鳥かごの姫を救う手はー魔術を仕込まれた女と聖なる騎士ー
つづり
鳥かごの姫を救う手はー魔術を仕込まれた女と聖なる騎士ー
嫌なことは目を閉ざしてやりすごす。
孤児院でマナーが覚えきれてなくて、怒られた時とか、〇〇が何処かに引き取られていったとか。そう教えてくれたのは、私に優しい、黒髪の男の子だった。
目を閉ざしてやり過ごす。
下腹部の熱い感触も、思わず出る声も……快感で滲む目元も、皆きらいだ。
耳元にかかる吐息の熱っぽさに反応して、ぎゅっと背中に爪を立てる。
「リトラ……意識が蕩けてるね……私の力がよく馴染んでいくよ」
「は、はぁ……馴染んでいるの……」
普段使っている敬語がぬけてしまっていた。意識がかすみ、ただ快楽に振り回されるから滑稽だ。蕩けた声は自分でも驚くほど、女の声をしている。たどたどしくも甘ったるい声。
「君は私の最高傑作だよ……リトラ、君は私のものだ」
そう私の師匠でもある賢者は言う。けれど彼が私に愛情があるのかというと謎だろう。
私は賢者や魔女が使う言葉である「定着」をさせやすい人間だった。
魔術を体に仕込むことが出来るのだ。全身に刻まれた魔術を、何度何度も定着させるために、力を賢者は私に注ぐ。ここまで完成してしまった私は、もはや彼の中で人ではなく、所有物に過ぎない。こんなひどい男なのに、私はかつて恋をしていた。
孤児院の劣悪な環境から拾い上げてくれて、私を弟子ということで様々な知恵を授けてくれた。一端の女性として暮らせるようになったのも、すべて賢者のおかげだ。
だから賢者に魔術をしこまれた日の、乱暴さも許した。恩と感謝と愛をもっていたから。
また賢者の動きが早くなる、突き上げられていく感覚と、流されてしまうほどの溶けていく感情、このあと虚無が訪れようとも、賢者との結合はあまりにすべてを忘れさせる。
ただ同時に倦怠感にも襲われる。諦観とも言うべきか。
私はもう、魔術を刻まれた時に体についた、魔紋のせいで、誰とも恋は出来ないのだな、と……
窓が貼られた高い天井を見る
日差しが入り込みやすくするための植物園らしい窓だ。
水場もあり、薬草が植えられ生い茂るここは、私のお気に入りの場所だった。
賢者はここの管理を私に任せており、ほとんど近寄らなかったからだ。
水場から水を汲み、薬草それぞれに水を与え、少し元気のない植物には肥料や、日差しがちゃんと当たっているのか調べた。魔術の力はあれば、こんなことはしないだろう……植物の声を聞ける魔法があるらしく、何をすれば良いのかすぐわかるとか。
しかし私は試行錯誤しているこの時間が、何より「人間のようだ」と感じた。
魔法の力は偉大すぎて、私から人間の時間を奪っていく。嫌悪より快楽が異様に際立つ、賢者との結合すら、何の魔術も使われていないとは、言えないだろう。
「これと……それと……」
薬草を集め、本を頼りに、湿布薬を作ろうとしていた。
賢者の家の掃除に来る老婆が腰を痛めてると聞いたからだった。
賢者の命令であまり会話をかわせなかったが、こっそり贈る分にはいいだろうと考えたところに、賢者がやってきた。
「薬学の勉強か……熱心だな」
首の後が縮こまりそうな緊張を覚えていた。。
賢者の表情が面白くなさそうなのが一目でわかったからだ。
余計な知恵を覚えてほしくないというのか。
やれやれと賢者はため息をついた。
「リトラ、君に見合いの話が来ている」
「え」
思わぬ話に声が出た。賢者は私を見て小さく頷く。
「私に女弟子がいると、どこかで聞きつけたのか……私の知り合いの息子が興味を持ってるらしい」
「そうなんですか……」
なんと答えれば、唐突な話に戸惑うしかない。
私は視線を彷徨わせるしかなかった。賢者は嫌そうに口を開く。
「さすがに知り合い筋の話を断るわけにいかない、リトラ、王都に行き見合いをやるだけやってくるんだ」
