第16話「いきなりスカウト!!」


 彼女、ルティエラ・ハッシェルミーンは名家の長女であるらしい。

 生まれはミルトグリム連邦共和国。西方森林国家ルフェルト。

 その中央領ハッシェルミーンで彼女は育った。


 つまり、そもそも彼女はファルサリス帝国の生まれでは無いのだ。


「カルナとルッソは幼馴染で、同じ夢を持って国を飛び出した同志でした」


 冒険者として活動するにあたって困るのは家からの追っ手だ。

 ゆえに遠方へと逃げるべくファルサリス帝国に向かい、その入り口に近いディジナ村で力試しをしていたのだと言う。


「最初は上手くいっていたんです。連携もだんだん上達していって、実力も高まって、討伐も採集も上手くいって、お金も溜まってきて、いよいよ次の段階に……という時にあの事件が起きたのです」


 はぐれワイバーンの襲来。

 俺の剣閃砲で生態系が乱れた結果起きた事故。

 そのせいで彼らはあわや全滅という危機を体験した。仲間の腕も吹き飛んだ。


「ルッソの怪我は何とかなったんです。知り合いの冒険者に高レベルの治癒魔法が使える方がいまして。お願いして治してもらったのです」


 が、問題は肉体面では無くメンタルの方だった。


「死を目前にしたルッソはもう戦う事ができなくなってしまったのです」


 トラウマにより、魔物と対峙するだけで動けなくなるほどになってしまったのだそうな。


「カルナも、自分の限界を知った、との事で」


 ワイバーンに手も足も出なかった現実、目の前に現れた憧れの勇者めいた怪物。

 自分では至れない、と悟ってしまったらしい。


「パーティは解散。私は今さら郷里くにに帰るに帰れず、こうしてここで冒険者を続けるための仲間を探していたのです」


 そして、棘付きケルベロスのメンバーに誘われた、というのがさっきの現場のあらましであるらしい。


「そうそう。こんなかわいこちゃんに死なれたら寝覚めが悪いからな」

「新米の雑魚には任せられねぇと思って声をかけたんだよ」

「善意のつもりだったんだぜ?」

「はぁ、その結果があのざまとはね」


 どう見ても悪質なナンパだったよな。


「俺達ぁそういうノリで生きてるんだよぉ」

「俺達なりに面白おかしくキャラ作りしてるんだぜぇ?」

「キャラ作りだったのか、それ」

「当たり前じゃねぇっすかぁ~」

「まぁ元々スラムのゴロツキ悪ガキトリオだったんですけどね」

「じゃあ素じゃねぇか」

「今じゃあ演じてんですよぉ」


 とのことだが。


「そのわりには、私を犯そうとした」


 セルフィが黙ってはいない。


「あ、あれはよぉ」

「ああいう正義の味方気取りしてっとこうなるぜ、って実践してわからせてやろうとしてたんだよ」

「ちゃんと充分怖がらせたら途中でやめるつもりだったんだぜ?」

「どうだか」


 どう考えても悪質なチンピラだったよなぁ。

 どこまで本当なんだか。


「あらぁ、ケルベロスさん達。新しいお友達?」


 料理を運んできた女将さんが気さくに声をかけてくる。


「おう、アルクの兄貴とその仲間である姉さんらに、ルティエラちゃんだ」

「ふぅん、そこの坊や達は先週から泊まってる子達だね。そっちの子は数日前に坊やらと同じ部屋に泊まるようになった子だ。でもそっちの子は見ない顔だねぇ」

「ルティエラ・ハッシェルミーンです。今朝この町に着きました。よろしくお願いします」

「はいよろしく。私はこの狼のたてがみ亭の女将、アルマダさね。何かあったら頼っておくれ」


 料理がテーブルに並べられる。


「じゃあ、いただきますか」


 俺達は思い思いに料理を口に運び、存分に腹を満たすのであった。



「それでれすね。聞いてくださいよアルクさん」

「はいはい」


 ルティエラは酒に弱いらしくビール数杯だけでベロンベロンに酔っ払っていた。


「あの時、私……盛大に漏らしてたんですよ」


 とんでもないカミングアウトをされてしまった。


「小だけじゃないですよ。後ろの方もなんれす。もう恥ずかちい!」


 恥ずかしいなら言わんでよろしい。

 どうやら俺がワイバーンのブレスから守ってあげた時、盛大に漏らしていたらしい。

 たしかにボタボタしてた。匂いなんて気にしてる場合じゃなかったし、忙しかったから無視してあげてたけど。

 ……そうか、大までやらかしてたか。


「でも、マスターは『冒険者やってればよくある話だ』って言うのです」


 あぁ、ディジナ村のマスターか。最後まであの人の名前は聞けずじまいだったな。


「大ですよ? 大! おっきい方モリっと……もう臭いのなんのって」


 言わんでよろしい。みんな食事後とはいえ顔をしかめている。

 まぁ、でもそんなものなのだろう。

 男も女も関係なく怖い時は怖いし、漏らす時は漏らすだろうさ。

 あの家康だって初実戦では漏らしたって話聞くもんなぁ。


「正直、女子としては致命的なのですよ」


 顔を赤らめながら言う。酒のせいか恥じらいなのか。恥らうくらいならそもそもこんな話しなければいいのでは?

