可憐な君に悲恋は似合わない(悲恋短編集)
つみとばつ
初めての夏(テーマ:夏、帰省)
妻・
夏の終わり、8月も残すところ1週間といった頃。僕と夏樹は休日を合わせて車で20分程の距離にある海に出かけていた。
「最後の思い出に海に行こう!!」
夏樹の提案で、半ば強引に連れて来られたのである。
この地域は、高速道路のインターチェンジが近いため、海の無い県からも多くの観光客が訪れる場所である。
彼女はこの日のために
「ねえ、
夏樹がサンダルを手に持ちながら、波際から帰ってくる。
「僕はいいから、夏樹さんだけで入ってきなよ」
パラソルの影に隠れ、太陽から逃げるように縮こまる。
観かねた彼女はクーラーボックスを開ける。
「じゃあ、私だけで泳いでくるね」
彼女は取り出した飲み物を一口飲み、腰に巻いていた緑のパレオをほどく。
「冬樹さんは、パレオ飛んでかないように持っててね」
彼女は海に戻っていった。
思えば、僕も一緒に泳いでいれば夏樹は生きていたかもしれない。
かもしれないだけなのだけれど。
海と言えば様々な人が居る。
泳ぐ人、釣りをする人、涼む人、体を焼く人などが居る。
マリンスポーツと言えば、サーフィンというイメージがあるが、この地域で行われるものはまた別のものである。
大きな波があまり発生しない地域では、水上バイクやヨットが
本来、海水浴エリアとマリンスポーツエリアは分けられるものである。
もちろん、あの日も分けられていた。
しかし、当日は8月最後の週。多くの人で海水浴場は賑わっていた。
海水浴客から少し遠い海まで彼らはそれを走らせた。
一瞬だった。
スピードを出し過ぎて制御不能になったそれは、彼女を目がけて飛んでいった。
即死だった。
今でもその光景は、脳にも胸にも刻まれていた。
そこには夏樹だったものが浮いていた。
それからのことはあまり覚えていない。
ポロシャツを着たまま海に飛び込んで、事態を見ていた複数の海水浴客と砂浜まで引き上げたところまでは覚えている。それ以降は、その日の出来事は鮮明には覚えていない。
大きな音を立ててやってきた救急車、心臓マッサージをする救急隊員の姿、病院で白い布を被せられた夏樹、ぼーっとしながら医者の話を聞く僕。
色んな事を説明されたらしいが、あの日の僕の頭には夏樹が亡くなったこと以外何も残らなかった。
「ご無沙汰してます」
私にとっては義理の父である、夏樹の父親・達也さんに挨拶をする。
僕は夏樹の実家に帰省していた。
帰省したと言っても、隣接した市なのでそこまで遠いわけではない。
「こちらこそお久しぶりです」
50代になりたての落ち着いた声で答える。
僕は招かれる通り、家に上がる。そして仏壇の前に座る。
「夏樹が亡くなって、早いもので1年だな」
僕は「そうですね」と頷く。
お互いに会話が続かず無言になる。
「1年経ってそろそろ落ち着いてきたか?」
彼女の写真を見つめる僕に、達也さんが話しかける。
あの日から約1年が経ち、裁判で水上バイクの運転手は殺人罪に問われた。損害賠償請求もすんなりと通り多くのお金が手元に帰ってきた。
だけど、夏樹は帰ってこない。当たり前だ。
「そうですね」
結局、上手い言葉が思いつかず、先ほどと同じ返事を返してしまった。
達也さんがその反応に少し笑い、おもむろに立ち上がった。
「本当は1年前に渡すべきだったんだけど、これ……渡しておくよ」
渡されたのは1つの封筒であった。
そこには「冬樹さんへ」と書かれていた。
「まあ、読む読まないは任せるし、渡した以上は捨ててもらってもかまわない」
そう言いながら、達也さんは部屋を出て行った。
――――
冬樹さんへ
これが読まれているという事は、私は亡くなってしまったのでしょう。
冬樹さんの事ですし、私が亡くなったのは自分のせいだとか思ってるんじゃないでしょうか。全然違います。絶対に思わないでください。
なぜかというと、私に病気が見つかったからです。ガンでした。
定期健康診断で見つかりました。
本当は治療とかできればいいんですけど、場所が悪いみたいでどうしようもないみたいで余命は1年だそうです。
どちらにせよ私は死んでいました。
……と、真面目な話はこれで終わりにします!!
えっと、冬樹さんとはこの1年いろんなところに行ったと思います!!
夏には海、秋には山、冬には雪まつり、春には城跡でお花見!!
どうでしたか?楽しかったですか?
もしかしたら、それより先に亡くなってるかもしれないし、もっと長生きしてるかもしれないし、どうかわかんないけど、思い出が残ってたら良いなって思います。
ごめんね黙ってて。
本当は言うべきだったのかもしれないけど、悲しませたくなくて言えませんでした。
今までありがとう。死んでも愛してます。
夏樹
――――
いつの間にか僕は泣いていた。
1年前に夏樹がこんな手紙を書いていたこと、そして、病気に気が付いてあげられなかったこと、一緒に1年を過ごせなかったこと。
何もかも悔しくてたまらなかった。
一人になってから30分程が経った。
「読んだのか」
くしゃくしゃに泣いていた僕に話しかけたのは、達也さんだった。
「冬樹さん。何が書いてあったか知らないけど、冬樹さんも若いんですし、夏樹のことは忘れて、新しい人生を歩んでもらってかまいません」
僕の将来を思っての言葉だった。
まあ、言われる覚悟はしてた。
でも、僕は答える。これだけは明確に答えられる。
「僕は夏樹さんの事を心から愛しています。たとえ、亡くなってしまったとしても一生愛し続けます」
「そうか……夏樹、喜んでるかもな」
達也さんは笑いながら、部屋を出て行った。
僕は突然笑い出したことに首を傾げながら封筒に手紙を戻そうとする。
強く握って
僕には夏樹が横にいるように感じられた。
――P.S. 他の女に行くとか言い出したら死ぬまで呪ってやるからw
可憐な君に悲恋は似合わない(悲恋短編集) つみとばつ @Tsumito_Batsu
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