第31話 藤元

 周辺が荒廃した様相から、牧歌的な風景へと変わった。通り過ぎる人々はC区との戦争の爪痕のためか、どこか緊張していてそして寂しげだった。

「もうそろそろです。山下さんは那珂湊商店街の5番アーチにいるそうです」

 黒服がそう言うと、那珂湊商店街の花柄のアーチ。入り口が見えてきた。

 ベンツは下り坂を降りだした。


 那珂湊商店街に入ると、通行人も笑顔が薄れている感じがする。

 黒のベンツ数台が道端の砂利の駐車場へと停める。

 数人の黒服と晴美さん。夜鶴と僕は5番アーチへと歩いて行った。3番アーチの場所は未だボロボロになっていて、所々にブルーシートが覆い被さっている。僕が通り過ぎると滅茶苦茶の店内の喫茶店のマスターがこちらに向かって、「大丈夫だ」といわんばかりにニッコリと笑ってくれた。

「ここらへんにいるはず」

 腰のコルトに手を当て辺りを警戒している夜鶴も知っていた。


 山下が居る場所と彼が働いている場所を。

「あ、山下さんだ」

 夜鶴は三件先の電気屋のショーウインドーの前に、山下がガラスを一生懸命拭いているところを発見した。

「山下さん!」

 晴美さんが元気よく山下の元へと駆けだしていた。

「藤元さんが今どこにいるのか解りますか?」

 山下はニッコリとしているが、急に気を引き締めた顔になりだした。

「今言えるのは、藤元さんは時が満ちると出現するから……だそうです」

 山下は3年前の日本全土を左右した野球の試合から、義理で藤元の信者になったのだ。淀川と広瀬もそう。義理で形だけの入信をしたのだ。

「時が満ちると……? 悪いが僕たちは急いでいるんだが」

 僕はすぐに河守を生き返らせたかった。


 何もできなくて、じりじりとしていると。それと同時に、河守の笑顔がまた見れると思うもう一人の自分に気が付いた。何故だかすごく嬉しい感じがした。こんな気持ちは生まれて初めてのような気がした。

「山下さん。今は緊急時なんです」

 晴美さんが少しだけ緊張したが、山下は相も変わらずに大きい顎をさすって、気を引き締めた表情を崩さなかった。

「大丈夫。すぐに来ますよ。藤元さんは今は危険だからもう少し安全になったら、必ず出てきますと言っていましたから」

 山下の声に僕は落ち込んだ。

「まあまあ、それより。C区の動きが活発になってきますから、気を付けてください。でも、死んでもいずれは藤元さんが生き返らせてくれるでしょうから……。それと、奈々川お嬢様……これを……」

 山下はガラスを拭いていた雑巾を足元のバケツへポイと入れると、ポケットから何かを取り出した。

「これは?」

「お守りです」

 山下は晴美さんに円筒型の手のひらサイズのプラスチックを渡した。晴美さんがそれを振ると、飴かなにかの小さい音がした。中に何か入っているようだ。

「命の危険にあったら、それを飲んで下さい。それでは……」

 山下がガラスの拭き掃除に戻ると、僕たちは駐車場へ戻った。

 

「藤元のことは、どうにかなったな……」

 車内で夜鶴はこちらに首を向けた。

「ああ……」

 僕は何故か気分が沈んでしまっていた。

「雷蔵さん。大丈夫ですよ。藤元さんを信じましょう」

 晴美さんはそういうと、黒服に言った。

「羽田(はた)さん。そろそろ云話事町TVの時間です」

 羽田と言われた運転手は、車に取り付けてある小型のテレビを点けた。


「おはようッス。云・話・事・町TV――!! 忘れてもらっちゃ困るッス!!」

 美人のアナウンサーは、A区の青緑荘の前で立っていた。その横になんと藤元がいる。

「藤元さん! 今日は大活躍っスね!! いきなり空から現れてA区とC区の戦争で死んだ人々を尽く生き返らしたッス!!」

 美人のアナウンサーは笑顔で、藤元にピンクのマイクを向ける。

 藤元はニッコリとして、カメラにピースをした。

 かなり疲れているようだが、至って元気だった。

 周囲には島田と弥生。遠山。女性バイトなど、A区の人々と河守や九尾の狐、原田が生き返っていた。






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