「は、はい」
「体よく断ってくるんだぞ……できるだけ早く帰ってくるんだ。お前の体に仕込んだものを、もっと成長出来るんだから」
つぅと首筋を賢者は私の首筋を指でなぞる。びくっとするほどじわじわとくる熱情が嫌で、私は目を閉じた。賢者はまるで私に言い聞かせるためか、じわりと体に響く声で囁いた。
「君は私のものだ……いいな」
縛るような言葉の呪いだ。
賢者が住んでいたのは王都から離れた僻地だった。馬車を走らせても十日ばかりかかるというが。賢者は馬車の従者と馬に何か魔術をかけたのか、異様な速さで王都へ到着した。
お見合いをするとされた日の二日前である。おそらく早々に相手と会わせて、お見合いを破談させようとしたかったのだろう。お見合いの会場はそれなりに良いところだったが、そちらに向かわず、お見合い先の男の家に向かう。
一度そちらで顔合わせすることになっていたのだ。
「リトラ嬢、こんな早くに到着するとは……」
雨が降り出した晩に来ていたというのにお見合い相手であるオルクスは、私を歓迎してくれた。濡れた外套を乾かさせてもらうことになり、フックに掛けながらオルクスをちらりと見た。オルクスは見るだけで、惚れ惚れする黒髪の青年だった。鼻筋が通る整った顔立ち、騎士であるということもあって、しっかりした体つきだった。聖者の血筋も持っていると事前に知っていたので、断るとはいえ、こんな立派な青年とお見合いをする自分が、なんだか恥ずかしい。思わず赤面しそうな自分がいた。
この立派な青年に比べれば、賢者の道具に成ってしまっている自分はどれだけ惨めか。
私は私の視線に気づいたオルクスから、そっと目をそらした。
オルクスの家には住み込みの使用人がいないらしく、オルクス手ずからで私に飲み物や軽い食事を出してきた。
正直その行動に目を見張ってしまったが、他人の家の台所の状態などを知らない私がうかつに、手をつけるわけにもいかず、ただただ歓待を受けるしかなかった。
オルクスにお見合い前から、諦めてもらおうと思ったのに、一体何をされているのか……断れない自分が情けない。
そう思いながらも、オルクスの用意したサンドイッチと紅茶を飲むと……目を丸くした。
「おいしい……とても食べやすいというか」
騎士で多忙だろうし、使用人が普段の食事を作っているのだから、味に対してほとんど期待してなかった。しかし実際に口をしていると……肉と葉物野菜が柔らかなパンに挟まっていて、とても味が良かった。いくらでも食べられてしまいそうだ。
「ありがとうございます、ウチに来ている使用人が、それなりの年齢で……手伝いをしてるうちにいろいろと覚えてしまいました」
「そうでしたの……奇遇ですね、うちもそうなんです。古紙を悪くされてもウチで働いてくれて、今度湿布薬でも贈ろうかと……」
そこまで話して、ハッとした私は口をつぐんだ。
これから、食事の親切をしてくれたオルクスに、お見合いをなかったことにするよう言わなければいけないのだ。自分は所詮、賢者の所有物に過ぎないのだから。
なんとも言えない気分だった。賢者以外とろくにしゃべることのない生活をしていたのもあって、人と話すのが久しぶり。この楽しい時間を自ら手放さないといけないと思うと……。
いけない、わがままを言っては。
私はため息の出そうな自分を堪え、オルクスを見る。
オルクスは何故か憂う目で私を見ていた。
「あなたはいつから、そんな目をするようになったんですか?」
「え……?」
初対面とは思えない言葉に、私は思わず固まる。
一体どうしてそんな言葉を……声の響きに何か懐かしむようなものを感じた。
戸惑う私の耳に、急に玄関の扉を勢いよく叩く音が聞こえた。聞いてるだけで心が怯えそうなくらい、切羽詰まった叩き方だった。
