わんわんぴーす
今日坂
第1話
◆まだヒトとフレンズが一緒に生活していた時代に、あったかもしれないしなかったかもしれない、そんな物語。
僕はキュルル。広大なジャパリパークの片隅の、ヒトが暮らす小さな村で生まれ育ったんだ。パークで生活してるって言っても、特別何かあるってわけじゃない。絵を描いたり体を動かしたりするのが好きなくらいで、至って普通の子供だよ。ただ髪を整えるのが面倒だからボサボサだったり、いくらお母さんに言われても帽子を被る習慣が身に付かないってのはあるけどね。
まだ村の外に出た事はないんだけど、本で読んだり大人たちから外の世界の話を聞いたりするとワクワクするんだ。ああ、早く大きくなってこの目で広い世界を見てみたいよ。
ところがこののどかな村で数日前からセルリアンが何度も目撃されるようになっちゃって、村人はセルリアン討伐を専門に請け負うフレンズ…通称ハンターのヒグマに討伐を依頼したんだ。
そして彼女がやってくるのと同時にふらりと現れたのが、各地を回ってセルリアンを倒しているっていう、青い羽のついた水色の帽子を被ってるアムールトラのフレンズ…通称『青帽の虎』が率いるネコネコ団だったんだよ。
優雅で無駄のない身のこなし、強靭かつしなやかな腕、そして小さな帽子にはとても収まりきらない燃え上がるように揺れるオレンジ色の豊かな髪と、黄色いチェック柄のリボンで括られた白毛のふさふさしたおさげ…、
僕はそんなアムールトラを一目見るなり憧れちゃった。さらに彼女たちの数々の武勇伝を聞いてすっかり夢中になった僕は、大きな声でこう言ったんだ。
キュルル「アムールトラ、僕も旅に連れてってよ!」
もちろん僕は大真面目だったんだけど、彼女の返事はこうだった。
アムールトラ「やーだね、キミが大人になったら考えてあげるよ。」
ヒグマとネコネコ団はおのおのでセルリアンを探していたんだけど、数日経った今も事件は解決していない。
その間も僕はアムールトラと顔を合わせる度に「一緒に旅がしたい!」って頼んでるんだけど、てんで聞き入れてもらえなかったんだ。どうしたら連れてってもらえるんだろう…
そして今日もアムールトラの事ばっかり考えながら通りを歩いていると、向こうから彼女たちの楽しげな話し声が聞こえてきた。ならやるべき事はひとつしかない、僕はそこへ向かって一目散に駆け出した。
ここはこの村でひとつだけのカフェ。こじんまりとした店内には、カウンターと3つの丸いテーブルが置かれている。カウンターの中には店長のミライさんと店員の菜々がいて、テーブルではネコネコ団のみんながジャパリソーダの注がれたグラスを傾けながら談笑している。
アムールトラ「ングングング…、くぅー、この喉越し、たまらないねぇ!2人もジャンジャン飲んで、英気を養ってくれよ!」
サーバル「そんなに飲んだらお腹タポタポになっちゃうよ、アムールトラ!ところでここへ来てから何日か経ったけど…、どれだけセルリアンをやっつけたんだっけ?」
カラカル「一昨日2体昨日が3体…、どれもちっちゃいやつだったけど、こんな平和な場所で自然発生したにしては数が多すぎるし、相変わらずセルリアンを見たってヒトも現れてる…。ホントどっから湧いてくるのかしらね。」
アムールトラ「ふむ…、まさかこんなに手間取るとは思わなかったけど、一度引き受けた依頼を途中で投げ出すわけにはいかないな。けど今のやり方だと、原因がはっきりするまでどれくらいかかるか…。」
そう呟くとアムールトラは、グラスを一気に飲み干した。
アムールトラ「くぁーっ、最高!ま、ここは居心地がいいし、のんびりするのも悪くないな。」
サーバル「村のヒト達も優しいしね、ただ…」
カラカル「アンタの熱烈なファンが元気すぎるのがねぇ…思いがまっすぐなのがわかる分、断り続けるのも気の毒になってきたわ。…っと、噂をすれば。」
ドタドタドタ…
