便利屋

犬神弥太郎

第1話


 夜の繁華街。


 ホストもホステスも、客を集めるのに必死だ。


 条例で客引きは禁止になっているが、酔っ払ったおっさんがホステスに、酔っ払った女性がホストに声をかけることは規制されていない。


 だから、自分の魅力をアピールするだけという、以前とは違う客引きの仕方になる。


 店の前から店内へという最短の同伴出勤だ。


 なりふり構わない客引きもいるが、警察の巡回も目を光らせている。


 路地に目をやれば喧嘩だのなんだのをやってるのか、数人がうごめいている。


 関り合いになりたくない。


 昔は喧嘩もしたし、けっこうなヤンチャっぷりだった。


 親の金で生きてる間はそれでもよかったが、今は自分の稼ぎで食っていかないといけない。


 下手に会社をクビになる事態は避けたいんだ。


 しかし、この仕事も長くないかもしれないと思う。


 電気工事の資格を取り、意気揚々と電工関連の会社に応募したが、全て不採用。


 それなりに技術もあり、接客も出来ると思うが、何故か採用されない。


 採用されない理由を教えてほしいと言っても、どこも教えてくれない。


 自分の悪い所を知って直したい。という理由で乞うてもダメだった。


 友達に話すと苦笑しつつ「縁故採用の当て馬にされたんじゃね?」とか言われる。


 実際、どんな人が採用されたかもわからないから、それも有るかもしれない。


 そして今は、便利屋だ。


 それなりに給料は悪くない。


 仕事もいろいろな経験が出来る。電気工事の資格もあってか、重宝されている。


 この仕事で辛いのは、1日24時間勤務で、翌日は休みという妙な勤務体系だ。


 交代の時間は午前0時。


 翌日の午前0時までが勤務時間。


 八時間労働とか労働基準法とか、どこいったって感じだ。


 そして勤務場所の近くには繁華街。


 普通の客からも依頼はあるが、深夜営業の店からの依頼は多い。


 普通の客でも繁華街の客でも、自分が行くとあからさまに不満そうだ。


 社長に来て欲しかったのか、次は社長でと言われる。


 仕事内容的には、俺で十分なはずなんだが。


 そういうわけで、長続きしそうにないと感じる。


 今回も、いつも社長をご指名のお客さんのところに、俺が行く。


 社長は俺を一人前にしたいらしいが、お客さんは大層ご不満だ。


 仕事内容はロッカーの配置換え。


 店員がやるらしいが労力がほしいということらしい。


 何度か来た店。裏口から周り挨拶をする。


 今回ばかりは歓迎された。


 社長も大概歳なので、若い俺の方が労力になるんだそうだ。


 4時間の大仕事。


 ロッカーの配置を変えるというのも、中の荷物は入ったままだ。


 四隅を少し浮かせ、歪ませないように台車に乗せて移動の準備は終わり。


 それだけでも2時間かかった。


 配置の場所が予定と違うだのなんだので時間がかかり、結局4時間。


 作業が終わったことを社長に電話で伝えると、そのまま次の案件に行ってくれと言われた。


 一見さんだ。


 俺でいいのか? とも思うが、社長は手が離せないらしい。


 仕事内容は分からない。普段なら仕事内容を聞いた上で行く。じゃないと道具も用意出来ない。


 筋肉痛になりそうな腰をストレッチさせつつ、住所の確認。


 繁華街に隣接したマンションの一室。


 お客さんの名前からして女性。


 下手な事をしたら訴えられたり、美人局でも出てくるぞと苦笑してしまう。


 使った道具や荷物をまとめ、ロッカー移動仕事を上出来と褒められて、その場を後にする。


 なんか気分いいな。少しだけやる気が出てきた。


 歩いて10分ほどで、次の仕事のマンションだ。


 意外に新しいマンション。新築だろうか? 建ててる時には気づかなかった。