目を見張る私を落ち着かせるように、手で制した。
「大丈夫です、落ち着いて下さい……これから少し騒がしいかもしれませんが、ただ黙って頷いていてください」
一体どういうことだと質問する間もなく、オルクスは玄関の鍵を開ける。すると武装した騎士達が二人、なだれ込むように入ってきた。雨に濡れているので、相当駆け足でやって来たようだ。しかし同じ騎士団の仲間であるオルクスの元に武装してくるほどとは一体……と固唾を飲んで見守っていると。
「オルクス! 賢者の弟子は来ていないか。こちらに向かっているという情報は掴んだんだが、その後の情報は不明なのだ」
突然の自分の所在が話題になると思わず、私は半歩下がってしまった。オルクスは私の動揺をよそに、落ち着いた調子で返答を返す。
「いえ、残念ながら。ただ二日後に会う話だったので……そちらの会場でしたら、来るのではないでしょうか」
「なるほど……」
頷いた騎士達だったが、視界の端に私の姿を見たのだろう。
いぶかしげな視線を一斉に向けてきた。
「そちらの娘は……」
オルクスはなんでもない様子で私を手招く。緊張でガチガチになる私にこう言った。
「この子はウチの使用人になる子です。知ってるでしょう、うちの事情。そろそろ若いのをいれないと、可哀想なので」
私はオルクスに頭を下げてと囁かれ、操り人形のように頭を下げた。そしてオルクスの言葉を肯定するように頷いた。
それを見て騎士の二人は納得したらしい。屯所に戻ると踵を返した。が同時に。
「賢者の弟子が現われたら捕縛するんだぞ、賢者が違法魔術で捕縛対象となった以上、関係者である弟子も同罪だ……!」
バタンと扉が閉まる。私は自分の顔から血の気が引くのを感じながら、膝をついた。
賢者が捕縛対象……?
そして私も……?
まったくもって意味が分からず、けれど事態の重さに唇が震えた。賢者が捕縛対象になったのなら、私はもうドコにも居場所がない。どうすればいいのだ……。
「リトラ嬢、大丈夫ですか。顔色が……」
オルクスが膝をついた私の側に寄り添った。
「……どうしてこんなことに」
オルクスは震えきった私の肩を優しく掴むと、意を決したように語り出した。
「あなたの師匠である賢者は、以前より違法魔術の嫌疑がかかっていたんです……膨大な魔力の収束が見られていた……というのが根拠だったのですが、直接の証拠は何もなく、ただあなたを自分の館から出した際を狙って、突入したようです」
「そんな、賢者様はどうなったんですか……」
自分にひどいことをしていたとはいえ、恩義のある賢者は心配になる。オルクスは静かにこう言った。
「捕縛はされたそうなのですが、その瞬間に自分を氷付けにする魔術をかけたらしく……封印魔術というのでしょうか、ひとまず王都の魔術研究所へ運ばれたそうですが、続報はありません……」
オルクスの言葉に愕然とせざるえなかった。あの強い賢者が、自らに魔法をかけて自分を封印したとは、簡単には想像できなかった。しかしオルクスの声にウソが含まれているとも思えない。落ち着いた誠実さのある声だった。
だとしたらまさか。
「彼の中で魔術は完成していたってことなの……」
私の言葉にオルクスは静かに瞼を閉じた。
彼が考えていることと、自分の考えてることが交わっているような気がした。
賢者を含む魔術師というものは、自分が死しても残る魔術を残したがるという。そのために先祖から継いできた知識と、魔力を費やしていくのだと。
賢者は私のことを自分の最高傑作と言っていた。彼は、私にこめた魔術を磨き上げることに一生懸命だったのだろうか。
完成しても、なお改良をめざしたというべきか。
追い詰められた賢者は死を選ばなかった。封印魔術をかけてでも生き延びようとしている。しかし王都の研究所にはこびこまれたら、さすがの彼も……