表の通りから、もはや彼女たちにとってはお馴染みの足音が近づいてきた。そして窓からキュルルが勢いよく店内に飛び込んできた。
窓から店に入った僕は、そのまま一直線にアムールトラの元へと走った。
キュルル「ねえアムールトラ、今日こそ僕も旅に連れてってよ!」
ペシッ
けれどもアムールトラは、ニヤニヤしながら僕のおでこを指で弾いた。彼女が被っている水色の帽子、その左側面についた一枚の青い羽も笑っているかのように揺れている。
アムールトラ「だーめ、もっとおっきくなってから!」
いつものように適当にあしらわれ、僕はおでこをさすりながらほっぺたを膨らませた。
キュルル「ちぇ、みんなが思ってるよりずっと僕は強いんだよ!」
そこへ菜々がやってきて、僕の頭をポコンと小突いた。
菜々「こら、お行儀よくしなさい!」
おまけにミライさんまでくすくす笑っている。
ミライ「今度はドアから入ってきてくださいね。」
キュルル「なんだよ、みんなして!」
むくれていると、サーバルとカラカルも話しかけてきた。
サーバル「ねえキュルルちゃん、アムールトラは意地悪してるわけじゃないよ。」
カラカル「ぜーんぶアンタを心配しての事よ。幾多の戦いをくぐり抜けてきて、セルリアンの強さも怖さもよっく知ってるの。それにああ見えて頼りがいがあってね、野生解放だって使えるし、あたし達も一目置いてる立派な団長なんだから。」
でも僕は2人に向き直るとムキになって叫んだ。
キュルル「嘘だ!ただ僕をからかって遊んでるんだよ!サーバル達だっていっつも笑って見てるじゃないか!」
サーバル「そんな事ないよー。」
とかなんとか言いながら頬が緩みっぱなしのサーバルと、
アムールトラ「おねーさん達も一緒に飲もーよー。」
ミライ、ナナ「「やだもー。」」
チャラい態度で2人にちょっかいを出すアムールトラ、
カラカル「アンタは!もうちょっとしっかりしなさいよ!」
そしてそれを呆れ顔で嗜めるカラカルだった。
どんなに叫んでも誰も僕の力を認めてくれないのでがっかりしていると、ふと床に何かが転がっているのを見つけた。ん、なんだこれは…?
カララン
すると店のドアが開く音とともに、ヒグマがのっそりと入ってきた。
彼女は通称『眠らずのヒグマ』。依頼を終わらせるまでは決して眠らずにセルリアンを追い続けるためこう呼ばれているんだけど、そのせいで非常に目つきが悪いんだ。さらに今回は解決までに日数がかかっているため、目は血走りその周りに深い隈が刻まれていてより一層恐ろしく見える。
ミライ「あら、こんにちはヒグマさん。」
菜々「いらっしゃーい。」
ヒグマ「…いつものヤツを頼む。」
そう言ってヒグマはふらつきながらカウンターに向かうと、崩れ落ちるように椅子に腰掛けた。彼女はいつもそこに座っていた。なんでも誰かの手を煩わせるのが嫌で、テーブルに飲み物を持ってきてもらうことすらさせたくないのだとか。
そして菜々からジャパリソーダがなみなみと注がれた大きなジョッキを受け取ると、ガブガブと飲み始めた。
菜々「お疲れ様です。まだかかりそうなの?」
あっという間に半分を飲み干したところでヒグマはジョッキを置き、暗い顔で呟き始めた。
ヒグマ「…ああ。何匹か小さいのを吹き飛ばしたんだが、どうもスッキリしない。きっとどこかにデカいのがいるんだ。」
するとそこへ、アムールトラがニコニコしながらやってきた。
アムールトラ「やあ、大丈夫?そんなに根を詰めてたらへたばっちゃうよ。第一そんなフラフラで戦えるの?」
アムールトラは明るく話していたが、ヒグマはうつむきながら全身をカタカタと震わせ始めた。
アムールトラ「睡眠不足は良くないよ。お肌も荒れるし、大切な事を見落としやすくなるし、何より生きてて楽しいって気がしなくなる。そうだ、よかったら私達と一緒にセルリアンを探さないか?なんだったら疲れが取れるまで休んでてよ、その間に私達がきっちり事件を終わらせて…」
バシャ!
