第8話「いきなりワイバーン!?」



 はぐれワイバーン?

 暴れ馬のようなものだろうか。


「昨日の閃光のせいか……」

「あぁ、多分そうだ」


 ん?


「とにかく急ぐぞ。」


 バーのマスターはカウンターの下から剣を取り出すと、即座に駆け出し、そのまま酒場を出て行った。

 報告に来た村人もその後に続く。当然、俺も付いていくことにする。


「あ、ボクも!」


 フィルナもついてくるようだ。


 報告に来た村人が指先で方角か何かを指図すると、マスターは一瞬の内に加速して去っていく。

 そのスピードに俺は付いていく。


 村の中を走る俺とマスター。

 その後を必死について来るフィルナと村人。

 だがその差はドンドン開いていく。

 まぁ、フィルナは女の子だししょうがないよね。そんな所も可愛いよ。


 とりあえず、走りながらでも情報を聞いておこうかな。


「で、はぐれワイバーンって何なんです?」

「お、お前さん速いな。俺についてこれるなんて」


 きっと元冒険者とかなのだろう。屈強な体をしたバーのマスターは想像以上に早かった。

 たぶんだけど、前世における陸上選手より早いスピードを出しているんじゃないかな?

 これもマナとかそういった類のおかげなのだろうか。


「昨日の夜、謎の閃光が南にあるロトス山を貫いたのは知ってるか?」


 あ、それ多分、俺が昨日ぶっ放した奴だ。


「はい、まぁ……」

「そのせいで生態系が狂ったんだろうな。なんせあそこはワイバーンの縄張りだ」


 マジで?

 ってことは全部俺のせいじゃんっ!?


「採取から帰ってきたカルナ達が応戦してる! あいつらじゃ無理だ!」


 叫ぶような声が背後から聞こえる。

 見るとさっきの村人がへばって立ち止まり、レースからドロップアウトしていた。

 ちなみにフィルナはがんばって走ってる。さすがは俺の嫁。体力には自信があるようだ。


「くそっ」

「カルナって?」

「ここを根城にしてる採取メインの新米どもだ。駆け出しどもがワイバーンなんて無茶だ!」


 焦る様子のマスター。

 けど、だからといって足が速くなる訳じゃない。

 ならばしょうがない。


「マスター。方角はこの先であってる?」

「あぁ、大体はな。それがどうした」

「俺、先に行くから」

「は?」


 おっちゃんは確かに脚が早い。けど、俺ほどじゃない。

 なんせ俺は敏捷Sランクだからな。


 それに――。


 俺は収納していた翼を生やし、空へと舞い上がる。

 上から見れば一目瞭然だった。


 村の入り口からだいぶ離れた所で翼の生えたでかいトカゲと戦ってる三人組が見えた。


 あれがワイバーンか。ゲームで知ってはいたけど、実際に実物を見るのとなるとその印象は大違いだ。

 さすがにでかい。体長5メートルくらいはあるんじゃなかろうか。


「じゃあお先」


 俺はマスターに一言声をかけると全力で戦場へと向かうのだった。



 戦場では前衛と思われる重装備の戦士と軽装の戦士がワイバーンを足止めして戦っていた。

 後方では一人の魔法使いらしき少女が二人を魔法で支援している。


「くっ! でやぁ!!」


 軽装の戦士が持つ両手持ちの大剣がワイバーンの体に叩き込まれる。

 その身を半回転させながら全身のバネを駆使し、全体重を乗せた渾身の一撃と思われる攻撃。

 だがその一撃を、ワイバーンの鱗はたやすく弾き返した。


「おらぁ!」


 軽装戦士の一撃を囮に、追撃とばかりに背後から不意をつく重装戦士。

 その片手斧による攻撃も通らない。


 ワイバーンは二人の攻撃など気にする様子もなく、軽装戦士の腕に噛み付いた。

 そして、振り回した尻尾を重装戦士の体へと叩きつける。


「ぐぁっ!?」

「ぶげぇっ!!」


 その手に持ったでかい盾で受け止めるも、大柄な体が宙を舞い、重装戦士は吹き飛ばされる。

 さらにワイバーンは大きく首を振るい、軽装戦士を振り回して木へと叩きつける。


「ぐふっ」


 軽装戦士がそのまま崩れ落ちるように木の根元で倒れ、痙攣を始める。

 同時に、転がるように地面へと投げ出された重装戦士も、そのまま回転の勢いを活かして起き上がろうとする。

 だが、さすがに衝撃が重たかったのだろう、その場で片膝をつく。


 ワイバーンが首をブルブルと振るい、ゆらりと身構える。かなり余裕のご様子だ。


「やべっ」


 俺は急いで翼をはためかした。

 ワイバーンが大きく息を吸い込むのが見えたからだ。

 何より、その眼が見据える先にいたのは……!


「ひっ……!」


 その猛烈な殺意を全身に浴びてしまったのだろう。

 小さな悲鳴をあげて硬直する少女。


 次の瞬間、ワイバーンの口から吐き出される紅蓮の炎。無防備な少女の体めがけて無慈悲にまき散らされる。

 腰が抜けたのだろう。少女はストンとその場にへたり込む。

 少女は呆然と襲いくる炎をただ見つめている。その身へと迫る死を、ただ眺めるしかできずにいる。


――絶望的な状況だ。


「ルティエラッ!!」


 重装戦士が少女に向けて叫ぶ。

 次の瞬間、轟音と共に火炎が地面をなで、大地を焼き焦がした。


 熱風がまだ残る黒焦げた地面よりもはるか数十メートル離れた地点。

 俺は少女を抱きかかえながら着地する。


「怪我は無い?」


 腕の中の少女に問いかける。

 目の端に涙を浮かべながら、力いっぱいに目を瞑った少女。

 その目がゆっくりと開かれる。

 俺は安心させるように少女へと微笑みかける。


 間一髪、間に合った。

 あの瞬間、俺は全力で少女の元へと飛翔すると、その場で少女を抱きかかえ、逃げるように飛び去ったのだ。


「ぁ……は、はい」


 放心したままの少女。

 年は十代後半くらいだろうか。その身は華奢で軽かった。

 魔術師らしいローブのフードに隠された顔はなかなかにべっぴんさんだ。

 小顔で、人形のように整った顔立ち。長いまつ毛に、トパーズのように輝く黄金の瞳が印象的。

 だが、何より目を引かれたのはその耳だ。

 長く尖っていたのだ。まさか、エルフとかなのだろうか。

 長く茶色い髪は大きな三つ編みにされていて、素朴な可愛らしさを感じさせる。

 特に眼鏡というのもポイントが高い。清楚系な可憐さを秘めた美少女だった。


「あ、ありがとう……ござい、ます、です」


 呆然と、俺を見つめながら答える少女。


「もう大丈夫。後は俺がやるから」


 頭をポンと撫でてから、敵を見やる。

 ワイバーンはこちらに意識を向けながら、再度大きく息を吸い込んでいる所だった。



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