薬指の約束

張替ショウジ

薬指の約束

 シャーペンの芯がきれたのでコンビニに出かけた、その帰り道。日下部先生に会った。

 いつものスーツ姿ではなく桜色のワンピース。それもキラキラとしたラインストーンのついた華やかなデザインのやつ。明らかによそゆきの服装、それとアップに結いあげられた髪。むき出しの首にはパールのネックレスが光っている。


「友達の結婚式の帰りなの」


そう言った先生の頬にはほんのり赤みが差している。結婚式なら乾杯にシャンパンでも出たのだろう。当たり前だけれど、先生がお酒を飲むところなんてみたことがなかったから赤くなった目のふちやいつも以上に饒舌な彼女がなんだか新鮮だった。

 先生の住むアパートはこの近くだというので途中まで一緒に帰ろうと、引き出物の紙袋とコンビニのレジ袋をさげたふたりは歩き出した。


「友人代表のスピーチ、緊張して2回も噛んじゃった。人前で話すの苦手なんだけど、ああいうのっておめでたい事だから断っちゃいけないのよねぇ」


「先生、いつも生徒の前でしゃべってるのに緊張するの?」


「授業は別よ。大勢の知らないひとの前で話すのはやっぱり苦手だわ……」


意外だった。先生はいつも授業でいろいろなことを話してくれて、ときには脱線して雑談することも多々あるので話好きなのだと思っていたのに。

 生徒の前では気安く話せるらしく、二次会の出し物でアイドルソングを振り付きで歌ったとか、新婦の伯父さんのカツラが浮いていて笑いをこらえるのに必死だったとかしばらく雑談が続いた。


「あーあ。なんか私も結婚したくなっちゃった」


「結婚……するんですか?」


「あ、って言っても相手がいないんだけどね」


でも新郎の友達ってひとに名刺渡されちゃった。

 そう言った先生の横顔がなんだか別人みたいで、なぜだか胸がきしんだ。まるで気になる男の子の話をしている女生徒みたいだ。そんな先生、僕は知らない。

 そういえば日下部先生はいくつだったろうか。友人が結婚したということは、そろそろ適齢期と呼ばれる歳にさしかかっているだろう。焦っているふうにはみえないが、やはり女性は結婚というものに憧れがあるのかもしれない。

 先生も普通の女のひとなんだなぁ、と妙に納得して声を出さずに少しだけ笑った。それを目ざとくみつけた先生は不服そうにこちらを睨んでいる。


「三島くん、今わらったでしょう?」


「すみません。そういう意味じゃなかったんだけど」


「じゃあどういう意味なのよ」


きびしい視線を向けたその瞳はアルコールのせいなのか涙の膜が張ってうるんでいる。街灯の光を反射して輝くその目を、そらす事なくまっすぐに受け止めた。


「あと3年待ってくださいっていう意味です」


「うん?」


「僕も18になれば結婚できますから」


「……君はやさしい子だねぇ」


僕の言葉を同情か冗談だととらえたのか、先生はちいさく息をもらした。それは、ため息なのか笑ったのかは判別がつかないものだった。

 冗談だと思われるのは構わないが諦めるのはごめんだ。流されたままでは終われない。


「もし3年後に先生が独身で、僕のことが嫌じゃなければ結婚を前提にお付き合いしてください」


「それもいいかもね」


笑った先生の、頬の赤みが増した気がした。






【了】

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