【朗報】俺の許嫁になった地味子、家では可愛いしかない。4

第1話 【雑談】疲れを癒やすために、許嫁にマッサージをした結果……


 色んなことのあった文化祭が終わって。

 ドッと疲れが出たのかな……翌日、俺が目を覚ましたのは、朝というより昼に近い時間帯だった。

 眠い目をこすりつつ、上体を起こす。

 あれ……結花がいない。隣で寝てたはずなのに。

 もう起きてんの? 俺以上に疲れてたのに、やけに早起きだな。

 ぼんやりそんなことを考えつつ、俺は階段をおりてリビングに移動した。

 そこには――。


「ぐぅぅ……いーたーいーよー……」


 ソファにぐてーっとうつ伏せて、捌かれる前の魚みたいになってる、俺の許嫁――綿わたなえゆうの姿があった。

 いつもの部屋着のまま、ぱたりと倒れ込んでるもんだから、ソファには結花の黒くて艶やかなロングヘアがふぁさっと広がってる。

「ど、どうしたの、結花? そんなぐったりして」

「あ、遊くんだぁ……えへへっ。おっはよー」

 俺の存在に気付くと同時に、にへらと無邪気に笑う結花。

 眼鏡を外してる結花は垂れ目がちで、その瞳はキラキラと水晶玉みたいに輝いてる。

 そんな、あどけないという表現がぴったりな結花の笑顔は――俺の愛する推し、『アリステ』のゆうなちゃんにそっくり。

 あれかな。ゲームキャラって、演じる人間に似るのかな?

 もしくは演じる側が、ゲームキャラに似てくるんだろうか。

 どっちにしたって、気恥ずかしいことには変わりないので……俺はさっと結花から顔を背ける。

「うにゃー……いーたーいーよー……」

 そんな俺のそばで、結花がなんか小さく悲鳴を上げた。

「遊くん、平気なの? 昨日あんなに文化祭で、いっぱい接客したのにぃ……私はもう、全身が筋肉痛だよぉ……」

「いや、だるいはだるいけど。さすがに、結花ほどじゃないかな……」

 今の結花、筋肉痛っていうか、大怪我を負った人みたいだし。

 そんな感じで、ちょっと筋肉痛気味な俺と、動けないほどにぐったりしてる結花。

 ……って、あれ?

「そういえばいさは? まだ寝てんの?」


 かた那由――親父の仕事の都合で海外生活を送ってる、俺の妹。

 結花にめちゃくちゃ懐いてるのはいいことなんだけど、兄に対しては辛辣で暴言がひどい、困った実妹。

 綿苗勇海――イケメン男装コスプレイヤーとして活動してる、結花の妹。

 結花のことが大好きなのに、過保護すぎて結花を子ども扱いするもんだから、怒られて凹むまでがテンプレになってる、残念な義妹。


 そんな二人は、昨日の文化祭を観に来た流れで、そのままうちに泊まってる。

 俺と結花が文化祭の片付けを終えて帰ってきたら、二人とも一時間も経たずに、揃ってリビングで寝落ちてたけど。

「んー。私が起きた頃には、二人ともいなかったなぁ……今日には二人とも帰っちゃうし、一緒に観光してるとか?」

「あの二人が一緒に出掛けるとか、ありえないでしょ……勇海の心が折られるって」

「えへー。確かにー」

 ぐてーっとしたまま、結花が応える。

 そして、やたらとにこにこした笑顔を向けて。

「でも、二人がいないと……遊くんと私で、二人っきりだねー」

「……う、うん……」

 疲れてるせいかな……なんかいつもより結花、隙だらけな気がする。

 いや、いつも無防備は無防備なんだけどね、うちの許嫁は。

 とはいえ、こんなにくったりしてるのに、無邪気に笑って甘えた声を出してくるのは――反則だと思う。色々と。

 こっちも疲労が溜まってるから、うっかりすると理性がノックアウトされそうで……意識を全力全開に保たないと。

「ねぇ……遊くん」

 そんな決意を固めてるそばから。

 結花がとろんとした目をして――囁いてきた。

「遊くんって……マッサージ、上手だったりする?」

「…………はい?」

 なんか唐突に、結花が変な質問をぶん投げてきた。

「別に上手くはないと思うけど。那由相手によくやってたから、まぁ……慣れてないわけじゃない、かな?」

「えー。いいなぁ、那由ちゃんー。ぶー」

 なんか頬を膨らませはじめた。

 いやいや。そんな恨めしそうに見られても。

 那由が「は? 妹が疲れてんのに、肩揉まないの? やば、全妹からクレーム殺到だわ。マジで」とか因縁つけてくるのが面倒で、しぶしぶやってただけだからね?