私は何も言えず、眉を寄せた。
賢者は死んだようなものだが、唐突に放り出されたような身。
あげく私は犯罪者として追いかけられている。
さいわい、私は館の中で何年も過ごしていたし、普段は顔も見せないように生活するよう命じられていた。悲しいことに使用人の老婆すら、私の顔を知らないのだ。
だけど、どうすれば……
唐突な自由は私に混乱しか与えない。
実際問題、この知らない土地でどう生きていけばいいのだ。
不安で胸が押しつぶされそうになる。
こんなことになるとは、一体何の救いであり、罰なんだろう……頭が痛くなる。私は重く息をついた。
自分でもわかるくらい、顔から血の気が引いていく。
大海にいきなり放り出された小舟のようだ。いつ波におそわれるか分からない。心細い……思いを唇を噛んで耐えしのごうとした。
「リトラ嬢……そんなに唇を噛んでは血が」
オルクスは絹らしき布で私の唇にあてがう。うっすらと布に血の赤が移っていた。
「もうしわけないです……! こんな素敵なものに、血を」
オルクスは頭を横に振った。
「いいえ、いいのです……私はあなたを少しでも助けたいんです。あらゆるものから」
そして私の体を抱きしめた。情熱的な何かを感じさせる力強い抱擁だった。熱が全身に伝わる。彼の吐息が耳にかかり、私はその熱に浮かされるように顔を真っ赤にした。
彼の仕草に、真心感じてしまった。
同時に、疑問も湧いた。
どうしてオルクスは、こんなに私を想っているのだろう。
私を助けようというのだろう。私は今や、犯罪者と同義なのに。
私は小さな声で聞いた。
「どうして私を、助けようとしてくれるの……初めて会った私に」
私の言葉に、寂しさを感じる声で、オルクスは返答した。
「……僕を忘れたのかい? リトラ」
「え?」
突然人称がかわったことに驚き目を丸くする。彼は片腕だけを私から離し、黒髪の頭を書き上げた。
するとそこには傷があった。髪の毛で隠れてしまいそうなほどではあるが、小さな傷があった。
そしてその傷に、私は、驚愕した。
まさか、そんな……けれど、その傷があるとしたら……。
「アルスなの……」
彼は、ゆっくり頷いた。
その瞬間、私は涙を一筋流した。
想わぬ再会……私が初めて心惹かれたアルスに、ここで会えると思わなかった。それが嬉しいと同時に悲しくて、こんな身になってしまったことに、今までで一番苦しい気分になった。こんな、穢れた身で、会いたくなかった……。
「っ……あぁ……」
私は嗚咽を漏らす。それはまるで自分を呪うような声だった。彼は再び私のことをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫……僕は君を守る、あの時だって、今だって…
オルクス……幼い頃はアルスと名乗っていた彼は、私と孤児院時代、一緒に過ごしていた少年だった。元は尊い血をもつ貴族だったそうだが、没落し、孤児院に入れられた。
しかし生まれながらの高貴さを持っていた彼は、いずれ収まるべき場所に収まる。また高貴な身分として復活すると見込まれていた、特別な人だった。
だが存外彼は気さくな性格で、人当たりがよく、子供らにも大人にも評判が良かった。そんな誰からも好かれていたアルスは、私を随分と可愛がってくれた。
「リトラ……あぶないよ、そんな高い木に登っては」
「この上に……鳥の巣があるの! 小鳥たちの様子を見ないと」
私は当時おてんばだった。木登りが得意で、孤児院のシスターにはしたないと怒られたものだった。アルスは怒られている私にそっと、目をつむるといいよと教えてくれた。目をつむって嫌なことをやりすごせばいいと、言ってくれた。
