくしもその話をしようと思っていたのです。実は既に厩舎や倉庫、放牧場は移動が済んでいます。鶏小屋もルルさんの物置の隣に」

「いつの間に。何も音がしなかったから気づかなかったよ」


 神様すごいな。精神的に打たれ弱いけど。


「それで、明日の朝は早めにお食事をして、そのあと散歩がてら施設をご案内しようと考えたのですがいかがですか?」

「さんせー!」

「俺もいいよ」

「よかったです。それでは、明日はよろしくおねがいします」


 深々と頭を下げるリーフ。そんなにかしこまらなくてもいいのに。


「そんじゃ、あたしはもう寝ようかな。明日が楽しみー!」


 立ち上がりながら両腕を上げオリサが全身を伸ばす。


「歯磨き忘れんなよ」

「わかってるよ。子どもじゃないんだから。おやすみー」


 さり気なくココアのカップを置いていきやがった。洗えよ、まったく。


「今日はどうもありがとうございました」

「ん?何が?」


 よく礼を言われる日だが、何に対してかわからないから変な気分だな。


「動物たちを飼うことを認めてくださって、ありがとうございます。わたくし、がんばりますね!」


 リーフは澄んだ目を三日月型にして嬉しそうに笑う。

 そういえば、彼女にも何か別世界に行きたい理由があったのではということをオリサが言っていた。話が出るのを待ってもいいが流れ的にも悪くないだろう。いま少し聞いてみようか。もちろん、本人が言いたくなければそれでいいのだが。


「えっと、リーフ」

「はい」

「動物を飼うことでずいぶん嬉しそうにしてるけど、それは何か理由があるの?たしか、エルフの森では馬以外の動物を飼ってなかったって話してたと思うけど、それにしては牛のこととか動物についてかなり詳しそうだし、気合が入ってると思って」

「……ええ、そうですね。確かに今わたくしは自分でも容易に感じ取れるほどにたかぶっております」


 やはり、動物が鍵のようだ。だが、どうにも歯切れが悪い。あまり話したくない内容なのかもしれない。それなら、これ以上話させるのはナンセンスだ。


「ああ、言いにくいことなら言わなくても良いんだ。ちょっと気になっただけだから」

「いえ、いいのです。大切なことですし。そうですね。明日の朝、厩舎や放牧場をご案内する際にお話しするということでよろしいでしょうか?ルルさんは不在ですが、オリサさんも一緒のほうがいいでしょうし」

「あっちの方が話しやすい?」

「はい」


 本人がそう言うならその方がいいだろう。


「わかった。それじゃ、明日教えてもらおうか」

「はい、わたくしもそろそろ休ませていただこうかと思います。カップは洗っておきますので、トールさんもお風呂をどうぞ。先に入らせていただき、ありがとうございました」

「どういたしまして。それじゃ悪いけどカップ頼んだよ」

「はい、おやすみなさい」

「うん、おやすみ。今日はお疲れさま」


 そういえば、今までリーフと話をする機会はあまりなかったように思う。明日、どんなことを教えてくれるのだろう。

 俺は着替えを取りに、一旦自分の部屋に戻ることにした。


「おにーさん、早速やりますねぇ」


 俺の部屋にはなぜか嬉しそうなオリサがいた。


「なんでここにいるんだよ」

「トールを褒めてあげようと思ってね」


 これまた身に覚えがない。


「あたしがいい感じに席を外したら、すかさずリーフちゃんに話しかけたでしょ?ちゃんとリビングの外から聞いてたよ。明日、リーフちゃんのお話聞くの楽しみだね」

「お前な、趣味悪いぞ」

「トールだってリーフちゃんのこと気になってたでしょ?それじゃ、今度こそおやすみー」


 そう言ってオリサは寝室に消えていった。まったく、あいつは。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


元ネタ集


・「わからねぇ。さっぱりわからねぇ。」

 第1章同様、映画『羅生門』冒頭の志村喬氏の台詞より。

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