ぬいぐるみ

犬神弥太郎

第1話



 久しぶりに、ネットオークションを覗いてみた。


 昼休み。いつもは並ぶ店が空いていたから、時間が空いた。


 画面にはお勧めとされて、過去に自分が見たものが、自分の好きな雑誌や音楽、あとは時計とされて並んでいる。


 今日も開けば、同じようなものが並んでいる。


 いつも同じだ。


 買っても、何度か読んで終わり。


 買っても、何度か聞いておわり。


 いつもうそうだ。飽きやすい。


 オークションのページを進ませていく。


 いつも似たような人が出品し、似たような人が競り落とす。


 自分が買いたいと思うような物は、出るのが稀だ。


 たまに出ても、大体が競り負ける。


 大丈夫だろうと入札していた値段の、僅か上をいかれる。


 ネットオークションなんてウィンドウショッピングみたいなものと諦めが心に滲む。。


 そう考えながら、いつもの様に眺める。


 なんでネットオークションなんかを開くのかも、自分ではわからない。


 大体は、ここで人気があるものを知って、通販サイトで買う。


 そんな感じ。


 昼休みにスマホで見るネットオークションなんて、そんなものだろう。


 指でお勧めをスワイプしていくうちに、妙に気になるものがあった。


 何が気になったのかも解らないが、スワイプする指が止まってしまった。


 古ぼけた、ぬいぐるみ。


 出品者の評価も無く、だれとも取引したことがない様子。


 テディベアでもなければ、有名なキャラクターでもない。


 しかし、何か気になる。


 どこかで見たことがある気がするが、思い出せない。


 誰も入札していない。


 最低落札価格も設定されてない。


 興味本位で入札して見ようかと思うも、手が止まる。


 出品の商品名が「私」となっている。


 どういう意味なんだろう。


 子供の頃からの大事な人形で、自分の分身みたいな意味だろうか。


 それほど大事ならネットオークションになんぞに出さなければとも思うが、まあそれは人それぞれだ。


 妙に気になる、ぬいぐるみ。


 期限はまだ、1週間近くある。気になるからお気に入りに入れたまま、その日はそれで放置した。


 翌日も、翌々日も仕事で昼間は休むどころじゃない。


 スマホを見るのも予定表やカレンダーばかり。


 ネットオークションの事などすっかり忘れ、2週間が経っていた。


 流石にお気に入りに入れたアレは、なくなっているだろう。


 帰りの電車の中でスマホを開き、ネットオークションを見てみる。


 再出品でもされていれば、手を出してみるかな。


 ぬいぐるみの「私」は落札されていた。


 2週間以上前にお気に入りにいれただけのはずなのに、落札者は俺だ。


 落札日時は、今。


 今だ。今この時間に落札された。


 いつこんなのに入札したのか。自分で入札した覚えはない。


 落札者からのメールが届くとか、そういうのが有るはずだから、来たら問い合わせよう。


 怪訝に思いながらも電車を降り、シャッター街になってしまっている商店街を通って家路に向かう。


 早く帰れるときは、ここも賑やかなんだがなと思いながら通る。


 静かで、遠くの道路を走る車の音が、まるで近くのように聞こえてくる程。


 商店街が混んでいるときは、通り抜けるのに長く感じる。


 しかし、こう人気がないとすぐに終点だ。


 アーケードが終わろうとしてる時、スマホが鳴った。


 メールの着信音。


 歩きながらスマホを見ると、もう出品者からのメールが来ている。


 思わず、足が止まる。


 メールには一文だけで「送りました」とだけ。


 は? 住所も何も教えてないし、お金だって払ってない。


 確か入札額は1000円からじゃなかったかとネットオークションの履歴を探る。


 滅多にないだろう、ネットオークションのサイトが、メンテナンスとかで開けない。


 なんなんだよと思いながらも、こんなことも有るんだなと溜息をつく。


 送られてきたなら、相手の住所や氏名もわかるだろう。


 考えにふけって歩いていると、いつの間にかマンションの前。


 いつものように郵便受けや、宅急便の預かり箱を漁る。


 郵便受けには、請求書やダイレクトメール、あとは近所の店のチラシばかり。


 宅急便のあづかり箱には、妙にでかい箱。


 嘘だろと思った。どこからいつ送ったのか、もう届いている。


 箱を手に取ろうとすると、更に血の気が引いた。


 ダンボールはガムテープで封はされている。しかし、宅急便の伝票がない。


 マジックで書かれた「ぬいぐるみ」とだけ。


 嫌な予感がする。


 箱をとらず、そのまま自室へと向かう。


 一体何がどうなってるのか、あの箱はなんなのか。どうやって届いたのか。


 気味が悪い。


 偶然ネットオークションで見つけて、お気に入りに入れただけだ。


 それがなんでこうなる。


 自室にはいると、鍵をかけ、いつもはしないチェーンロックまでかけた。


