アズキとライム

暖房とグラタン

 走りに行きたいから早く雨止まないかな、なんて考えていると、アズキぃ、と気の抜けた声が耳に届いた。

「なんだよライム、虫でも出たのか」

「俺が虫でビビると思うか?」

「いや思わないけど。じゃあなんなんだよ」

「暖房が壊れた」

「は!?早く言えよ!」

 ライムこと蓬莱 夢と、アズキことオレ、阿月 真由は幼馴染だ。生まれた病院が同じで、母親同士が意気投合した結果、この年まで一緒に育ってきた。気がつけば、利害の一致で同居までしている。もはや同い年の兄弟と言っても過言ではない。

「壊れたって言ったらもう寒くなってきた気がする」

「寒がりにもほどがあるだろ…なんだっけ、ヘンオンドウブツ?かよ」

「人間は等しく恒温動物だ……いや待てよ、もし変温動物の人間がいるならそれは世紀の大発見、今までにない実験も可能なんじゃないか……!?」

「待て、オレが悪かった。早く毛布とってこい」

 ライムは国立大学で生物科学とやらを専攻している根っからの理系だ。動植物すべてに興味があるらしく、ライムの自室にはたくさんの植物とケージに入った動物がひしめいている。昔からアリを観察し始めたら長かったり、夏は必ずカブトムシをとりに行ったり、今思えば生物オタクの片鱗は昔からあったが、ここまでとは思わなかった……というのが、長年ライムを見てきたオレの感想である。

「うう、寒……アズキ、電気屋に連絡してくれ」

「自分でしろよ、オレは困らないし」

「暑がりめ……声だけ聞いてもつまらないだろ、生物は観察してこそだ」

「電気屋に修理依頼するんだよな?」

 常にこの調子なので、基本的にライムに友達はいない。

「わかった、今晩の食事当番は俺が代わる」

「よし待ってろすぐ電話かけてやる。あ、オレ今日グラタンがいいな」

「了解。生きてる海老が売ってるといいんだが……」

「調理のついでに観察しようなんてお前くらいだろうな……」

「教授も前に似たようなことを言っていたから俺だけじゃない」

 つん、とそっぽをむいたライムは毛布にくるまったまま立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認しに行った。その間にオレはスマホをとりだし、修理の依頼をすることにする。


「明日の昼、来てくれるってさ」

「助かった……今晩だけならどうにかできる……」

「それにしても、なんで壊れたんだろうな。まだあれ買って2年経ってないだろ、使い過ぎか?」

「さあな。機械なんだからこんなこともあるだろ」

「なんでお前昔からそんなに機械への信頼度が低いんだよ」

「機械なんか観察してても変化ないだろ。壊れるときはいつも突然だ」

 どう考えても多方面に敵を作る発言だが、オレしか聞いていないのでスルーした。

 外を見ると、先程まで降っていた雨が止んで晴れ間が見えている。助かった、これで走りに行ける。

「オレ、ちょっと走りに行ってくる」

「ちょっとじゃないだろ。何キロだ」

「うーん、十キロくらい?」

「バカかお前は。それがちょっとならフルマラソンは何なんだ」

「……若干しんどいトレーニング?」

「信じられない…アズキ、今度俺と研究室に来い。お前のその底なしの体力、理由を解明しないと気がすまない」

「イヤだ!」

 ライムの観察に付き合うと数時間は拘束されるに違いない。夏休みだって部屋に籠もって動かない幼虫の観察を夜が明けて日が沈むまで続けるようなやつだ。一日に数時間は身体を動かさないと気分が落ちるオレとは真反対だ。ライムに捕まったら干からびて死んでしまう。

「じゃあせめてこのスポーツウォッチをつけていってくれ。脈拍や消費カロリーがわかる」

「そのくらいなら……」

「そうだ、今度のサークル活動のときにでも100mのタイム計ってデータくれ」

「それも別にいいけど…ってあ。そういえば先輩に飲み会に誘われてたんだ、ふたりで来いって」

「断っておいてくれ」

 髪を金色に染めているために遊び人に見えなくもないライムは、顔の良さもあってか先輩に気に入られている。ことあるごとにオレと一緒に飲み会に誘われて、そのたび断っている。ちなみに髪を染めているのは染料の抜ける速度が知りたいとかなんとか、そんな理由らしい。いかにもライムらしい理由だと思う。

「いいよ。オレも行く気なかったし」

「じゃあ最初から俺に話を振るな」

「一応だよ、一応。じゃあ行ってくるけど、なんか買ってくる?」

「明日の昼の弁当用に卵とほうれん草、あと好きなふりかけ買ってこい」

「了解。グラタンの材料は?」 

「海老以外はあったからいい」

 はーい、と返事をしながら手早く準備を済ませ、家を出た。

 雨上がりの空の綺麗さにテンションがあがって、いつもより速く走ってしまう。心臓がばくばく、高鳴っているのがわかる。

 楽しい気持ちのまま、先程の会話を反芻する。ここ最近、毎日同じ会話をしているような。それも別に楽しいからいいのだけど、そろそろ何かしら事件が起こっても楽しそう、なんて。


 河川敷を走りながらそんな呑気なことを考えていたオレは、翌日泥だらけで仔猫を抱えて帰ってきたライムに驚いて、叫ぶ羽目になるのだった。


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アズキとライム @Nio_

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