第30話

 殺風景な通路を遮断していた鉄格子がようやく音を立てて開くと、看守と一諸に奥へと歩いた。

その先には右側に看守が数人いる受付のようなものがあった。

「ここの電話を使え」

 看守の言葉を聞くと、僕は赤い電話の受話器を握りしめた。一か八か自分のしていた非合法なことと一緒に、首相暗殺とエレクトリック・ダンスの話をするために。

 夜鶴 公の電話番号を掛けた。

 3年前に聞いた。首相官邸の電話番号だった。

 

 二日後。


 現奈々川首相の晴美さんが夜鶴と一緒に僕のが寝ている医務室のベットへと来た。

「雷蔵さん。ボロボロじゃないですか!? 何が起きたのです?」

 晴美さんが心配な表情をしていた。

 僕はベットからゆっくりと這い出て、晴美さんにエレクトリック・ダンスのことを詳しく言おうとしたが、僕の言葉は足元の犬によって、遮られた。

「ワン!!」

「スケッシー駄目じゃないか!」

 夜鶴が犬の頭を叩いた。黒のジーンズと革ジャンを着た中肉中背のハンサムな男だ。黒い髪は長髪の部類に入る。年齢は僕と同じ28歳だろう。

「晴美さん。スリー・C・バックアップを今すぐ止めてくれ。スリー・C・バックアップの裏の顔は危険なんだ」

「え……?」

 僕は目を大きく見開いた晴美さんと夜鶴に、今までの経緯を全て話した。

 …………

 晴美さんは大きく目を開けて驚いていた。

「そうですか。雷蔵さん……私たちと日本のために共に戦ってくれるのですね。あなたのしたことは今さら咎めません……」

「……ああ……。ありがとう」

 僕はほっとして大きく頷いた。

 晴美さんには、エレクトリック・ダンスのことと暗殺のこと、僕がスリー・C・バックアップの横流しをしようとしたことを丁寧に話した。これから、C区と僕はどうなるのだろう。もはや、ことは大きな日本という歯車が僕たちを巻き込んでいった……。


 まるで、何年ぶりかの晴れ渡った太陽の顔を拝んだ僕は、晴美さんと夜鶴が乗る黒のベンツへと乗った。青空には白いハトの群れが飛んでいた。

 数台いる黒のベンツを見て、僕は考えた。行き先は首相官邸なのだろうか?

「晴美さん。殺された島田たちを生き返らせないと……。藤元を探そう。A区に行こうよ」

 夜鶴の声は心配ではち切れそうであった。

「ええ……」

 ベンツの後部座席へ晴美さんと僕は並んで座っている。黒服の運転手の隣には犬と一緒の夜鶴がいた。

「矢多辺。藤元がどこにいるか見当つくか?」

「いや、僕も必死だったから……すまない……」

 晴美さんが微笑んだ。

「気にしなくていいんですよ……藤元さんなら、信者の人が3人もいます」

「信者って、確か山下と淀川と広瀬だよな」

「ええ。信者の人たちなら知っているはずです。ここからまだ生きている山下さんのところへ行きましょう。なんとかしてくれるはずです」

 晴美さんは自信のある顔をした。


 僕たちの乗った車はA区へと向かった。

 那珂湊商店街に山下がいるという。

 車で高速道路を3時間の間に僕はアンジェたちのことを考えていた。夜鶴との電話で真っ先に言ったのは、やはりアンジェたちのことだった。

 晴美さんが電話に出て、国を挙げて修理すると言ってくれた。

 重犯罪刑務所はA区でもB区でもない荒廃した場所にあった。

 僕は青空を自由に流れる白い雲を見ながら、ふと疑問に思った。傍に晴美さんがいるのに、河守の笑顔のことを考えている自分に気が付いたのだ。


「ワン」


 犬が僕を見て吠えていた。

「雷蔵さん。上の空ですよ?」

「え……あれ?」

 晴美さんの一言に、僕は急に恥ずかしくなった。

「それにしても、エレクトリック・ダンス……。私の意向が完璧に横道に逸れてしまう政策ですね。人々が人間的に暮らさなければ、何もならないというのにです。私はこれからも選挙戦を勝ち抜きます。雷蔵さんのため、国のため、夜鶴さんのためにも……」

 運転席の黒服がこちらを見た。

「雷蔵さん。ありがとうございます。あなたがいなければ、この国は人間的に崩壊していったでしょう」

 僕の心に嬉しいという感情が湧き出てきたようだ。

 まるで、初めて人に感謝された時のようだ。

「いや、僕は……」

 赤面して俯くと、

「謙遜しなくていいですよ。それと、夜鶴さん。私の選挙の時にはボディガードのノウハウとシークレットサービスを雇って警護を強化しますが、夜鶴さんにもお願いします」

「ああ……」


 夜鶴は満面の笑みを見せた。

 それは、幸せな顔でも好戦的な顔でもあった。

 僕にもそんな顔をする時があるのだろうか……。

 僕は車窓から外を眺めていると、いつの間にか九尾の狐と原田の言葉を思い出していた。 

 確か、僕の家の近くで晴美さんが何かをするんだったっけ。あ、そうか。これから選挙戦だ。でも、何か腑に落ちないものが僕の心にあった。それは、胸騒ぎだった……。

 車は高速道路を降りてA区の中へと入った。


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