「じゃあ、遊くん。罰としてー、私にもマッサージしてくださーい」

「なんの罰!? 今の流れで、俺はなんの罪に問われるの!?」

「羨まし罪でーす。目には目を、歯には歯を、マッサージにはマッサージを。というわけで、早く早くー。罪をつぐなえー」

 まったく。今日の甘え方は、いつにも増して過剰だな。

 文化祭疲れの反動で、普段の甘えっ子っぷりがエスカレートしてるのかも。

 まぁ確かに――文化祭での結花は、本当に頑張ってたと思う。

 中学生の頃、友達関係の不調があって、長い間……不登校だった結花。

 そんな彼女にとって、学校の一大イベントである文化祭のハードルは、俺が想像する以上に高かったんだろう。

 だけど……結花は、そんな過去を乗り越えて。

 最後までコスプレカフェで、精一杯の接客をしたんだ。

 陽キャの人たちからすれば、『普通』なことしかしてなくない? って、思われるのかもだけど。

『普通』なんかじゃなかった。

 本当に――本当に、結花は頑張ってたんだ。

 それが分かってるからこそ……。

「……はいはい。ちょっとだけだからね?」

 俺はそのめちゃくちゃな甘えに、応じることにする。

 だって、あんなに頑張った結花にご褒美がないとか――違うと思うから。

 そんな俺の回答が意外だったのか、結花は頬を真っ赤に染めて、もじもじしはじめる。


「……え? ほ、ほんとに!? え、あ……は、恥ずかしい……け、けど、嬉しすぎることなので! お、お願いします……っ」


 ――――えっと。

 そんな反応されたら、こっちまで恥ずかしくなるんだけど?


