海上カウンター

 アクアドーム海上基地に到着すると、高速輸送船サウザンアトラスはすでに到着していた。

「サウザンアトラスは明朝6時に出発します」

 そう言ったサウザンアトラスの船長がオドマンコマを出ると、背後からは研究員やその家族たちが別れを惜しむ声が聞こえた。


――これで終わるのか。

 カーバはそんなことをぼんやりと考えながら、オドマンコマで過ごした日々を思い出していた。

「ビア、お前はここに残るんだな」

「はい、電源は落ちますがね」

 ビアと他愛もない会話をするのも今日が最後になるかもしれない。そう思うと、カーバはなぜかとても悲しい気分になるのだった。

「私のために泣かないでください。きっといつかまた会えますよ。会えなかったとしても私はカーバ所長のことは忘れません」

「今あるものは何でもお見通しというわけか……ビア、お前はいいやつだな」

「……?」

「ビアは下手な人間より思いやりがあるし、何でもできる。できないのは調子のいいことを言って相手をなだめることくらいだよな」

「……はい」

「つまり、本心からそう言ってくれているわけだ」

「私に心はありませんけどね」

「そうだとしても、お前の気持ちはよくわかったよ。私は初めてビアの開発者に感謝してる」

「なんてことを言うんですか!フラン博士に感謝するタイミングなんて他にもいっぱいあったでしょう?」

 カーバがビアに冗談を言おうとしたその時、ドアをノックする音が聞こえた。

「カーバ所長、少しよろしいですか」

 マイマイの声が聞こえてくる。カーバはドアをゆっくり開けた。

「マイマイ、どうした」

「私は皆さんより少しは中華人民共和国のことがわかっているつもりです。人民解放軍はIRISに支援をしているという噂はご存知ですよね」

「ああ、噂程度だが有名な話だね。それに前話したとき、君は否定していた気がするが」

「ええ、本当のことだと確信がまだ十分ではなかったんです。でも今は確信があります。十中八九IRISの兵器は人民解放軍から流入したものですし、人民解放軍の兵士も流入していると思います」

「なぜそこまで」

「一昨日砲撃を受けた際の通信を記録していたヒロ研究員に許可を頂いてデータをお借りし、ビアの解析システムを使わせていただきました」

「まさかそれに中国語か何かが……?」

「そのまさかです。人民解放軍で使われている暗号と人民解放宇宙軍の軍事衛星を使用した明確な証拠が見つかりました。カーバ所長、確認をお願いします。可能ならば所長の名前でタニンジャザナ共和国政府に送付し、動かぬ証拠として然るべき国際機関にオドマンコマの証明書付きで提出するべきです」

「……わかった。確認にはどれくらいかかる」

「検証は完了しているので40分間の通信データを確認すれば済みます」

「ビア、データを私のパソコンに」

「はい」

 カーバの目に光がともった。

「このデータは貴重だが……果たしてどう使うかだな」

「アメリカにもリークすればいいんですよ」

「それではまずい気がする」

「とりあえずこのデータだけでも持ち帰らないといけません」

「そうだな」

 カーバはデータが入ったSSDをジュラルミンの保護ケースに入れ、ボディバッグにしまい込んだ。

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