三英雄の伝説

ruckynumber

第壱話 二人の願いが届いた日

 ジリリリリ……ジリリリリ……。

 近いような、遠いようなところからデジタルな鈴の声が僕の耳に響く。

 周囲の明るさが瞼を通してぼんやりと目に入った。

「う、う~ん……」

 しつこく鳴り続ける鈴の声がどんどん近くなる。

 意識が徐々に覚醒してくる。

 俺に起きる気がないと悟ったアラームは、途端に音を激しくした。


 ジャリジャリジャリジャリ!!

「う~ん、わかったって!」


 アラームの音に急かされ、僕は上半身を起こした。

 カーテンの間から差し込む光が、部屋の中を優しく照らしている。

 少し開けた窓からは鳥が囀る声が聞こえる。

 カーテンを開けると、広大な青空に小さな雲が浮かびゆっくりと風に流されていた。

 眠気が頭の後ろに残るなか、僕は大きく伸びをした。

 まさに平和を象徴する、僕が見る世界はそんな光景だ。


「まだもうちょっといけるな」

 枕元の時計に表示される現在時刻を見て、僕はタオルケットをかぶって再び布団の上で横になる。


 ベッドはそれを察知して、目覚ましの金属を打ち鳴らしを模したデジタル音をより激しくした。俺の鼓膜がつんざくような悲鳴をあげる。

「はい。起きます。起きます」

 ベッドに搭載されているセンサーは、使用者の二度寝を許さない。




「私、先に行くから」

 都内の高校に通う桃山翔ももやましょうがリビングで制服のベルトを締め終わり玄関を見ると、姉のあやが玄関で慌ただしく靴を履いていた。

「え、姉ちゃん、朝ご飯……」

「もうすぐ届くから。じゃあね、行ってきまーす」

「いってらっしゃーい」

「もう、自分も頼んだんだったら一緒の会社ところに頼んでくれよ……」


 幼くして両親を亡くし、母方の祖父母とともに暮らしている翔と綾は、半年に一度、贅沢の日ということでデリバリーを頼んでいた。

Gekixaゲキクサ、朝食の配達状況は?」

『はい、あと一分で到着予定です』

「ありがとう、もうちょっとだな」


 ポケットからARメガネを取り出しかけると、起動した仮想ディスプレイから今日の天気やニュースに限らず、すさまじい量の情報がなだれ込んでくる。

【タイムマシーンの実現⁉ ステラさんの新発明、その名も『夢見れる扉』‼】

【通信機器の不具合か 体のしびれを訴える10代続出……。】

【10年前のVRゴーグル窃盗事件、未だに犯人は逮捕されず…… 当時の店長「頼む……。早く捕まれ」】

【島根県隠岐おきの島で謎の生物の集団発見……】


 そんななか、妙に僕の好奇心をくすぐった記事があった。


「なんだろうこれ……」

【東京湾沖に謎の人型の腐乱死体発見! 黒いその体には頭部の角が⁉】


 ――――――――――


「よいしょ、じゃあ柴刈りに行っとくるでの」

「爺さんや、気を付けてなあ」

「ばあさんも川に気い付けてなぁ」

「大丈夫や、いってらっしゃい」

「ああ、行っとくる」


 背負子しょいこを背負って広い川のほとりに建つ古い家を出た。

 戸を開けるとすぐさま暖かい光に包まれる。大きく腕を広げて伸びをする。ああ、なぜこんなにも心地よいのだろう。さんさんと照り付けるお天道様からは毎日こうして力をもらっている。

 小石で埋め尽くされた川岸から山に続く道へ出ると、その先には山道。険しい道のりが待っている。

 ぐっと足の筋を伸ばし気合を入れ、わしは走り出した。


 山道に入ると、少し湿った雑木林が匂う静かな林道がしばらく続く。木々が影となり日の光が細く無数に差し込む。

 静かさの中で木の葉が風に吹かれた音が耳を占領していた。


 けもの道を駆け抜けちょうど薄く汗をかき始めたとき、いつも薪を拾う広間に着いた。

 さっさと背負子でちょうど背負えるくらいの薪の束を集め終え、丸太の上で括り付けた。

 背負子を再び背負ったとき、さらに深い山奥から気配を感じた。


 途端に自分の足音を殺し、周囲の音に耳を澄ませる。

 意識を両耳に集中させると、膨大な音が鼓膜を震わせた。

 木の葉が揺れる音、樹の上で鳴く山鳥の声、遠くを流れる川のせせらぎ、自分の鼓動。

 パキッ。背後で枝が折れた音。

 聞こえた。


 振り返り木の幹と幹の隙間を凝視する。

 暗がりの中の濁ったような山吹色の光の存在に気が付いた。

 一つ、二つ。

 パキッ。

 細い光が口元の牙を照らしたところで完全にその正体がわかった。

 鋭く猛々しい両目で、七尺もあろうかというほどの山猪がわしを見ていた。

 目が合ったとき思わず身震いした。久々ので心が高揚する。


 空を覆うように伸びる枝とそこに万緑に生い茂る葉で薄暗ささえある。

 互いの闘気がぶつかり合い、空気がピリつく。


 反射的に腰元の斧に手をかける。

 腰元に一瞬視線を移したその瞬間、激しい吐息を響かせ、猪がわしに向かって駆け出した。




「爺さん、いつもより遅いのう。どうしたんじゃろか」

 服を洗い終え、すべてを桶に入れるとふと爺さんの帰りが遅いことに気が付く。

 少し不安になり山の方に目を向けると山道から笑顔で歩いてくる爺さんが木の陰から姿を見せた。

「おーい! 婆さんや!」

「おお、爺さん! 遅かったのう」

 こちらに歩いてくる爺さんは少しくたびれた様子だ。


「悪りかったのう。ほれ」

「柴と……、猪⁉」

「ほうじゃ。さっき、ちとやってきたんじゃ」

「やってきたって……怪我無かったかい?」

「ちと危なかったけどな、なんもありゃあせん」

「ふふ、さすが爺さんじゃ」

「いやーもう歳じゃわ」

「なにいっとるん。まだまだじゃ」

「ばあさんの若さには敵わんわい」

「ふふ。……帰りますか」

「そうじゃな。今宵は久々にごちそうじゃ」


 そう言って二人家路につこうとしたその時。


「爺さん、あれなんじゃ」

 穏やかな川が夕陽を反射してきれいな飴玉のように輝く。

「ん? 本当じゃ! なんじゃ」

 そよぐ風が頬を撫でる。

「おっきな桃じゃのう……」


 川の波に浮かぶ大きい桃が、二人の前の岸に流れ着いた。

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