   ◆


「ん……あ、そこ……」

「…………」

「あぅ……気持ち……いぃ……」

「…………」

「はぅぅ……こんなの、初めてだよぉ……」

「よし。取りあえず、喋るの禁止にしようか結花?」

「なんで!?」

 本気でびっくりした顔で、結花がこちらを振り返る。

 いや、なんでって。

 発言だけ切り取られたら、裁判で負けそうだからだよ。ネットに晒されたら社会的に死ぬタイプのやつ。

 ソファにうつ伏せになった結花にまたがって、その肩に手を乗せた格好の俺。

 もちろん、やましいことなんて一切してない。絶対に。

 ただただ、結花のリクエストに応じて、マッサージをしてるだけ。

 それなのに、結花が変な声ばっか出すもんだから……マッサージではない『何か』みたいに聞こえるんだって。何とは言わないけど。

「だ、だって! 遊くんのが気持ちいーから、つい声が出ちゃうんじゃんよ……遊くんの、ばーか。遊くんの、てくにしゃん」

「やめて!? マッサージの話だよね!? ちょっと考えてから発言しようか!?」

 人聞きの悪さが尋常じゃない。

 自分の発言のやばさが分かってるんだか分かってないんだか……結花は「はーい」と、唇を尖らせつつ返事をした。

 そして上体を起こすと、にへっとした笑顔のまま俺を見て。

「遊くん、ありがとうっ! 遊くんのおかげで、ちょっときもちくなった!! でも、まだちょっと肩が痛いから……湿布を貼っておこっかなー」

「ああ。湿布だったら、確か――」

 俺はすぐに立ち上がると、棚に入ってた湿布を持ってきた。

 そして結花に手渡そうとしたんだけど……結花はなぜか、手を後ろに回して拒否。

「……えっと?」

「あーあー。なんだか手が、なくなっちゃったなぁー。これはもう、誰かに貼ってもらうしかないかもー」

「手がなくなったんなら病院行こうよ……大怪我だよ、それ……」

「じゃあ、手はある! ありますけどー……うわー、なんだか重たいよー。私の手にだけ、凄まじい重力がー。うわー、湿布が貼れないよー」

 現役声優とは思えないほど、棒読み演技全開で意味不明なシナリオを展開する結花。

 そんな無軌道な結花に、呆れちゃうけど……。

「はいはい、分かったよ……どこに貼ってほしいの?」

「えへへっ。ありがと遊くん、優しいっ!」

 まったく、調子がいいんだから。

 無邪気に笑ってる、天然な許嫁・綿苗結花。

 その姿は、やっぱりどこか――彼女が演じる俺の推しキャラ・ゆうなちゃんとかぶる。


 結婚に夢を見なくなったのは、親父が母さんと離婚してから。

 二次元しか愛さないと決めたのは、中三の冬に手痛くフられて、クラス中で死ぬほどネタにされてから。

 結花の抱えてきたトラウマに比べたら、我ながら些細な悩みだなって思うけど……それでもやっぱり、俺にとって過去の影響は大きくて。

 今までずっと、ネガティブな感情を抱いて生きてきたんだ。

 だけど――結花と過ごす、この毎日は。

 そんな悩みが馬鹿らしくなるほど……なんだか愉快で温かくて、退屈しないんだよな。


「じゃあ、遊くん! お願いしまーす!!」

「って、笑顔でなんて格好してんの!?」

「そ、そんなこと言われたら恥ずかしいじゃんよ! 仕方ないじゃん、こうしないと……湿布貼れないんだもん」

 なんで唇を尖らせてんの?

 注意されるようなことしてるのは、そっちだからね?

 だって結花――ワンピースの肩のところをずらして、白くてすべすべした肌を露出させながら、こっちを向いてるんだもの。

 ほっそりとした首筋。艶めかしい鎖骨。

 そして、ずらした服の端から覗く――ピンク色の細い紐。

 目に毒すぎて、ちょっと直視できない。

「もー、なんで目を逸らすのー!? 遊くんのばーか!」

「馬鹿はそっちだな!? 本当はもう、湿布とかどうでもよくなって、かまってほしいモードになってるだけでしょ!?」

「そんなの最初からそうだもんねーだ!」

「余計、たちが悪いわ!!」


「……やば。なんか、情事の途中で帰ってきちゃった感じじゃね?」

「結花がこんなに積極的にアタックするなんて……さすが遊にいさん! 結花にここまで心を開かせる、素晴らしい魅力の持ち主です!!」


 ――大騒ぎをしていた俺と結花は、その声を聞いてピタッと静止した。

 そして、申し合わせたみたいにおそるおそる、二人でリビングの入り口の方を向くと。

 そこには……我が愚妹・那由と、男装してる結花の妹・勇海が立っていた。

「えっと……全然、気配とか感じなかったんだけど……いつからいたの?」

「少し前からですよ。玄関先で那由ちゃんとばったり会ったら、『忍び足で入れし。百パー、なんかやってっから』って言われたので――忍んでみました」

「で。案の定、昼間っからプレイしてたってわけ。お盛んなこって。けっ」

「うきゃ――――!?」

 勇海と那由が、平然とした顔でそんな状況を語っていると。

 結花は叫び声を上げて、クッションの下に顔を埋めた。

 いや……もう遅いと思うんだけど。

「あはは、結花は恥ずかしがり屋だなぁ。でも、そんなところが――遊にいさんの、可愛い子猫になれる秘訣かもしれないね?」

「うっさい、勇海のばーか!」

「結花ちゃん。にゃんにゃんすんなら、勇海と外に出てるけど?」

「しないよ! もぉ、那由ちゃんってば!! うー……勇海も、那由ちゃんも……遊くんも! ばーか!!」

「え、俺も!? 言い掛かりじゃない、それ!?」



 ――綿苗結花は、外に出たらお堅いタイプで。

 学校では基本、近寄りがたいクール系って思われてるけど。

 実は声優・和泉ゆうなとして、明るく頑張っていて。

 そして家の中では、こんな感じの……もう天然全開な明るい子だ。



 そんな結花を許嫁にもらった俺――佐方ゆういちは。

 凄まじく騒がしいけど、なんだかんだ楽しい毎日を……送っている。

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