第21話「いきなり冒険者(中編)」


 そんなこんなで。仮眠から覚めての不寝番。


 焚き火を囲んでちょっと離れた位置にちょこんと座るルティエラちゃん。

 もっと近くにくればいいのに。


 沈黙が辺りを支配する。


 さっきのこともあってちょっと気まずい。

 まぁ、知らないふりしてるし、見なかったことにしてるし? 気付いてないとは思うんだけど。


「あの……」


 おずおずと声をかけてくるルティエラちゃん。

 どうしたのかな?


「私……あまりお役に立ててないですよね?」


 え?

 予想外の言葉に俺は自分の耳を疑う。


「みなさんお強いし、私の支援魔法なんて全然いらない感じだし……むしろ足、引っ張ってますよね」


 目を伏せながら問うルティエラ。

 なんだ、そんなことか。


「そんなことないよ」

「……そうでしょうか」

「薬草採取の依頼をこなせたのは全部ルティエラのおかげじゃないか」

「それは……」

「ルティエラの知識と探索能力が無ければこうまで上手くはいかなかったし、なにより」

「なにより……?」

「飯が美味い」


 ルティエラの作る料理は絶品だった。

 もちろん店で食べる料理と比べればたいしたことはない。

 だが、保存食を鍋にしてまともに食べられるようにするってのはなかなかのものだと思う。

 自前で調味料と鍋、食器など用意してくるという采配もさすがだと思ったし、何より味のバランスが絶妙だった。

 ルティエラがもしいなかったら今日の晩飯は硬いパンと干し肉にナッツとドライフルーツだけという質素なものになっていただろう。


「あれくらい、覚えれば誰だってできますよ」

「でも、今日美味い飯を食えたのはルティエラがいてくれたからだろ?」

「それは……」

「覚えれば誰でもできることを俺達は誰も出来なかった。それを補ってくれたのはルティエラだ。覚えれば誰でも出来るかもしれないことをルティエラだけが今日やれた。それは普段してきた努力の結果なんだ。だから、それは凄いことなんだと俺は思う」

「うぅ……」


 どうしてこの子はそんなに自分を卑下するのだろう。

 俺にはむしろそれがわからない。

 なので、


「もっと自信をもっていいと思うよ」


 俺は素直に思ったことを口にするのだった。



 パチパチと火が燃えて何かが爆ぜる音。それ以外何も聞こえないような静寂。


「こっちおいでよ」


 とりあえず、物理的な距離から埋めることにする。


「い、いえ。その。私なんて……」

「なんて、は禁止」


 近づいてくる気配が無いので強引に隣へと座る。


「はわ……あぅ……」


 少し顔が赤い。そんなに照れるもんかね。


「いざという時、近くにいないと守れないだろ?」


 言い訳を一つ用意しておく。

 こう言えば逃げられまい。


「そういうこと言うの……ずるいです」


 口ではそういいながらも、体を傾け、俺にその身を預けてくる。


 頬を赤らめながら俺を見つめてくる彼女。

 その顔はなんとも言えず魅力的で――。



――ガサリと音がした。



 身構える俺とルティエラ。

 しかしそこにいたのは……。


「むー……」


 フィルナだった。

 むすっとした顔をしてこちらを見ている。


「はわわっ……」


 シュバッと離れて座りなおすルティエラ。


「こ、これは……っ」


 慌てて弁明しようとする彼女だが……。


「いいよ。アルクは魅力的だし、しょうがないよね」


 フィルナは眠そうな目をこすりながらてこてこと近寄ってきて俺の隣に座る。


「眠れない……撫でて」


 こてんと体を傾け、俺にその身を預けてくる。

 言葉とは裏腹に眠たそうだ。

 きっと甘えたいのだろう。


 その体を抱き寄せ、キスをする。

 背中を撫で、頭を撫で、そして再度抱きしめる。


「えへへ」


 少しだけ機嫌がよくなった。

 が、じとっと俺を睨むと、


「……さっき、セルフィとしてたでしょ」


 なんてことを問うてきおる。


「バレてたか」

「ぶぅ」


 頭をぐりぐりと腹に押し付け甘えてくるフィルナ。

 可愛い。


「いくら浄化で綺麗にして誤魔化しても雰囲気とかでわかるんだからね」


 そして、ぷく~っほっぺを膨らませて抗議してくる。

 実に可愛い。


「ねぇ~、ボクも~」


 両手を広げておねだりしてくるフィルナ。

 しかしなぁ……ここでするのか?


「ルティエラが見てるぞ」

「いいもん。見せつけるから」


 今日のフィルナはずいぶんと積極的だ。


「あ、わ、私……少し席をはずしますですか?」


 わたわたと立ち上がるルティエラ。


「いや、いいよ」


 さすがにこんな危険な場所でするほど節操なしじゃない。

 まぁ、さっきはフィルナがいれば大丈夫かな? なんて思ってついやっちゃったけどさ。


「見せつけエッチ、しちゃお?」


 実に魅力的な提案をしてくれる。

 だがしかし。


「しません」

「ぶぅ~」

「後で、ね」


 フィルナの頭を優しく撫でながら、今は警戒で忙しいから、という理由でやんわりと断る。


「……むぅ」

「帰ってからね」

「……うん」


 しぶしぶと頷くフィルナ。

 やがて目をこしこしとこすりながら席を立つ。


「本当に後でね? 約束だからね?」

「あぁ」

「……じゃあ我慢する」


 そして、にへらっと可愛く笑う。


「……帰ったら、一杯愛してね」


 頬を赤らめながらテントに戻っていくフィルナ。

 可愛い。


 そんな俺達を眺めながら、


「仲、良いですよね……」


 ルティエラが寂しそうに呟いた。


「まぁね」


 自慢じゃないがラブラブだ。


「ちょっと……うらやましいです」


 お、これはいけそうか?

 と思ったので、ちょっと悪戯げに両手を広げて誘ってみる。


「おいで」

「え?」

「ルティエラも……おいで」


 微笑みかける。


「あわ、あぅ……わ、私なんか――」

「なんかは禁止」

「で、でも……」

「エルフは一夫多妻制、平気なんだろ?」

「は、はい……そうですけど」

「じゃあ、ルティエラも、おいで」


 我がハーレムへと誘う。


「はぅ……そ、そんな」

「嫌か?」

「い、嫌じゃないです」

「じゃあ、おいで」

「……い、いいのでしょうか」

「君次第かな」

「うぅ……」

「俺はルティエラのこと、好きだよ」

「はぅ……そ、そんな……」

「ルティエラは?」

「わ、私は……」


 目を伏せ、言葉を詰まらせながら必死に何かを口にしようとするルティエラ。

 俺はただひたすらに待つ。

 やがて――。


「私も……私もあの時からずっと――」


 彼女が答えを口にしようとしたその時だった。


 背後の草木が揺れた。

 その音に俺達は身構える。


 今度はフィルナじゃない。

 突き刺すような明確な殺気。


 むわりと微かに香る獣臭と共に現れたのは、魔物の群れだった。


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