第46話「いきなり桃色バス炉マンX(後編)」




 これが、無知の知という奴なのか……。


 豊かで恵まれた文明世界に生きていたにも関わらず、学ぶ機会があったにも関わらず、俺はその知識の研鑽ともいうべき財産に一切の興味を示すことさえなく、ただいたづらに無為に時を過ごし、ただひたすらに怠惰に遊び惚けて生きてきたのだ。

 ……恥の多い生涯、人間失格とはまさにこのこと。


 ガチャゲーとかマジで無駄な時間以外の何ものでも無かったぁぁっ……!


 まさに後悔立つ鳥跡を濁すこと山の如し。

 俺はかつての己の生きざま、そのカルマについて哲学的な気分に浸りつつ、その愚かさに軽く恥じ入り、心の中で軽く嘲笑するのだった。


 なんて風に、俺が一秒にも満たないわずかな時間の内に沈思黙考ちんしもっこうぶっかましていると、いや俺なんてチ●コでもモッコリさせてぶっかけてりゃいいって? うっさいわ。


「このような応用方法があるだなんて……」

「へ?」


 背後より届くルティエラさんの小さな呟き。

 その透き通るように美しいお声に振り返ると、そこにはなんと、目を輝かせ、興奮したように頬を紅潮させながらプルプルと小刻みに震えるルティエラさんの姿が。


 あれ? 俺、なんかやっちゃいました?


「戦場で簡易砦を作成する黒魔法があるのは聞いたことがありました。でも、それをまさか、こんな、“このような形”で個人浴場を形成するのに使用なさるとは……っ」


 やや前傾気味の姿勢で両手を開き、早口にまくしたてるルティエラさん。


「素晴らしいっ! 実に斬新っ! まさに独創的っ! 素晴らしいアイデアなのですよっ! これはっ!」


 その姿はなんというか、月夜の晩に不気味な古城でなぜかタイミングよく落ちる雷鳴を背景に新発明に浮かれ狂喜乱舞するマッドサイテンティストを髣髴とさせる。

 まぁ、そこは小柄なルティエラ嬢な訳で、これはこれで小動物めいていて可愛いんだけどね。


「まさに無知の知! 己の浅はかさを思い知らされるばかりなのですっ!」


 でもあまりの食いつき具合にちょっと引く。


 普段はあんなに知的クールな感じなのに。珍しい。


「そ、そうかな?」

「うん、少なくとも授業で習う応用法には無かったの」


 背後からセルフィが同意の声をあげる。


 いや、馬鹿らしいから誰も思いつかなかったのか、むしろ思いついても誰もやらなかったってパターンなんじゃね?

 オリジナリティ溢れる独創的なアイデアってのは大抵、誰かが思いつきはしたけど微妙だなって廃棄したものがほとんどな訳で、例えば小説とかなら、無知な作家なんかが稀に「超凄ぇアイデア思いついた俺って天才!」とばかりにやってめっちゃはずしまくるって奴? あるじゃん? よく言われてるじゃん? あの手の奴なんじゃないの?


「そもそも、生活の利便性を向上させる使い方を考えるのに、黒魔法という発想自体が異常なの」


 ほぅほぅ。


「はっきり言うと、魔黒城塞このまほうは『クソ雑魚よわよわ残念ダメダメ不遇劣等ハズレゴミ魔法』ベスト・オブ・ザ黒魔法の名をほしいままにしているの」


 おいおい、まるでなろう系あるあるマイナス属性の全乗せフルアーマーてんこ盛りバーゲンセールじゃないか。

 追放属性だけの俺がまだ可愛く思えてくるぞ。酷い言われようだ。可愛そうに。


「正直、誰も使いたがらないくらいなの」


 こんなに便利なのに?


「授業でも習う際は、教師はなるべく早く飛ばして先に進めようとするし、生徒も『覚えるだけ無駄じゃね?』ってうざがる、スーパー面倒くさポイント・オブ・ザ・イヤー賞受賞最多記念特別賞に単独ノミネートぶっちぎりトップで現在も爆走中なの」


 それってもう嫌われ者のゴールデンラズベリー賞単独首位独走状態ってことですよね。


「……なるほど。黒魔法に対する認識の差、なのですね」

「そうなの」


 何かを理解したかのように話に混ざり込むルティエラさん。

 ……どういうこと?


