第三・五章 「ドワーフの冒険」

「ドワーフの冒険」前

第一日

 わたしは誇り高きドワーフの娘、ルル。

 人がいなくなったこの世界において記録を残したからといって読む者はいないが、自分の学んだものを残したく筆を取ることにした。

 わたしは今とある工業高校の図書室にいる。神殿の如く巨大な建物にドワーフはわたし一人、人間はもちろんいない。本来であれば、わたしはこの世界の最後の人類になってしまった男を守る使命がある。だがわたしは彼に生涯をかけても返しきれない恩ができた。わたしはそれに報いたい一心でこの場所に来て勉強をしている。わたしはこの世界の機械、工学、電気について学び、身に付け、彼とかけがえのない仲間たちの役に立ちたい、そう考えている。

  今日は着いて早々に彼と共に館内を散策し、彼が帰った後は図書館で面白そうな本を片っ端から読み漁った。この世界は実に興味深い。魔法や空想を技術で実現してきた歴史と言って良いだろう。明日も新しい技術に触れ知識を増やすのが楽しみだ。


第二日

 作業着というものが置いてあったので着てみた。一番小さいものを選んだはずが股下以外あらゆる箇所の生地がだいぶ余ってしまい不格好ではあるものの、これはなかなかいいものだ。機能的で使いやすい。本来なら動きやすさも魅力の一つなのだろうが、なにぶん大きさが合っていないのだから仕方がない。いくつか持って帰ろう。裁縫は比較的得意なので後ほどゆっくり自分に合う大きさの作業着を作ろうと思う。

 安全靴なるものもあったが、こちらの魅力はわからなかった。残念ながらわたしに合う大きさがなかったからだ。これからも苦労することが多いと容易に予測できるので、製靴せいか技術も身につけた方がいいかもしれない。大きさが合わないものは自分で作ればいい。研究のために安全靴を分解してみたが、中に鉄板の入った靴のようだった。なるほど、ひどく痛い思いをした人間が考えたのだろう、学習は大切だ。安全靴といいながらわたしの斧で簡単に真っ二つになったのは、あまり安全とは言えない気もしたのだが。もしくは、父の授けてくれたこの斧が素晴らしいものということか。我が斧の素晴らしさに関しては分かり切ったことなので確認するまでもない。

 ところで、どうにも人間族しかいなかったこの世界では『背が低い人』=『ドワーフの巨漢』といった印象がある。ドワーフの平均身長はこの世界の単位でいうと120センチだが、どういうわけか、わたしはそれを大きく超えて138センチもある。女だてらに村ではとびきり高身長で、ときに『大女』と呼ばれてしまうほどに目立つ存在ではあった。だがこの世界では真逆の意味で目立つ身長だ。人間とドワーフに身長差があることは故郷の世界もこの世界も同様だが、それにしてもここ最近、仲間たちと話す時は顔を上げてばかりで肩こりを起こしそうだ。また、事あるごとに仲間たちから頭を撫でられている。それについては、まあ、悪い気はしないのだが。

 そういえば、我が仲間のエルフ族はわたしより半メートル、つまり50センチも背が高いのだが、あれはエルフとしては平均的なのだろうか。そうであれば『エルフの森』という場所はぞっとしないな。仮に彼女がエルフの中でも身長が低めであればわたしなど踏み潰されかねない。まあ、ドワーフのわたしがエルフの森に行く機会なぞないだろうから杞憂に終わるだろうが。


 身体構造に起因する愚痴のようになってしまったが、ちゃんと当初の目的通り勉強もしている。コンピューターというものの扱いが難しく苦戦しているが、この知識も身につけなければならない。動かし方とできることは昨日のうちに彼に聞いたが、わたしの世界に同じものがなかった以上どうにも動かしてやりたいことというのが思い描けないのだ。参考書に目を通しながら試行錯誤を繰り返し、息抜きに別の本を読み漁った。