ヒグマは苛立ち紛れにジョッキに残っていたジャパリソーダをアムールトラの顔にぶちまけると、ガタン!と大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
ヒグマ「私は誰とも組まない!誰かがセルリアンに取り込まれる姿を見るのはもうたくさんだ!それにお前みたいなヘラヘラしてる奴は、絶対に信用しない‼︎」
そう叫ぶと、足音荒く店から出て行った。
ミライ「ちょ、団長さんっ⁉︎」
菜々「大丈夫っ⁉︎」
ミライさんと菜々が慌ててタオルを差し出したが、アムールトラはいーのいーのと手をヒラヒラさせている。そしてサーバルとカラカルも、顔色ひとつ変えずにのほほんとしている。
サーバル「あーあ、やられちゃったね。」
カラカル「鬱陶しいってさ。少しは懲りた?」
アムールトラの帽子や毛皮からは、ポタポタと雫がしたたり落ちている。
アムールトラ「そうだなぁ、これを機に私ももう少し落ち着いた行動を…」
すると帽子の下で、アムールトラの口がニイッと大きく歪んだ。
アムールトラ「するわきゃないよなぁ、アーハッハッハ‼︎」
サーバル「だよねー!」
カラカル「それでこそアンタよ!」
そう言って3人は大声で笑い転げた。ミライさんと菜々も、つられてくすくす笑っている。
それを見た私は、怒りで全身をわななかせながら怒鳴り声を上げました。
キュルル「なに笑ってるんですか!あんな目に遭わされて悔しくないんですかっ⁉︎そんなにあいつが怖いんですかっ⁉︎」
サーバル「まあまあキュルルちゃ…ん?」
カラカル「言いたい事は分かるけど落ち着いて…えっ?」
そんな私をなだめようとした2人の顔が、どういうわけだかサーッと青ざめました。しかしアムールトラはそれに気づかず、手で顔を拭いながら呑気に笑っていました。
アムールトラ「あのね、ちょっかいを出したのはこの私だし、ただ水をかけられただけだ。こんな些細な事で腹を立てないのが大人ってもの…だぁあああ‼︎⁉︎」
今度はアムールトラが青い顔をしながら叫びました。そして彼女は声を震わせながら私を指さしました。
アムールトラ「キュルル…、その姿…」
キュルル「どうしたんですかさっきから…、ええっ、なんですかこれぇーっ⁉︎」
ここにきて、やっと私は自らの体の異変に気が付きました。なんと私は、いつの間にか灰色の毛で覆われたイエイヌのアニマルガール…フレンズの姿になっていたのです。そういえば先程から声色が変わっていて、違和感がありました。
するとサーバルが慌てた様子で、自身の身体をまさぐり始めました。
サーバル「ないよっ⁉︎毛皮にしまっておいたイエイヌの輝きが!」
アムールトラ「なにぃ⁉︎」
カラカル「キュルル⁉︎アンタもしかして触ったんじゃぁ…」
3人の剣幕からからただならぬ気配を感じ、私はモジモジしながら答えました。
キュルル「はい、床にキラキラした結晶が落ちてて、綺麗だったのでつい…。触ったらぱあって光った後消えちゃいましたけど…」
するとアムールトラが身を乗り出してきて、すっかり変わってしまった私の顔を両手でがっしり掴んでからぐっと引き寄せました。その顔からは冷や汗が滝のように吹き出していて、今まで見た事がないくらいうろたえているのが一目で分かりました。
アムールトラ「あれはフレンズを取り込んだばかりのセルリアンを吹っ飛ばした時、たまたま出てきた特殊なサンドスターだ!ヒトが触ったら犬人間、その上一生お出かけできない体になっちまうんだぞ‼︎」
その言葉でようやく事の重大さに気付いた私の顔と手のひらと足の裏から、アムールトラ以上の滝のような冷や汗が吹き出しました。
キュルル「ええーっ、ウソーっ!!!」
アムールトラ「バッカ野郎ぉぉぉぉーっ!!!」
そんなこんなで店内は大パニックとなったのですが、どうする事もできませんでした。
それからアムールトラ達は私を両親の元へ連れてゆくと、首がもげんばかりの勢いで平謝りしました。当然両親も大きなショックを受けていたのですが、私が結構すんなり状況を受け入れていたために事態はすぐに収まり、アムールトラ達が村を追い出される事もありませんでした。
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