 何かが嫌だ。なんか怖い。


 部屋の電気をすべてつけ、あまりみないテレビまで付けてベッドに潜り込む。


 スーツのままでも気にならない。


 とりあえず考えよう。とりあえず考えよう。とりあえず考えよう。


 何度も頭の中で言葉を反復し、落ち着こうとする。


 荒れた息が整いだした頃、呼び鈴が鳴った。


 思わずビクッとしてしまう。


 何だこんな時間に。


 終電で帰ってきて、もう1時を過ぎている。


 人の家を訪れるような時間じゃない。


 呼び鈴は、何度も鳴る。何度も、何度も、何度も、何度も。


 怖くて布団から出られない。


 得体が知れない。


 そのうち、呼び鈴は鳴るのをやめた。


 静かな夜、テレビの深夜番組の音だけが部屋に響く。


 一体何だったのか。


 気になってくると、見てみたくなる。


 ベッドから、そっと顔を出す。


 もちろん明るい部屋。そこに、誰も居るわけはない。


 ベッドから降りて玄関へと。


 玄関の扉が、すごく遠く感じる。


 どれくらい時間をかけたのか、ようやく玄関にたどり着く。


 何十分も、いや、1時間くらいかかったかもしれない。そのくらい、足が重い。


 玄関のドアスコープから、外を見る。


 もちろんだ。誰もいない。


 こんな時間に、人の部屋の前に居るはずがない。


 安堵のため息をつきながら、何故かチェーンロックを外す。


 なんで俺はチェーンロックをはずしているんだろう。


 そして、ドアの鍵を開ける。


 なんで俺はドアの鍵をあけているんだろう。


 そして、ドアノブを回し、ドアを開ける。


 なんで俺は外に出てるんだろう。


 自分の行動ひとつひとつに、疑問を感じる。


 自分の行動ひとつひとつに、違和感を感じる。


 心のなかでは、やめろと叫んでいる。けど、ドアを開ける。


 ドアを開けると、そこにはダンボール箱。


 宅急便受けに入っていた、ダンボール箱。


 管理人は、宅急便を部屋までなんて届けてくれない。


 もし届けたとしても、部屋の前に置き去りなんてしない。


 俺はダメだと感じている。やめろと心で叫んでいる。しかし、なぜか箱を部屋の中に運び入れる。


 部屋の中に置かれたダンボール箱。


 表面には「ぬいぐるみ」とだけ。


 差出人もわからず、宛先も書いてない。


 俺に届くはずのない荷物。


 心はずっと否定し続けているのに、なぜかダンボール箱を開けようとしている。


 ダメだ。ダメだ。ダメだ。やめろ。


 ガムテープを剥がし、ダンボール箱を開く。


 そこには、ネットオークションの写真のぬいぐるみが入っているだけ。


 妙に安堵した。


 急に何かが飛び出してくるんじゃないかと思っていた。


 妄想だな。仕事のし過ぎかもしれない。


 ダンボール箱のまま部屋の隅に運び、着替えて寝る。


 ベッドに入ろうと思ったが、冷や汗がひどい。


 怖さで、汗だくになっていた。


 眠気が飛ぶかもしれないが、一応シャワーでも浴びるかと服を脱ぐ。


 なにか、見られてる気がする。


 さっきのぬいぐるみか。しかし、箱の中のままだ。


 それにぬいぐるみが見るなんて、ありえない。


 風呂場に入りシャワーを浴びる。べたついていた汗も流れ、さっぱりする。


 風呂場から出てベッドに向かおうとした時、ぬいぐるみが部屋の中央にあった。


 箱の中のままのはずなのに。


 箱から出していないはずなのに。


 ぬいぐるみが、妙な姿勢で動き出す。


 なんだこれは。なんなんだこれは。


 動く度に、骨が折れるような、骨が鳴るような、嫌な音。


 嫌な音がする度に、ぬいぐるみの表面に血が滲んでいく。


 そして、歩いてくる。


 俺に向かって歩いてくる。


 ぬいぐるみは、よろよろと動き、しかし、確実に近づいてくる。


 最初に写真を見た時は何色だったか、今は血で赤黒い。


 生地が吸いきれなかった血だまりが、ぬいぐるみの足あととなって続いている。


 俺の方に来る。


 俺に向かってくる。


 ぬいぐるみの手が動く。


 ぬいぐるみの手から、人の手が突き出る。


 指は折れ曲がり、血みどろな指が俺を探す。


 なんでこんなことに。


 もう片方のぬいぐるみの手からも、人の手が出る。


 どちらも血が滴り、折れ曲がり、しかし、何かを探している。


 俺だ。


 俺を探してる。


 後ずさりながら転んでしまった位置からは、それが見えた。


 ぬいぐるみの口の部分に、人の口がみえる。


 中に、人が入っている。


 あんな小さな中に人が。


 そして、ぬいぐるみの中の口は、言葉を発した。


「私を気に入ってくれたんでしょう……?」



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ぬいぐるみ 犬神弥太郎 @zeruverioss

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