機械ヒューマン
「この研究所、どうなってるんだ……?」
マサは迷子になっていた。深夜の薄暗い廊下を彷徨い、自分が入るべき「2-38号居住区画」を探す。
「お困りですか?何なりとお申し付けください」
ビアがマサの肩を叩く。
「ロボットアームか。これを捜査しているのは……君は誰だい?」
「私はビア。このオドマンコマ研究所のサポートAIです」
「なかなかAIチックに喋るじゃないか。噂では人間に限りなく近いAIと聞いたが」
「緊張してるんですよ」
「え……?」
「あなたは機械と人間のハイブリッドで、比率が違うだけで私とほぼ同じ構成ですよね」
「は……?私がサイボーグなのは事故でそうなっただけであって……」
マサを制して、ビアは語り始めた。
「私を作ったタマル博士は、自身の人格から規範的ではないとされる部分を外してそれを参考に私の原型機「タノ」の基本思考を組みました。その「タノ」は処理落ちで0.03秒しか動かせないもので、タマル博士は「ダメだろうな」と思ったらしいです。その「タノ」を改良し、新型量子コンピューターとバイオコンピュータの使用によって動くようになったのが私「ビア」。つまり重要な部分は人間なわけです。マサさん、あなたと同じようにね」
「なるほどな……原因は違えど機械と人の合わさったもの、というわけか」
「ただ一つ決定的に違うのが「私は機械で、あなたは人間」だということです」
「羨ましいのか?」
「いいえ、人権に興味はありません。それから「人間」という称号にも興味はない。私が緊張しているのは、初めて自分に近い存在と接するからなんです」
「そうか、なら心配しなくていい」
「どうしてです?」
「君の心は機械の中にあるんだから根本は機械だ。だが私はまだ根本的には機械じゃないぞ、私の心は基板の上にはないからな。言うなれば君とは対極にいる存在だ。だから他の人間と接するように接してくれればいい。君がさっき言ったように、君は機械で私は人間だ」
「そうですね。ではすこしあなたの身体について教えてほしいのですが……あなたは倫理を踏み越えた身体をしてますよね」
ビアの言葉に、マサは眉をひそめた。
「それは褒め言葉かな?それとも貶しているのかな?」
ビアは落ち着いた口調で問う。
「いえ、純粋に気になっただけです。あなたの倫理を踏み越えた部分的には機械の身体は、どうして人間の一部たり得るのか」
マサは得意げに語り始めた。
「私は私の「生き延びたい」という希望に従って倫理を踏み越えたんだ。つまり、この身体は生存本能に基づいて手に入れたものであり、脳波が消えた脳を蘇生させたのも身体の半分を機械にしたのも全部生存本能を機械で補っただけで医療の延長だ。それから、私は一部分たりとも機械ではない。一人の人間が交通事故で足を切断しても、その足をもって人間一個体とは言わないし、その人が二人になったとは言わないだろ?それは人間が、思考が宿ると考える一部分を人間という存在として認めるからだ。そしてその一部分と同化してしまえば、例え他人だろうが機械だろうが何だろうがその人間の一部になるんだ」
ビアが沈黙してその言葉を反芻しだしたときだった。
「マサ中佐、やっぱり迷子になってましたか」
マサが迷子になっていると察したメリナが廊下の向こう側から歩いてマサを迎えに来た。
「ああ、ありがとう。部屋はどこなんだ」
「この先のエレベーターで3階に行きましょう。そこの8号室が、私とマサ中佐の部屋です」
「しかしよくわかったな」
「これでもあれからずっとマサ中佐のお世話をしてきた身ですからね」
「そういえばメリナは入隊からずっと世話係しかしてないんだったな」
「はい。ですからこれが仕事のようなものです」
「いつもありがとう」
「い、いきなりどうされたんですか?」
「感謝を伝えるのはいいことだからな」
「まあ……そうですね」
「そろそろ夜も遅い。寝ようか」
「はい」
和気あいあいとエレベーターに乗り込む二人の後ろでは、ビアがロボットアームで腕組みをして悩んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます