第47話

 流谷は再びスカイラインGTRを藤元と押して、なんとかレコードラインに入った。

「頑張ってね!!」

 藤元は神社なんかでお祓いに使う棒を振り、応援した。

「はい!! 妻の梨々花のために頑張ります!!」

 流谷はすぐ目の前のコーナーを猛スピードで走り出した。


 僕は未だスリーワイドから抜け出せずにいた。じりじりしそうだが、昔の僕の冷静さを保持し、相手の動きを観察した。

 コーナーが迫って来た。

 僕は横一台の車に体当たりをして、派手なドリフトをした。


「あっーと!! 雷蔵選手、体当たりとドリフトでスリーワイドを抜け!! 先頭のカナソニックスカイライも抜いた!!」

 竹友が信じられないといった顔で、斉藤と目を合わす。

「ええ……。信じられません……。人間には無理な冷静さですね」

「おや? 田場選手と島田選手は猛スピードでストレートを未だ走り続けていますね」

 竹友は首を傾げた。

「あ、そうか?! 相手の車を寄せ付けないのではなくて、体当たりで追い払っているのでしょう」

 斉藤は愕然として言葉を放った。


 2週目。

 広いレーシング場を走るのは後、後4週までになった。

 僕は河守のために走っていた。

 そう。A区のためにだ。

 昔の僕が陥れようとした場所を、今度は全力で守ろうとしている。運命とは皮肉といえるのが普通なのだろうか。

 晴美さんが好きだった。

 昔からだ。

 だけど、僕はいつの間にか河守が好きになっていた。

 何故だろうか?

 車が出せる最大限の猛スピードを、ストレートで振り絞る。僕の前方には誰もいない。その瞬間、僕だけが走るレースのショーをしている感じが、錯覚だけれど、していたんだ。

 風の音も歓声の音もエンジンの音も、僕だけのものだ。


「興田君。例のものを……」

 角竹のしわがれ声は震えていた。

 この大歓声の中で、現奈々首相を暗殺してしまえば、いくら茶番で勝っても意味がないのだ。

「ええ……。解りました」

 興田の声はしっかりとしている。息子のためにとこれまで、努力を惜しまなかった父としての最後の花向けなのだろう。

「父さん。俺にやらせてくれ」

 道助は応援席にいるアンドロイドのノウハウ数体に合図を送った。


「晴美様!! 何か来ます!!」

 アンジェが晴美の体を守るために、押し倒した。

 その瞬間に、派手な音の後に今まで晴美さんがいた床に大きな穴が開いた。

「アンジェ!! まだよ!!」

 マルカがマシンピストルを応援席にいるノウハウの一体に向かって撃とうとしたら、

「待って!!」

 九尾の狐が小型の端末を目にも止まらない速度で、打った。

 遥か遠くの応援席のノウハウ数体が、武器を投げ合いお辞儀をしたり、故障したかのようなダンスを踊り出した。

 真っ青になっていた観客はこれもショーの一部と勘違いして、大歓声を送った。

「妨害用プログラムをノウハウたちにインストールしたわ。世界最強の妨害プログラム。キマイラの車輪よ」

 九尾の狐はにこやかにほほ笑んだ。


「……」

 興田は唖然とした。

 ダンスを踊っているノウハウには、高度の暗殺プログラムがインストールされていて、絶対にハッキングが出来ないはずなのだ。

「父さん……。仕方ないから、レースで勝つしかないかも知れないぜ」

 道助も唖然として、無表情の顔からそんな言葉が力なく口から漏れ出した。

 角竹は皮肉を言いたい気持ちを極力抑えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る