第95話「選択肢。そして決めるのは――」

「却――」

「――それ、いいと思う!」


 陽が凪沙の提案を突き放そうとするよりも速く、佳純が凄い勢いで身を乗り出した。

 そして目を輝かし、食い気味に凪沙のことを見る。


「佳純、とりあえずおとなしくしててくれ」

「じゃあ、凪沙の言うとおりにするの?」

「いや、断る」

「ほら! 黙ってたら陽絶対に頷かないでしょ!」


 陽が断る姿勢を見せると、佳純は頬を膨らませて怒り始める。

 そんな佳純を、陽は頭を撫でて落ち着かせた。


「ちょろすぎる……」


 おとなしく椅子に座り直し、陽に身を任せた佳純を見た凪沙は、呆れたように呟いた。

 しかし、佳純は凪沙の言葉を気にした様子はなく、おとなしく陽に撫でられ続ける。

 凪沙の言葉に反発するよりも、陽に撫でられることのほうが大切なようだ。


 そして――。


「…………」


 真凛も、無言で頭を差し出した。


「佳純に張り合うことはないぞ……?」

「約束、ですから」


 陽の言葉に対し、真凛は若干拗ねた表情を返した。

 それにより、陽は空いていたもう一つの手で真凛の頭を撫で始める。


「なんだか、最初に比べて秋実さんの遠慮が全くなくなってる……」

「私は、約束を守ってるだけです……」

「秋実さんって、意外と素直じゃないわよね」


 まるで、撫でさせてあげてるんだ、という態度をとる真凛に対して、佳純は物言いたげな表情を浮かべた。

 それに対して、真凛は顔を赤く染めながら視線を逸らす。


「ひねくれてるように見えて実は誰よりも素直な佳純ちゃんと、素直に見えて実は意地っ張りな真凛ちゃんか。対極にあるからこそ、二人はやっぱりいいコンビだね」


「「…………」」


「おっと、失礼しました」


 おかしそうに笑いながら言った凪沙だが、二人からジト目を向けられてしまったことで、これ以上はまずいと本能が告げた。

 それにより、あっさりと身を引いて陽へと視線を向ける。


「それで、陽君はどうして反対なの?」


 この男を堕とさねば始まらない。

 そう理解している凪沙は、笑みを浮かべて小首を傾げる。


「百合の間に男を挟むな、という有名な言葉を知らないのか?」

「うん、その言葉を君が知っていることに驚きだよ。まぁそれはそうと、最初から百合扱いしてなければ男がいても問題はないはずだ」


「いや、邪魔者扱いされる」

「二人が仲良しならともかく、対立的な姿勢を見せていれば、むしろ緩衝材と思われるんじゃないかな?」


「二人を甘やかす動画じゃないのか?」

「ただ甘やかすなんて、すぐ飽きられるじゃないか。それよりも、二人が毎度何かしらで競い合い、勝ったほうがご褒美をもらえるって企画にするんだよ。そういったものなら、みんな好んで見るだろ?」


「ご褒美とは言っても、その後もう片方に同じことをしなければいけないのなら、勝負も真剣じゃなくなるだろ? いや、俺がご褒美と言うのもおかしいんだが……」

「ご褒美なんだから、負けたほうにもあげたらだめでしょ? これなら、二人も真剣に勝負をする。後、いい加減自分の立場を認めなよ」


「それで勝負で熱くなって、二人がもし喧嘩を始めたらどうする?」

「ありえないでしょ? 真凛ちゃんは自分から喧嘩を売ることはしないし、佳純ちゃんだって動画である以上――って、それくらい僕が言わなくても、君ならわかってるはずだ」


「……俺が視聴者から妬まれたり、クズ男呼ばわりされる」

「君、そういうのは気にしないタイプだろ?」


「「…………」」


 陽が何を言っても、速攻で言い返してくる凪沙。

 二人は言葉を発することはやめ、無言で見つめ合って牽制を始めた。


 そしてその沈黙は、陽のほうから破る。


「お前、佳純と秋実を協同させようとしたり、対立させようとしたり、やってることが矛盾してないか?」


 凪沙が相反するようなことをしようとしているので、陽は凪沙の狙いが見えない。

 最初は陽に協力して佳純と真凛を仲良くさせるために、あんなことを提案してきたのかと思っていた。

 しかし、先程のやりとりで、凪沙には別の狙いがあるのではないかと思ってしまう。


「大丈夫、君から見ればそうだとしても、ちゃんと同じ方向に進んでるから。君が、わかっていないだけで」

「……とにかく、俺は反対だ。そもそも、カメラマンはどうする?」


 陽が出演側に回るのであれば、肝心の動画を撮る人間がいなくなってしまう。

 カメラを固定すればできなくはないが、枠の関係上どうしてもやれることは限られてしまうものだ。


 もちろん、カメラを増やせば固定をすることもできなくはないし、陽がご褒美の時だけ出演するのであれば、可能になる。

 だけど、陽はそのどちらともをする気はなかった。


「僕がやればいいじゃないか」

「秋実がどういうペースでやるのかは知らないけど、毎度凪沙が東京から来ることなんて無理だろ?」


「ふふ、大丈夫さ。その点は既に手を打っているから」


「……お前、いったいいつからこの展開を見越していた?」

「いやいや、今回の企画は電車内で思い付いただけさ。ただ、別のことで用意していたものが、たまたま運よく今回使えるってだけでね」


 笑顔で首を傾げる凪沙に対し、陽は胡散臭そうな目を向ける。

 すると、凪沙は肩を竦めながら苦笑した。


「まぁそれはそうと、陽君こそ、真凛ちゃんの許可を取って百合動画にしようとしているのかい? チャンネルを始めたいと言ったのは真凛ちゃんなんだろ? だったら、彼女がやりたいことをするべきなんじゃないかな?」


 ここで、凪沙は陽のもっとも痛い部分を突いてきた。

 電車内やここに来てからの陽と真凛の会話で、陽が動画の最終的な方針は真凛に任せるつもりでいる、ということを凪沙は見抜いていたのだ。

 だから、陽が考える懸念事項を全て否定した後に、この話を切り出した。


「……秋実。凪沙が言った通り、このチャンネルでやりたいことを決めるのは秋実だ。秋実は、どうしたい?」


 そして陽は、凪沙の思惑通り秋実に話を振る。

 凪沙の思惑に乗せられるのは癪だったけれど、何を一番に考えないといけないのか、それを見誤るほど陽も子供ではなかった。


「えっ、わ、私に振るのですか……!?」


 急に話を振られたことで、真凛は挙動不審になってしまう。

 そんな真凛を、陽はまっすぐな目で見つめた。


「もちろん、俺たちも意見を出したりはするし、秋実が無茶なことを言い出せば止める。だけど、最終的に決めるのは秋実だ。そうじゃないと、秋実がやりたいことにならないだろ?」

「そ、それは、そうなのですが……」


「ただ、一つ言わせてもらうと、人気になるなら佳純との百合動画だ。凪沙の提案するほうは、正直前例もなくてどうなるか全く見えない」


「君、ずるいな~。真凛ちゃんの判断に任せるとか言いながら、誘導しようとしているんだから。真凛ちゃん、ここは、君がどうしたいかだよ。どうして、君が動画配信者をやりたいと思ったのか。それを大切にすればいい」


 答えを出さなければいけない真凛に対し、陽と凪沙はそれぞれの意見をぶつける。

 佳純も何か言おうかとするが、ここで自分が発言をしてしまうと、真凛が逆を選ぶ気がした。

 だから、黙ってことの成り行きを見届けることにする。


 そんな中、真凛が選んだ答えは――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る