第二章 「ルルの赤い手」

「ルルの赤い手」part1

筆者前書き

 本作品は縦書きで表示すると多少読みやすくなるかと思います。画面右上にある「ぁあ」というボタンを押して、ビュワー設定の「縦読み」を選んでからお読みください。併せて背景色も「生成り」が比較的目が疲れにくいかと思います。もちろん、横書きや背景色の白がお好みの場合は、どうぞそのままご利用ください。


 お読みいただく方に操作をお願いし恐縮ですが「逆異世界転移物語」をお楽しみくださいませ。


 ・・・・・・・・・・・・


「トール……」


 頬をうす紅色に染め、ルルが小刻みに震える小さな手で縋るように俺の袖を握る。


「ここでのことは、二人には言わないでくれ。頼む……」


 なぜこんなことになったのだろう。時間は少し遡る。


 ・・・・・・・・・・・・


 俺たちは、先日ドラゴンとの激闘を制した(ということになっている)畑よりも少し自宅に近い場所を新しい農地にしようと行動を始めた。

 せっかくだからとジャガイモだけでなくホウレンソウやニンジンなど他の野菜の種も植えることにし、『櫨染はじぞめ色のオリサ』の手により畑はあっという間に耕された。そして水やりは『瑠璃るり色のオリサ』が雨を降らせたため俺たちは手を動かす必要もなく新たな農地の完成を迎えたわけだ。

 ただし、手は動かさなくても口は全力で動かした。俺たち総出でオリサを『ヨイショ』し自信を取り戻させることで、なんとか廃人同然の状態から元どおりのオリサに戻すことに成功したのだ。

 ちなみに、俺に魔法を見せたときは何か威勢のいい掛け声のようなものを叫んでいたのに、廃人状態で魔法を使うときは『へぁい……』という気の抜けた声しか出さなかった。それでも問題なく魔法は発動したから、あれは呪文の詠唱ではなく自分に気合を入れるための儀式だったらしい。


 ところでよくよく調べたらジャガイモの植え付けは本来二月下旬からなのだとか。なのであの畑の持ち主は少々せっかちだったのかもしれない。俺たちはそれを承知でオリサにやる気を出させるため、畑の再生と作付けに取り組んだ。


 今現在この新たな畑の見回りは四人で行っている。理由は当然、万が一にも敵が現れた場合迅速に戦い被害を最小限に抑えるため。オリサを守るために本当のことを黙っているとはいえ、リーフとルルがドラゴンを警戒するようになってしまったのが正直なところ少し面倒だ。

 ぶっちゃけドラゴンとかいないし。


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「ルルさん、ちょっとよろしいですか」

「なんだ?」


 帰宅後、洗濯と朝食を済ませ食後のお茶を飲んでいるタイミングでリーフが話を切り出した。


「昨日、物置を見てみたのですが、トールさんのお祖父様とお祖母様が遺された農機具があったのです。しかしながら多くが壊れておりまして。新しいものを入手しても良いとは思うのですが、せっかくトールさんのお祖父様方がお使いになっていたものですし直してまた使うことはできないかと考えたのです」

「ルルちゃんドワーフだから手先が器用なんだよね?鉄とか宝石とか、加工はなんでもござれ!って感じでしょ?」


 食後のお茶も飲み干してゴロゴロ転がりながらオリサが付け足した。体に悪そうだな。

 農機具用の物置というのは、食料を保存している倉庫とはまた別の建物だ。比較的都会に住む高校の友達に話したら驚かれたが、ウチの辺りだと母屋と別に倉庫や農機具用の物置があるのはそこまで驚くようなことじゃない。