 だが、これがいけなかった。息抜きなのだから少しは分野を変えようとこの世界の文学を読みだしたら止まらなくなってしまった。ジュール・ヴェルヌという男、ほんの少し前の人間のようだが発想が実に面白い。多くの人間を夢中にさせ、影響を与えたに違いない。彼に影響を受け科学者になった者もいるかもしれないな。わたしなら何を作りたいだろう。空を飛ぶ車だろうか。そうだ、時間を移動する車というのも面白い。

 このようなことを延々考えていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 グレート・スコット!なんということだ!今こそ時間を飛び越える車が必要なときではないか。

 現在、小説の誘惑を断ち切り自戒の念を込めて日記を書いている次第だ。


第三日

 一口に機械といっても様々なものがある。ただ闇雲に本を読んでも時間の無駄だろう。農作業や家畜の世話の自動化など、仲間の作業を助ける技術の習得に重点を置こうと思う。

 そのうち家畜も飼うことになるだろう。四人で生活する我らが無理せず生きるためには、自惚れではなくわたしのこの努力が必要不可欠だと思う。時間はかかりそうだが、この技術を身に付ければ仲間たちの役に立てる。

 彼らの役に立てると考えただけで気持ちが高ぶる自分に気づいた。


 昨日の日記を確認していて気づいたが、日本語では『半メートル』という表現を使わないのだろうか。この世界に来る際にさまざまな言語能力を獲得したが、それらが混ざり合って時たま妙な言葉を使っている自覚を持つことがある。家族には伝わっているが、気をつけたいところだ。

 そうだ、慣用句はどうだろう。『筆を取る』が原型だが、この世界では筆を見てない。ならば『ペンを取る』が適切な運用か?『鉛筆を取る』?『黒鉛を握る』?わからない。言語能力はあっても運用能力が伴っていないのはなんとも歯がゆい。


第四日

 段々とコンピューターでできること、やりたいことが見えてきた気がする。資料が豊富にあるというのはいいことだ。なるほど、こういった専門的な知識を習得させる施設があるから、この世界はここまで機械工学が発展しているのかと納得した。そういった施設であるため、わたしが理解するのにも非常に役に立った。

 だが、もう少し踏み込んだ知識を得なければならない。残念ながらわたしには師がおらず独学で修めねばならないので、二つ折りになっている小型のコンピューターを持ち帰り彼の家でも精進しようと思う。


第五日

 午前は勉強を続け午後は気分転換に高等学校の周囲を歩いてみた。そこで酒屋という素晴らしい施設を見つけてしまった。

 ドワーフは元来酒好きで酒豪の種族だ。金属アレルギーというドワーフらしからぬ体質を持つわたしではあるが、酒に関しては他のドワーフに負けないほど愛している自負がある。いや、体の大きさ故に村でも一番の酒豪だった。この世界は酒の種類も豊富で、わたしはこの世界に来てよかったと改めて思った。だが、いつまでも酒を堪能しているわけにもいかない。たとえ店舗には酒だけでなくつまみも豊富に置いてあったとしてもだ。


 酒瓶を片手に散策を続けていたら、バイク屋なる店舗を見つけた。彼が車を運転してここまで連れてきてくれたが、わたしも自分で移動手段を確保できればいちいち彼の手を煩わせずに済む。そう考え、このバイクなる乗り物の運転を身につけることにした。初めは操作の複雑さに戸惑ったが、一つずつ問題を解消、分析していけば乗れるようになるのにそう時間はかからなかった。触れた箇所、連動して動く箇所、その仕組み、それらを観察すれば実に単純な機械であると理解できた。単純、故に研鑽されていておもしろい。

 恐らくわたしの身長で乗ることなど考慮されていないのだろうが、足が付きさえすればなんとでもなる。横倒しになっても片手で容易に持ち上げられる。見た目ほどの重さはなかった。いや、待てよ。わたしには軽くても人間族には重いのではないか。だとしたらだいぶ扱いにくい乗り物のはずだ。なら自動車があるのに、なぜ不安定なバイクに乗る?人間族は不思議だ。

