「『常盤色のオリサ』と黒龍」part2
「お待たせー、おお……」
急須と人数分のお茶をお盆に載せリビングへと移動したが、そこでは長身エルフがホットドッグに
「えーと、リラックスしているようで良かった」
思いの外自由にリラックスしていたので怯んでしまった。現地民の俺だけが緊張しているのも変な話だ。
「ありがとうございます。いただきます」
「お茶とうちゃーく、ありがとー!」
「失敬。器に注がないのは無作法と承知だが、異世界に行くと決まったときから早くこちらの酒が飲んでみたくてな」
「は、はあ」
一人だけお茶は不要と思われる人もいるが、テーブルに湯呑を並べてソファーに腰掛けた。
「えーと、とりあえず、みんなこれからよろしく。それでさ。いきなりで申し訳ないんだけど、俺は何をしたらいいんだろう」
情けないけど、朝から焦燥と混乱に戸惑い、ちょっと怒りといった感じでうまく頭が回りそうになかった。
「とりあえず、やらなきゃならないことを考えなきゃね」
確かに、方向性を決めなければどうにもならない。
「あのじいさんは『生きろ』ってことしか言ってなかったからね。困ったもんだよ」
俺は腕を組んでソファーに体をうずめた。今更ながら具体的なことは何一つ話していなかった。
「『衣・食・住』と言うが、まずは『住』についてだ。我々もこの家に住んで良いのか?」
一升瓶を握ったままルルが聞いてきた。彼女の名前はわかりやすかったのですぐ覚えられた。
「ああ、もちろん。親と妹が使ってた部屋で寝てもらうことになるかな。それに、他の家ももう人がいないわけだし、自由に過ごしたければ好きな家に住んでもいいと思うよ。それから服だけど、今家にあるもので女性物は俺の母と妹が着てたものだけだな。ちょっと移動したところに服屋があるから、あとでそこに行ってみようか」
「着飾りたいわけじゃないから、別段綺羅びやかなものはいらん。とりあえず、最低限度のものはある程度持参しているので急を要するということもない。ハセトール」
「それならよかった。あと、透でいいよ」
なんでフルネーム?
三人はそれぞれ簡素なリュックを背負っていたのでそこに荷物が入っていたのだろう。言葉に甘えて 『衣』は一先ず後回しにさせてもらおうか。
「それでしたら、やはり食料が重要ですね。先程のように商店から持ってきてしまうこともできますが、供給がない以上、やはり自分たちで生産しなければいずれは……」
リーフの言う通りだ。既に存在していてすぐに悪くなるわけではない衣・住に比べて、食はすぐにでも取り掛かったほうが良いかもしれない。缶詰などの保存食があるといっても、それだけでずっと生き延びるのも無理があるだろう。
彼女たちは先ほど異世界に来たばかりなのに
「それじゃあさ、とりあえずさっきのお店から食べ物持って来ようよ。そんで、何日分かのごはんを確保したら、この近所を紹介してよ。お散歩しながら。お野菜作れるところ探そ!」
「オリサは抜けているようで案外考えているな」
「えー?あたしはしっかり者の頭脳派だよぉ?」
そうだ、思い出した!『サオリ』じゃなくて『オリサ』だ。アナグラム。
しかし、ほっぺにクリームを付けたままそう言われても説得力がないなぁ。
「今も、この丸いお菓子を上手に食べる方法を考えてたんだよ。まだ良い案はないけどね」
ああ、クリームを溢さずに食べられないから、シュークリームは苦手だ。
話を聞いているだけで伝わってくるが彼女は何でも楽しむタイプのようで、いいムードメーカーになってくれそうだ。
「それじゃ、うちに着いたばかりで悪いけど、もう一度さっきの店に行こうか」
「おかわりか。よし、行こう」
そう言って斧に手を伸ばした。何か目的が変わってる気がしないでもないが、ルルが一番乗り気のようだ。斧は不要だが、大事なものかもしれないし何も言わないでおこう。
・・・・・・・・・・・・
「着いたー!リヤカーは便利だねぇ。どこまでも行けそうな気がするぜ!」
家を出ようとしたところで農家をやっていた頃のリヤカーが倉庫に眠っているのを思い出して引っ張り出し、その荷台に荷物を乗せてきた。小さい頃はよくこの荷台に乗せてもらったものだ。
オリサが実にノリノリで引いてくれたが、荷台が重そうだったのに特に疲れた様子はない。米、パン、缶詰、瓶詰、レトルト食品、せっかくリヤカーを出したのだからと重い調味料、ついでにティッシュにトイレットペーパー、そしてもちろん、ルルご所望の酒がいろいろ。
日本酒、ビール、ワイン、ウイスキー、梅酒、焼酎……。当然、飲んだことがないのでそれぞれ何が違うのかはよくわからないし、芋焼酎と麦焼酎の味の違いを聞かれたところで説明しようもない。そう答えたら『ならば飲み比べが楽しみだ。麦を使っているのにビールと違うとは興味深い』などと、初めて笑顔を見せてくれた。
オリサからはお菓子コーナーで『どれがおいしい?』と聞かれたが、俺自身はあまりお菓子を食べないので答えに困ってしまった。何も言えないのは俺としても申し訳ないので、キノコ型とタケノコ型のチョコレート菓子と、棒状のプレッツェルにチョコレートをコーティングしたお菓子を勧めた。どちらも子どものころによく食べたり、高校で女子が食べているのをよく見かけたお菓子だ。王道すぎるオススメだが、彼女にとっては初めての味だし問題ないだろう。
リーフはレジ横のホットスナックに興味津々だった。早く食べないと傷んでしまうからと調理済みのものは一通りいただいてきたが、歩きながら唐揚げを食べ、ホロリと涙を流しているのを見て驚いてしまった。なぜなのか、他の二人は気づいていない様子だったし理由を聞いていいものかわからないので見て見ぬ振りをしたのだが。先程はホットドッグを食べていたが案外ジャンクなものがお好みらしい。いつかハンバーガーとかフライドポテトも教えてあげよう。
「これで当面は食料に困ることはなさそうですね」
「うむ、酒も確保したし、少し散歩しようか」
今更だが、見た目小学生なルルがずっと一升瓶を握りしめているのは絵的にまずい気がしてきた。ドワーフは飲酒に年齢制限がないのかもしれないし、とりあえず何も言わないでおくけど。そもそもみんな何歳なんだろうか。
「みんな、乗ってくかい?」
オリサが満面の笑みでリヤカーのハンドルを握りしめる。気に入ったのか、リヤカー。
「いや、そいつはもう使わないかな。そこの倉庫に入れてくれるとありがたいんだけど」
「むー、仕方ない」
出会ってから初めてオリサのテンションが下がった。
「また食料を運搬するときは頼んだよ」
「まかせとけ!」
元気少女は倉庫に向かって猛スピードでリヤカーを引いていった。
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