 セキュリティもしっかりしてる。玄関ホールで部屋番号を押してのオートロック。


 インターホンの声は若い女性だった。


 ちょっと出会いの予感か? とか思いつつ社名と名前を告げる。


 作業内容を聞くも「手伝い」とだけ。


 妙な感じ。


 社長もちょっとは気になったらしいが、女性からの案件だ。無理に聞こうとすればキャンセルされるかもしれないと、受けたという。


 模様替えにしても時間が時間だ。掃除にしてもおかしい。


 まあ、日中は仕事をしてる人が夜中に何かをするのは、よくあることか。


 玄関の自動ドアが開き、玄関ホールにはいる。


 綺麗なマンションだ。


 エレベーターで部屋の有る階まであがる。


 部屋番号を確かめてベルを鳴らす。


 出ない。


 さっき玄関でインターホンを押した時は、すぐに出てくれたのだが。


 何度かベルを鳴らすも、やはり出ない。


 あまり急かしても申し訳ないかなと間を置いてみることにする。


 1,2分が過ぎただろう頃に、またベルを鳴らす。


 鍵を開ける音。


 しかし、いくつあるんだ? 3、4個の鍵が開く音が時計の針の音のように続く。


 チェーンを外してる音。


 ガチャりとドアが開く。


「こんばんは。夜遅くにありがとうね」


 にこやかに出てきた女性は、年の頃で言えば二十歳くらいか。


 腰辺りまであるロングヘアー。顔立ちが整っているのも相まって、相当な美人に見える。


 部屋着なのか妙に薄着だ。ちょっと目のやり場に困る。


 気になったのは、左腕がない。


 病気か事故か、何かで左腕をなくしてしまっているようだ。


 おっと、妙な勘ぐりは失礼になるな。


 会社名と名前を告げ、名刺を渡す。


「うん。あがって、あがって」


 お邪魔します。と言いながら部屋の中へ。


 なんか異質だ。


 玄関は綺麗に片付いている。というよりも、何もない。


 まるで生活感のない玄関。


 玄関から伸びる廊下の先に見えるリビングにも、何もない。


「あはは。お構い出来なくて、ごめんね」


 凄く作り物感がする笑顔。


 声だけ聞けば笑ってもいない。


 淡々としている。


「えっと、今日はお手伝いという事でお伺いしたんですが……」


 何を手伝えば……と聞いてると、彼女は「うんうん。うんうん」と言うばかり。


 なんだろう。妙な感じだ。


 玄関から入ってリビングの手前で立っているだけ。


 彼女はまるで俺が居ないかの様に、キッチンで料理を作り始めた。


 え? なにこれ?


 食事は俺の分だった。


「食べて。食べて」


 え? どういうこと?


 もう一度「あの……手伝いというのは……?」と聞くと、やはり「うんうん」とだけ。


「えっと、じゃあ……頂きます」


 料理に箸をつけて食べ始めると、彼女は隣室へと消えた。


 料理の味見の手伝いか? すごく楽な仕事じゃないか。


 隣室では妙な音がしてる。


 ギィ……ギィ……ギィ……


 隣室を手伝うのが仕事なんじゃないのか? と立ち上がろうとした時、「美味しい?」と声がした。


「あ、はい。美味しいです」


 聞こえたのか「うんうん」と声がする。


 まあ、女性の一人暮らしだ。妙な詮索はやめよう。頼まれたら行けば良いや。


 料理を完食し、満足感でいっぱいになる。


 妙な味がしたが、隠し味だろうか。


 ふう。なんかこのまま帰って寝たい気分だ。


 しかし料理を食べてお金を貰うっていうのは心苦しいな。


 便利屋と言えども、申し訳ない感じがする。


「手伝いっていうのは、この料理の味見ですか?」


 さすがに聞いてみた。


 隣室から帰ってきた彼女は髪の毛が肩の辺りまでになっている。


 自分で切ったのか?