私はアルスが大好きだった……その日だって小鳥たちの愛らしい様子を伝えたくて、危ないと言われた木にのぼったのだ。ごつごつとした木肌や枝を経由して、軽々と私はのぼっていく。もうすこし、もうすこしで、小鳥が見られる。そう思ったとき、ずるりと足がすべった。木肌がなにかで濡れていたようだ。だが、あっと空中に投げ出された私は地面に直下する。このままじゃ大けが、いや死ぬかもしれない……そう思ったとき、私を受け止める腕を感じた。
「リトラ……!」
アルスが私を全力で受け止めた。だが落ちた衝撃は重く、彼はごろごろと若芽が芽吹く原っぱを転がる。彼が守ってくれたおかげで、全身に強い衝撃があったが、私は体を起こすことが出来た。ふらつく意識の中で彼を見る。するとそこにいたのは頭を血だらけにした、アルスの姿だった。
「あっ……あぁ……いやぁあああああ」
彼はすぐに孤児院からすれば破格の治療を受けることになった。私はアルスに怪我をさせたと重い罰を受けたが、真っ暗で狭い納屋に閉じ込められてもかまわなかった。自分のせいでアルスを傷つけた負い目と無事でいて欲しいと必死に願う気持ちが混在し、ただただ毎日祈っていた。
幸い彼は額に傷をつくったが、本来死ぬであろう事故から生還した。彼の中に流れる聖者の血が、その力を解放し、彼を守り回復させたのだ。
回復した彼は、鳴きじゃくって謝る私にこう言った。
「いいんだよ……キミが無事でいれば、僕はキミを守るって決めてるんだから」
「だけど、だけどアルスに傷が……」
「これは僕の誉れさ……キミを守ったというね」
私はどうして彼がここまでしてくれたのか、分からなかった。そして子供故か、その疑問を彼にぶつけてしまった。
彼は少し寂しそうな目をすると、私をそっと抱き寄せた。
そして額に優しく口づけした。
「僕は、キミが本当に、大好きなんだ……」
「アルス……」
その会話が最後になろうとは思わず、私は恥ずかしくなってその場から去ってしまった。孤児院の片隅だった。
灰色の外壁の側、ツタが這う……うら寂しい場所だった。
アルスは追いかけてこず、ただ私の走り去る私の背中を見ていただろう。
謝ろうと思っていたのだ、アルスの告白を無下にしたとわかっていたから
しかしアルスは翌日には、もう孤児院にいなかった。とある高貴な家に引き取られたとシスターは言った。それは以前から決まっていたと言える、予定調和のことだった。私はなんとも言えない感情に襲われ、後悔した。切ない感情だった……
「アルス……」
名前を呼ぶだけで甘美で悲しくなった。
しかし私の感情はよそに、まもなくして賢者に私は引き取られたのだ。
そして長い年月が経った。
少し落ち着いて、暖炉のある、革張りの座椅子が置かれた部屋に招かれた。張りがありながらも座り心地の良い座椅子に、もたれたかかるように座る。
私は呟くように言った。
「新しい家に来ることになって、名前を改めたのね……アルス」
「ああ、アルスは貴族の息子としての名前。新しいイエに来た以上、新しい名前で生きなきゃいけなかった……それがオルクスさ」
私は短時間で起きたさまざまなことに動揺と疲労を覚えていた。けれど会いたかった人と再会できた喜びで自然と笑みがこぼれた。
「アルス……会いたかった、ずっと会いたかったのよ」
あの時の、返事をしなければいけない。ずっとそう思っていた。野ばらの棘のように胸の奥に刺さっていた。
「僕もだ、この見合い話を出されて、昔のなごりを残したキミの肖像画を見たとき、絶対会いたかった。あの日以来、手紙すら交わせなかったから……」
私とアルスの距離は自然近づいていく。あと少し、もう少し……私は意を決した。
「アルス! 私はっ……」
意識がゆれた。頭が強く殴られたような衝撃。どくんどくんと激しい動悸を感じる。荒く息をつき、立ち上がりかけていた私は床に転がった。
「リトラっ、どうしたんだ」