 このバイクなる乗り物、実に気持ちがいい。酒屋に続いてバイクも気に入った。だが、問題点もある。荷物が乗せられないのだ。これではコンピューターも酒も持ってきた着替えも大切な斧も持ち帰れない。彼の家にあったリアカーのようなものを接続すればいいだろうか。だがそうなるとあまり速度は出せなくなる。

 仲間たちを驚かせるため、できれば彼が迎えに来る前にバイクで帰りたいなどと企んでいたが、それも難しいかもしれない。


第六日

 今日もある程度勉強した後は周辺の散策に重点を置いた。機械に関してはある程度理解できたと思うし、家でも勉強ができるよう持ち帰るものもまとめた。

 昨日の散策と異なりバイクでより速く広範囲を見て回れるのは大きい。

 途中で寄ったバイク屋で良いものを見つけた。サイドカーと言うらしい。バイクの隣に一人分の座席を接続するものだが、これに荷物を乗せれば自力で帰れるのではないか。彼は明日の昼頃に迎えに来てくれるが、明日の朝一でここを出れば彼の手を煩わせずに済むだろう。

 というわけで、善は急げだ。わたしはバイクにサイドカーを接続し、拠点の高等学校に戻った。そして荷物をまとめて、明朝の出発を待つだけという状態でこれを書いている。

 仲間たちは元気だろうか。突然わたしが現れて驚くだろうか。早くみんなに会いたい。出会ってまだ一月ひとつきと経っていないが、仲間たち、いや、今は家族だ。家族のことを考えると自然と笑顔になっている自分に気づいた。この世界に来て本当によかった。


 この六日間で多くのことを学んだ。学ぶことは生きる上で大切だ。わたしはこの世界で素晴らしいことを学んだ。

 大切なのは種族ではない。種族が共通したからといって無条件で分かり合えるとは限らない。

 大切なのは優しさを失わないこと。互いに助け合うこと。異種族に対しても相手を理解しようとする気持ちを失わないこと。それが、新しい家族からの愛しき教えだ。


第七日

 時刻は朝の五時。

 自力の帰宅があまりに楽しみで早く起きてしまった。二度寝もできそうにないので、これから帰ることにする。

 冒険の準備はできている。コンピューター、参考書・辞書、作業着、真っ二つになった安全靴、そして酒……は諦めて資料を多めに持った。我欲のために本を置いていくなどドワーフの風上にも置けぬ行いはしない。恥ずかしながら少し迷ったのは事実だが。万が一のために、空いたウイスキーの瓶にガソリンを入れた。

 サイドカーとは反対の面には愛用の斧を収納する什器じゅうきも装着した。この什器は本来、『サーフボード』という板状の物体を持ち運ぶためのものらしい。現物は無かったが、かなり大きいもののようだ。おそらく水面surfのように飛来する矢から身を守るための板状boardの装備だろう。

 これで準備は万端だ。これを読む者が現れることはないが、これはわたしの七日間の記録だ。


 さようなら高等学校。

 わたしに知恵を授けてくれてありがとう。

 ドワーフのルル





次回、帰宅したルルを謎の危険生物が待ち受ける。


元ネタ集


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・ジュール・ヴェルヌの影響を受け科学者になった者、空を飛ぶ車、時間を移動する車、グレート・スコット!

全て名作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』より。「グレート・スコット」はエメット博士の口癖です。


・大切なのは優しさを失わないこと、互いに助け合うこと。

ウルトラマンA最終話でエースが子どもたちに説いた言葉。「優しさを失わないでくれ。弱いものを労り、互いに助け合い、どこの国の人達とも友だちになろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持が何百回裏切られようと。それが、わたしの最後の願いだ。」

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