 あのロングヘアーを自分で?


 片手だと、相当難しいだろう。


 ちょっと気味が悪い。


「ちがうよ」


 笑顔で答える女性。


「美味しかった?」


 あ、はい。と答える。――二度目だ。


「ありがとうね。ありがとうね」


 なんかちょっと、壊れてないか?


 彼女はまた立ち上がり、玄関に向かう。


 何も指示されないので、対応に困る。


 彼女を目で追っていると、玄関の扉の鍵を締めている。


 内側なのに、鍵で締めている。


 1つ、2つ、3つ、4つ、5つ。


 内側なのに鍵で。


 そして彼女は、その鍵を一つずつ……一つずつ……そして、全て飲み込んだ。


 え?


 手品……だよな……?


 彼女は戻ると、俺の対面に座った。


 そして3度めの同じ、いや、正確には同じではない質問。


「私の手、美味しかった?」


 彼女の左手は二の腕から先がない。


 よくよく見れば傷口近くできつく締め付けて止血し、巻かれた包帯には血が滲んでいる。


「私の手」


 ニコニコしながら言う彼女を見ると、質の悪い冗談にしか思えない。


「冗談はよしてください……」


 彼女はゆっくりと指差した。「まだあんなに残ってるのよ」と。


 そこには、手首から先がキッチンに置いてある。


 吐き気。


 猛烈な吐き気。


 吐かなきゃ、吐かなきゃ、吐かなきゃ。


 気持ち悪さも相まって、その場で吐きそうになる。


 トイレに駆け込もうと立ち上がると、彼女の右手が俺の手を掴んでいた。


「もっと、食べる?」


 なんなんだ、こいつは。


 なんなんだ、これは。


 あの手がマネキンだとしても、たちの悪すぎる冗談だ。


「あはは。あはは。あはは」


 壊れてる。狂ってる。


 気持ち悪い。吐きたい。


「お手伝い、まだだよ」


 ものすごい力で掴まれて振りほどけ無い。


 力ずくでトイレに行こうとすると、彼女は俺の手を掴んだまま倒れた。


「お手伝い、してくれるんでしょう?」


 声に全く抑揚がないが、顔だけは笑っている。しかし、その笑顔もマネキンの様にからっぽだ。


「あのね。あのね」


 彼女の言葉が耳に入ってくる。


「ハンバーグね。私の手の肉で作ったの。睡眠薬もたっぷり入れたの」


 その場で喉の奥に手を突っ込んだ。


 今すぐ吐かないと。冗談だとしてもたちが悪すぎる。


「あはは。あはは」


 彼女がものすごい力で掴んでいたんじゃ無い。力が入らないのはこっちなんだ。


 睡眠薬も何もかも本当なら、これからどうなる。


 なんとなく予想はつくが、当たって欲しくない。


「あのね。あのね。お手伝いね。……一緒に、死んで」


 嫌だ。しかし、声が出ない。眠い。意識がもうろうとする。


 ほんとに睡眠薬が入っていたのか。


 ほんとに人の肉だったのか。


 何で俺なんだ。


「あはは。あはは。ありがとね。ありがとね」





 便利屋の社長が電話をかけたが、携帯電話は不通だった。


 最後に訪問したお客さんも電話がつながらない。


 何かあったかな?と社長はお客さんの家を尋ねたが、インターホンでも応答がない。


 一応確認をと、管理人と警察に連絡した。


 そして、管理人が扉を開けようとしたが、鍵は住人が勝手に変えており入れない。


 警官が消防に連絡し、救助が必要かもしれないということでベランダから入った。


 そして、発見された。


 天上から吊るされた麻縄にぶら下がった二体の遺体。


 一人は女性、一人は便利屋の男性。


 女性の左腕はなく、右手と男性の左手が髪の毛で縛られていた。


 まるで、心中の様に。


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便利屋 犬神弥太郎 @zeruverioss

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