彼が慌てた様子で抱き起こした。そして驚愕したように目を見開く。
「あっ……あぁっ」
私の体に賢者によって刻まれた魔紋が、禍々しい光をまといながら浮かび上がっている。締め付けられるような痛みを全身に感じ。私は動けず何度も呻いた。
「うっ……あぁ、見ないでぇっ……」
こんな醜い体を、大好きなアルスに見せたくない……必死の懇願だった。アルスは私の声に顔を歪めた。
「この魔力は……違法な大魔術は、キミに込められていたのか」
彼はぎゅっと拳をにぎった。昔も今も優しい彼にしては殆ど見たことがない怒りの感情だった。
私は熱に喘ぐ子供のように、言った。
「ごめんなさいっ……こんな体になってしまって……はあはあ……あなたに、知られたくなかった、んっ……は、あぁ」
熱い、熱い……このままだと自分は燃え尽きてしまうのではないかと思う。私に魔紋と刻まれた賢者の魔力が暴走している。彼がいなくなっても。彼が残したモノが私を苛み続けるのだ。どうしてこんな目に……私はどうして、生きてるの……。
意識があいまいになりかけた時、アルスが私に言った。
力強く頼もしい声で。
「大丈夫だ……言っただろ、僕はキミを守るって」
彼はそう言うと、自分の指を噛み、ひとしずく私に血を垂らした。そして私を血を垂らす。その瞬間、私の中で暴走する魔力が一瞬であったが鎮静した。
「これは……」
「僕の血には癒やしと加護を司る聖者の力が宿ってる……賢者の操る魔力と相反する力だ……だが外部から当てただけでは一瞬の鎮静にしかないだろう」
彼は一瞬言葉をとめた。しかしなにかを振り払うように、言葉を吐いた。
「血を体内に直接入れないと」
アルスは私に血の滴る指を指しだした。
「舐めて、リトラ……そうすればキミを苦しめる魔術は、力を弱める」
躊躇うことができなかった。目の前のアルスの指からしたたる血が、聖水のように感じた。私は彼の指に舌を這わす。
血を吸い、指についた血の汚れすら愛おしくて、ぴちゃぴちゃと水音を立てるように舐めていく。甘美で淫靡な時間だった。自分はこんなに飢えていたのかと思うほどに、血を欲している。もっとと願うと、私の体の異様な熱は静まっていた。
「アルス……アルス……」
血によって魔術の暴走が落ち着き、理性を取り戻すと私は自然に泣いていた。
それは今までの悲しさや苦しい感情から流れ出す涙ではなく、感謝の涙だった。
「あなたはいつだって私も守ってくれる……私はどうすればいいのか、分からないの……」
あふれ出る思いが言葉ににじんでいく。私はぎゅっと拳をにぎった。
「いいんだよ、僕の力があればいずれキミは普通の女性に戻るだろう……僕はキミから全ての憂いをとりはらいたい」
あくまでどこまでも優しく、労ってくるアルス。
その姿が私の感情を更に加速させる。
私はかつて自分がされたように、彼の額に口づけた。
「好きよ、あなたが……あの時からずっと、愛してるわ」
彼は目を見開く。そして嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、ずっと僕も君を愛してる」
私達は互いに手を取り、そして静かにキスをした。
温かく優しいキスだった。アルスの体温が私の心の痛みを溶かしていく。
いつのまにか外は、夜明けを迎えようとしていた。朝焼けが私達を包んでいく。
私達の物語はココから始まっていく。
私の人生は鳥かごのいるようなものだった。
閉じ込められた世界で、永遠に変らないまま生きるのだろうと。けれど、今、鳥かごから私は解き放たれた。
鳥かごの姫を救う手はー魔術を仕込まれた女と聖なる騎士ー つづり @hujiiroame
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