 などと思っていると。


「それを言ったらマスター。『だったら、冒険者なんてやめちまえ』って言ったのです」


 彼女はうつむきながらチビリとビールを舐めるように飲む。

 マスターは以下のように彼女をたしなめたそうだ。


『いつ死ぬかわからねぇ仕事だ。御伽噺じゃぁ夢物語みたいな話ばっかがさも当然のことのように広まっちゃいる。だが、現実なんてこんなもんだ』


 あのマスターにも、きっと夢を追っていた時期があったのだろう。そして挫折して、送り出す側に立つことを決めたんだ。

 だからこその言葉なのかもしれない。


『無様な死に様さらすかもしれないんだぞ? 白目むいて舌を出して、だらしない顔とかしてな。もっと酷いかもしれない。首から上が無くて、ビクビクと醜く痙攣しながら糞と小便を撒き散らす。そしてもう二度とは帰ってこねぇ。それが夢を叶えられなかった冒険者の末路だ』


 マスターの言葉は厳しい。

 けど、それは確かに事実なのかもしれない。

 命がけの商売だ。

 一つでも道を誤れば死ぬのだ。

 それを知るがゆえの言葉なのだろう。


 けど――。


「『それが嫌ならやめちまえ』って言われたました」


 ビールの入った木製ジョッキを両手で押さえ、うつむいたまま黙り込む。

 やがて、


「どうしてアルクさんはそんなに強いのですか?」


 俺に向けて真摯な目を向ける。


「英雄になって高名な物語として後世に残されるのはほんの一握りの天才だけ。マスターはそう言ってました」


 熱のこもったまなざしで俺をみすえる。


「アルクさんは、きっと高名な英雄になれると思うのです」


 そして目を反らし、


「けど、私には……」


 うつむいて俺に問う。


「私、もう冒険者やめた方がいいんですかね?」


 それは……。


 生きるか死ぬかの判断だ。

 いつ死ぬかもわからない仕事を続けるか否かという判断だ。

 迂闊なことは言えない。適当な事なんて言えない。

 けど、追いかけていた夢を志し半ばに諦めて、そして歩み続ける残りの生とはいかほどのものなのだろうか。

 そこに後悔は無いだろうか?

 死ぬまで続く長い道のりに逃れられない重石を背負わせてしまうことになるのではなかろうか。

 何より、彼女の顔には書いてある。

 まだ、夢を諦めたくない、と。

 そんな気がした。


 だから――。


「今さら帰るに帰れないから、とかそういう後ろ向きな気持ちで続けるというのなら、恥ずかしがってないで大人しく家に帰った方がいいと俺は思う」


 俺は悩みながらもその言葉を口にした。


「けど、もし君が自分の意思で、冒険者としてまだ夢を追い続けたいって思うのなら」


 一人の少女の命運を決める選択だ。

 無責任なことは言えない。けど――。


「俺とチームを組まないか?」


 少女は涙を零していた。

 それは、きっと本心ではやめたくないと思っているからだ。

 けど、自分の実力に自信を持てず、諦めようとしている。

 本当は選びたくない選択を選ばなければならないと思い込んでいる。

 ならば――。


 俺にできることは一つだ。


「ふぇ……?」


 俺は彼女の手を取りたいと思った。

 夢を追い続けたいというその手を。

 諦めたくないと抗うその手を。


 けど無責任ではいられない。

 だから、俺が守ってあげようと思った。


 その零れ落ちる涙を親指でぬぐう。

 頬に手をそえて、真っ直ぐに彼女を見つめる。


「俺達もちょうど一人仲間を探しててね」


 そのまますっと顎に手をやり、微笑みかける。


「運命を感じないか?」

「……はわ」


 ぼっとルティエラの顔が赤くなって急にわたわたとしだす。


「は、はわ、あ、あの。運命。運命ですか!? 感じます! 感じてます! もうキュンキュン感じちゃってますですっ!」


 そして俺の手を両手で取り、何度もうなづいて決意を表明した。


「ご、御迷惑でないなら。ぜひ、私も御一緒させていただいても……よろしいのでしょうか」


 上目遣いでおどおどと尋ねてくる彼女。


「もちろん。喜んで」


 にっこりと微笑で返す。


 こうして四人目の仲間がみつかった。

 これで冒険者として十分な活動ができるようになったぞ。


 という嬉しいシーンのはずなのだが……。

 なぜか背後では、


「またはじまったよ……」


 フィルナがビールジョッキ片手になんかじっとりとした目でこちらを睨んでいる。


「三号さんができても私は気にしない」


 干し肉をかじかじしたままダルそうな目でこちらを見つめるセルフィ。


「そりゃないっすよ兄貴ぃ」

「横取りとかマジありえねぇっす」

「けど、兄貴になら任せてもよさそうっすね」


 微笑ましげな目でこちらを見るトリオ。


 こうして俺達は冒険者としての第一歩を歩み始めるのだった。



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