「そのため、ルルさんにご相談をしたのです」

「俺は別に気にするなって言ったんだけどな。どうだ?難しければ店から新しいの取ってくるぞ」

「そ、そうか。当然、わたしは誇り高きドワーフなのだからその程度のことお手の物だ。つまりアレだ、何と言ったか……、ああ、そう、『赤子の手をひねるようなもの』だ!」

「ルルちゃん、赤ちゃんにそんなことしちゃダメだよ……」

「やらんわ!この国の慣用句だろう!じゃ、じゃあ、わたしは物置に行ってこよう。お前たちは野菜の面倒を見ているといい」


 なんかいつものルルじゃない。


「今日の水撒きはさっきやったよー」


 いつものルルはもっと落ち着きのある、少し堅めの話し方をするのだが。


「ああ、そ、そうだったな。それなら、みんなは洗濯でも」

「さっきルルさんご自身が干していらっしゃいましたよ」


 そうだ。ビールのケースをひっくり返してその上に立ち、時々落ちそうになりながら必死に物干し竿に洗濯物を干しているのを俺も見た。


「そそ、そうだな!うっかりしていた。なんでもないんだ。それでだな、えーと、あー、うーん……」


 どうしたんだ、こいつは。


「大丈夫ですか?ずいぶん汗をかいていらっしゃいますが。もしや」

「ひっ!」

「先程のお茶が熱すぎましたか?よく冷ましてお飲みくださいね」

「いや、ちが……、ああ、まぁそういうことだ」


 どうしたのだろう。

 いつものキリッとしたルルらしくない。


「あ、もしかして、ルル」

「ひぃっ!」

「作業に集中したいから、あそこの物置には誰も入らないでほしいってことを言いたいのか?」


 『来るな』なんて強い言葉を使ったら言われた者は傷つく。だから婉曲えんきょく的にうまく表現したかったが、日本語の表現に苦戦していたのではないだろうか。ならば助け舟を出さなければ。


「え?あ、そうだ!どうにも他の者が来るかもしれない状況では手元が狂う可能性があるからな。やはり金属や宝石の加工は指先の繊細な動きと究極の集中力が必要になるのだ。そんな作業をするのに、やれ『ごはんよー』だとか、やれ『おやつよー』だとか、やれ『そろそろ宿題しなさーい』などと他の者が作業場に入ってくる可能性など、頭の遠い遠い片隅であろうとも置きたくないのだ。あの、その、ドワーフの間では作業場に部外者が入ると鍛冶の神が怒るという言い伝えがあってだな。えーっと、たとえそれが家族であろうとも、たとえ作業に従事する者が何日も不眠不休で心配であろうとも、たとえそれがトイレのない作業場であろうとも、たとえそれが怒り狂ったドラゴンの迫りくる作業場であろうとも、他人が作業をしているときは絶対に入ってはならんのだ。安心せい!晩飯の前には終わらせて母屋に戻る。風呂でも沸かしていろ。そんなわけで、わたしはしばらく物置に籠もらせてもらう。すまんが、お前たち、共に生きる仲間たちであっても先祖伝来の技術を見せるわけにはいかんのだ。見られたからには一族から追放処分になってしまうのでな。なあに、わたしを信じて待っていろ。あとついでに、ドワーフはトイレに行かんのだぞ。恐れ入ったか。では皆の者、失礼する。わたしに会いたくても、¡Tranquiloトランキーロ! 焦るんじゃないぞ。¡Hastaアスタ la cenaセナ! adiósアディオス


 なにやらすごい早口でまくし立ててルルは去っていった。キャラ変わってなかったか、あのちびっ子。いろいろツッコミどころのある話だった。神様が怒るから入ってはいけないのか、先祖伝来の技術を見せるわけにはいかないのか。

 そもそもあいつは別世界に来てるわけだから今更一族から追放されるようなことがあっても痛くも痒くもないだろうし、最後は謎のキャラクターが憑依した上で、どこかの言語を並べて去っていった。『アディオス』ってどこだっけ?スペイン?イタリア?ドイツ?『アディオス』の前はなんて言ったんだ?

 まあとにかく、作業に集中しているときは放っておいてほしいのだということはわかった。それなら俺たちは彼女を信じて風呂を沸かし、夕飯を作って待つことにしよう。俺は寝転がるオリサを促して歯磨きのため洗面所に向かった。


 ・・・・・・・・・・・・


元ネタ集


Hasta la cena = 夕飯まで

Tranquilo = 焦んなよ

Adios = さようなら


参考

 新日本プロレス Los Ingobernables de Japónリーダー 内藤哲也選手の決め台詞より。

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