「まず、魔法使いにとって黒魔法とは何か。求められるものとは何か。それはズバリ、火力砲台なの」


 あー、なるほど。


 確かに、ただ遠くの敵を倒すだけなら矢でも石でもあればそれで十分だもんな。


 黒魔法は攻撃魔法が主体の魔法体系だ。

 魔力を消耗するから限りある回数しか連続で放てない。けど、それがもし矢や投石に毛が生えた程度の威力だったら?


 よく、なろう系小説なんかで出てくる、主人公以外の引き立て役のモブが使うただの火の矢とかさ、あんなので軍のメインウェポンになると思うか? ってくらいショボい時、けっこうあるけどさ。

 この世界の黒魔法がもしそんなんだったら、それこそハズレスキルとして誰も習得したがらねぇだろうな。だって剣で戦った方が断然早いし強いもん。


 そんな攻撃しか使えない奴が戦場で求められるはずがない。役割が与えられるとしたらせいぜい使い捨ての火力と、末は肉盾だ。


 けど、そうじゃない。


 俺の知識スキルから得た情報によると、どうやらこの世界では黒魔法使いって奴は割と人気の高い職種であるらしい。ということはつまり。


「黒魔法に求められるものはたった一つ。普通の武器では不可能な程の、一撃必殺の圧倒的破壊力なの。大型魔獣を一撃で屠ったり。戦略級魔法で一気に大量殲滅したり。派手で高威力な一撃をドカーン。それが黒魔法なの」


 彼女にしては珍しく饒舌に語り始めるセルフィさん。


「その姿、まさに生きた攻城兵器リビング・バリスタ・クアドリロティス。戦場を駆け巡る生物攻城投石機ウォーキング・トレシュビット飛来する破城槌バタリング・ラム・スローワー。否、それ以上のジ・破壊をアウトもたらす者レイジアス。すなわち、黒魔法の使い手とは――戦場の支配者ディマイズ・マエストロなり」


 まるで某世界的アニメ映画監督作品の谷の老婆が語る青き衣の伝承が如き口ぶりでその一説を口にする。


「というのが学校で最初に教わる黒魔法使いの目標とする姿なの。まさに戦闘の花形。みんなの憧れ。つまり、黒魔法は“選ばれし者の魔法”なの」

「へぇ」


 適当な気の無い相槌を返す俺。


「で、それがなんで俺の可愛い魔黒城塞ブラックフォートちゃんをいじめる理由になるってのよ」

「魔法をちゃん付けして愛ではじめたですっ!?」

「魔法を擬人化して愛でる人とかはじめて見たの……」

「ぶー、可愛がるならボクを可愛がってよー」

「こっちは魔法に嫉妬しはじめましたですっ!?」


 よほど意外な言い回しだったのか、俺のボケへと三者三様のツッコミが返ってくる。

 若干、一名ばかしボケをかぶせてきたような気もするが。

 打って響くように反応がある関係ってステキよね。


「そんなアルクもありなの。可愛いの」

「ありなのですっ!?」


 わちゃわちゃとかしましく、ものの見事に話が脱線する。そんな姿も俺達の風物詩。

 しかしルティエラはツッコミ属性だったんだな。新たな発見だ。

 まぁ常識人枠だし。意外という訳でもないか。

 打ち解けてくれた結果、本来の姿を見せ始めてくれた、ということなのかもしれない。


 それはさておき。


「で、何の話だっけ?」


 小首を傾げながらフィルナが話を本筋へ戻そうとしてくれる。

 こういう素直な所は彼女の美点だよな。稀に空気を読まないとも言うが。


「我が愛しの魔黒城塞ブラックフォートちゃんをいじめる理由について」

「ぶ~、ボクも愛でろ~っ!」

「はいはい」


 最近、体のいい理由を見つけては頭をぐりぐり押し付け、撫でよと強要してくるようになった猫のようなフィルナさんをよしよしとなだめつつ。

 物欲しそうにしているセルフィと、うらやましそうに遠巻きに眺めるルティエラさんの頭もなでなでする。

 俺は、嫁は平等に愛でる主義なんでな。


 で、案の定、再び脱線する俺達。


「どこまで話したかもう忘れたの」

「確か、選ばれし者の魔法、といったくだりまでだったかと」

「選ばれし者……?」


 何かに気づいたかのように声を挙げるフィルナ。


「あ~、それってもしかして」


 知ってるのか!? フィル電!


