マクスウェルの天使

Phantom Cat

1

 僕の妻、絵瑠沙えるさは自他ともに認めるクールな女だ。


 外見は間違いなくクール・ビューティ。さらに少しコミュ障なところがあって口数が少ないため、余計に冷たい印象を周囲に与えている。中身はとても優しくてかわいらしい性格をしているのだが。


 彼女は体温も低めだ。結婚して肌を合わせるようになってから気づいた。彼女の体に触れると大抵ひんやりする。冷え性なのかもしれないが、なぜか体は頑丈で、結婚してから彼女は病気らしい病気をしたことがない。風邪すらひいたこともないのだ。


 そして、極めつけは……


 彼女には、半径3メートルほどの目視できる対象を、急激に冷やすことができる特殊能力がある。そもそも、4年ほど前にそれに気づいた彼女が、何が起こっているのか調べて欲しい、と僕がいた物性物理研究室に来たのが、僕らの馴れ初めなのだ。


 僕も色々調べてみたが、なんでそんな現象が起こるのかは未だによくわかっていない。ちょうど僕がそれを調べていた時、その能力を嗅ぎつけた某国のスパイに彼女が拉致される事件が起こり、それがきっかけで彼女はその能力を封印してしまった。その後2年近く僕らは交際を続け、僕が博士課程を修了してそのまま大学の助教のポストに就いたのを機に、僕らは結婚した。それから2年。未だに新婚気分が抜けない。


 彼女はとある情報系ベンチャー企業のCTOで、結婚後もその仕事は続けている。子供が出来たらどうするつもりかはよくわからないが、避妊してないのにもかかわらずどうにも妊娠の兆しがない。まあ、お互いまだ20代(僕はもうギリギリだが)なので、あまり焦ってはいないが……いずれ二人とも不妊検査した方がいいかもしれない。


 ともあれ、僕らは幸せな日々を送っていた。こんな毎日がずっと続いていく、と思っていた。


 その日が来るまでは……


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 アメリカのイエローストーンで火山活動が活発化している、というニュースが流れた一週間後。いきなり巨大な噴火が始まった。火山爆発指数で言うところのカテゴリー8、すなわち……破局噴火スーパーボルケーノだった。


 想像を絶する量のマグマ、噴煙が放出された。このままでは噴煙に日光が遮られて地球は寒冷化し、下手をすれば氷河期に突入するかもしれない。そうなれば……現在70億の人口を超える人類にとっては、深刻なダメージとなる。満足に食料が生産できなくなるからだ。


 そして。


 このニュースが伝えられてから、なぜか絵瑠沙の態度が冷たくなった。会話は普通にできるのだが、無表情でいることが多くなり、あまり笑わなくなったのだ。


 もちろん数年後には僕らもどうなるかはわからない。それが心配なのかもしれない。だけど……世界が一致団結して、この危機を乗り越えようとしているんだ。そういう話も僕は彼女に何度もしたのだが……彼女の態度は変わらなかった。そして……その日、とうとう彼女は僕に告げたのだ。


晴男はるおさん、ごめんなさい。私は行かなくてはならない。使命を果たさなければならないの」


 僕は当惑する。


「行かなくては……って、どこへ? 使命って、何の?」


「そうね、まず、あなたに話しておかなければならない……実は私、人間では無いの」


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