Ⅶ-2 CROSS

方針チェンジ

「本国と秘匿データリンクを開いて帰還の是非について確認を取ることはできますか」

「やってみる」

「ありがとうございます」

 カーバは通信室へ向かい、マイマイはキッチンで作っていた、オドマンコマでは最後になるであろう食事の下準備を終えるためにキッチンへと向かった。

「さて、どれくらいの焼け具合にしようかな……」

 マイマイは温まったパン窯にパン生地を入れた。パン生地は赤く照らされ、窯の中で焼き上がりを待つ。

「パンは可愛い。パンは温かい。パンを作るのは窯と酵母だ。けれど、パンを美味しくするのは気持ち、その次に味だよ。気持ちを作るのはストーリーだ。なりゆきだ。だから私たちは店をきれいにし、パンの味に丹精を込めるんだ」

 かつてパン屋の店長から聞いた話が、マイマイの頭の中に響いた。

「店をきれいにし、味に丹精を込める、か……」

 果たしてパンの味に丹精を込めたとて、今の悲しみしかない状況で本当に美味しいパンなど出せるのだろうか。マイマイは自答した。

「……無理だな」

 どの料理でもそうだろう。おそらくどんな料理でも、この状況で美味しく作ることは不可能だ。マイマイはそう考えながら、パンを窯から出した。



 翌朝になって、サウザンアトラスのサルト船長とカーバがオドマンコマの食堂にやってきた。朝食はローストミートとサラダ、それにパンである。

「皆さんにお知らせがあって来ました」

 サルト船長が立ち上がる。

「皆さんを本国で保護するという基本方針は変わりません。出港時刻もそのままです。ですが、オドマンコマに戻ってくるまでの待ち時間が短くなると思われます。それからカーバ所長とマイマイ料理長は別行動となります」

 サルト船長の発言にも、もはや研究員たちは静かだ。食事が終わって皆が食堂からいなくなると、サルト船長はカーバに連れられて所長室へと向かった。

「カーバ所長、今朝あなたに書簡が届いたはずですね」

「ああ。内容は国連で演説しろ……だったな」

「はい。2日後にノーザンクロス号が到着します。カーバ所長はそれに乗り、ニューヨークへ行ってください」

 マイマイが固まっていると、サルト船長はマイマイの方を向いた。

「マイマイ料理長、あなたにはカーバ所長護衛の任に当たってもらいます」

 マイマイは耳を疑った。

「……私でいいんですか?」

「ええ。あなたが適任です。護衛において一切の判断はあなたにしていただきます。任務中は拳銃および実包の所持を許可します」

「……なぜ?」

「あなたがもうこの世に存在しないと思われている人間の中では一番カーバ所長の信頼を得ているからです」

「……そうなんですか?」

「ええ。それに中国スパイのやり口も分かっているでしょう?」

「……まあ」

「なら適任ですね。ここオドマンコマで2日後まで待機してください」

 マイマイは自室に戻ると、ため息をついた。

「はあ……人民解放軍総参謀部特使処あいつらが出てくるんだろうな」

 マイマイ自らもトップクラスの諜報員といえど、上には上がいるだろう。それを考えると、もう2、3人は戦力が欲しいところだ。

「タニンジャザナの諜報員を2、3人回してもらえませんか……?」

 気がつけばマイマイはカーバに直談判していた。

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