「白魔法や使役魔法と違って、黒魔法は最低でも魔力がAランクは無いと勤まらないってアレ?」

「そう、魔力の高い人材なんてそう多くはいないの。そんなわずかな、まさに選ばれし者のみが使うことを許される魔法。しかも、崇高なる学園で必死に身に着けた魔法なの。それなのに、例えば軍に志願した魔導士が、こんな魔法を使わされたとしたら……?」


 セルフィの問いに対し、俺はたやすくその答えへと至った。


「雑用、か」

「正解なの」


 なるほどな。


「見事正解したアルクにはなんと。豪華景品として、私をファ○クする権利をあげるの」


 カマーン、とばかりにドヤ顔で両手を広げるセルフィさん。


「後でな」


 もう持ってるだろ、と心の中でツッコミ入れつつ、夜のツッコミはもうちょいお預けな、とばかりにその頭をよしよしと撫でてやると、ごろごろと猫のように甘えてくる。

 ついでに、難解な話に少しだけ付いていけた自身を誇ってか、ふんすとばかりに無い胸を張り、ドヤ顔でいい気になってる可愛いフィルナの頭をよしよしと撫でまわす。

 そして、うらやましそうな表情でこちらを見つめるルティエラさん。

 すまんね。俺の腕は二本しか無いんだ。後で撫でちゃるけん待っててな。


「つまり、派手な戦果と羨望のまなざしを期待して軍へと入隊した若きエリート魔術師様にとって、こんな魔法で拠点設営なんて命じられた日には、自分に相応しくない地味でつまらない雑務だと感じ、そのプライドが許さない、と」

「しかも、魔黒城塞ブラックフォートはSランク。黒魔術師の中でも選ばれし高位にあたる者のみが使える魔法」


 あ~……そりゃ誰もやりたがらんわな。


「発動後にのろのろと魔力操作で地味な作業を繰り返してやっと完成させられる。そんな魔黒城塞まほう、戦闘では役に立たないの。完全に裏方作業なの。当然、戦績にも繋がらない。だからこの魔法を使わされることそれ自体が屈辱と感じる魔術師も多いと聞くの」

「へぇ、そんなもんかねぇ」


 使いこなせば超絶便利なのに。


「特に魔力操作がえげつないの。スキルランクが低いと正方形の黒塊煉瓦を生成するのにも一苦労だと聞くの。ついでに魔力の燃費も悪いらしいの。しかも永続じゃないとかくっそ使えねーの。どうせ消えるならCランクでもいいから精霊魔法使い呼んできて土いじらせた方が早いし残るし効率よくね? と、もっぱらのご評判な程なの」


 それ、ぜってぇご評判とは言わねぇよな。

 まったく、酷い言われようだ。


 しかし、魔力操作か。

 俺は結構簡単にできたけど、普通はそうじゃないのか。


 ……確かにそれもそうだよな。


 多分だけど。戦場で活躍を目指すなら、最低限生存用の回避系スキルや、詠唱短縮、対象拡大、消費軽減なんかの特殊詠唱系スキルも伸ばさなければならないはずだ。

 となると、黒魔法をSランクまで伸ばすなら、普通はせいぜい魔力操作なんて高くてもA、あってもBといった所なのだろう。

 それだと結構面倒なのかもしれないな。俺は楽しかったけど。


 なんてことはない。

 魔黒煉瓦の形成から形状変化、設置から建築に至るまで。滞ることなくスムーズにサクサク簡単にやれたのは、魔力操作をSランクにまで練磨させてくれたセルフィの日々たゆまぬ努力のおかげだったんだ。


 まったく、セルフィさまさまだな。


 というか、嫁全員に感謝だよ。

 もうこれからは足なんか向けて寝られないな。

 だからせめて抱きしめながら寝ることにしよう。そうしよう。ぐへへ。


 前世ではもったいない人生を過ごしてきた俺だけど、この世界ではがんばって、嫁と共に後悔の無い幸せな人生を送れるよう、日々、学んでいこうと心に誓うのだった。


 ……もっとも、やるだけでスキルなんていくらでも増やせるんですけど~。ヨホホホホ~。異世界転生者特有のチート無双野郎ジョーク。


 なんて、な。

 まぁ、いつまでもうだうだくっちゃべってても始まらん。気を取り直して、


「なるほどな~。ま、そんなことはさておき――!」


 俺は背後にいる嫁達に声をかけ、そして振り返る。


 するとそこには――


「この身すでに、準備完了なの……!」


 なんと、すでに生まれたままの一糸まとわぬ姿で、たわわに実った豊満なデカメロン様とそのわがままボディをこれでもかと言わんばかりにまざまざと見せつけながら、なぜか大股開いたむだに片膝立ちでスタイリッシュな片方の拳をスーパー地に付けたあのヒーロー着地ポーズを決めるセルフィさんの姿があるのだった。



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