第94話「代案」
「さて、話を戻すけど――」
凪沙は、顔を真っ赤に染めて俯く真凛を横目で見ながら、陽の顔を見る。
そして――。
「百合チャンネルは、やめにしない?」
笑顔で、両手をパンッと合わせた。
「どういうことだ?」
陽は否定するよりも前に、凪沙の考えを聞こうとする。
凪沙は頭から否定されなかったことに少し驚きつつも、笑顔で口を開いた。
「えっとね、真凛ちゃんと佳純ちゃんは凄くかわいいから当然人目を惹くし、二人が仲良くしている動画は、人気が出る可能性は十分にあると思う」
「だったら、なんで否定するんだ?」
「でもさ、それって結局嘘でしょ?」
まずは陽の考えを肯定し、それから凪沙はどの部分が駄目なのかを指摘した。
それに対して陽は何かを言うのではなく、黙って凪沙に続きを促す。
「もちろん、嘘で作られたものが全て悪い、とは言わないよ。視聴者を楽しませることができ、誰にも迷惑をかけず、視聴者も納得しているのなら、それはいいものだ。でもね――」
凪沙は一度言葉を区切り、真凛と佳純の顔を見た。
「この二人にスター性があるからこそ、それが形だけの関係だったと知られた時、ファンは牙を剥くよ。そして、熱烈なファンであればあるほど、その攻撃性は増すだろうね」
凪沙の言葉を受け、真凛がゴクリと息を呑む。
陽は、そんな真凛の様子を見てフォローを入れるかどうか一瞬悩んだが、今は凪沙との話を優先することにした。
「まぁ好きであればあるほど、裏切られたと思った時の反動は大きいからな」
「でしょ?」
「だけど、佳純はその気になればカリスマ性があるし、秋実はほとんどの奴から好かれる性格をしている。俺は、どうにかなると思っているが?」
遠回しに陽に褒められ、佳純と真凛は嬉しそうに陽のことを見る。
そんな二人を見た凪沙は、単純だなぁ、と思いつつも、陽の言葉に対して首を左右に振った。
「炎上って純粋なファンだけじゃなく、燃やしたい人たちも群がってくるからね。二人は学校では有名人なんだし、身バレなんてすぐするだろ? そしたら、下手すると直接危害を加えられることも考えられる」
「それをさせないための、俺とお前なんだろ? 何を今更言ってるんだ?」
凪沙は暴露系動画配信者として人気を博しているため、熱狂的な信者たちがかなり多い。
彼らは、凪沙が正しいと言ったことに関しては全て正しいと信じるほど、凪沙のことを妄信をしている。
そして凪沙に敵対しようとする相手がいれば、容赦なく叩きに行くメンバーたちだ。
凪沙自身は、ファンたちが誰かを叩きに行くことは迷惑行為にあたいするからヨシとはしていないが、そのおかげで自分の身が安全になっていることも理解しているので、そのことに関しては注意喚起で終わらせている。
そんな信者たちを使って、陽は何かあれば佳純たちを守るつもりでいた。
それだけでなく、陽は他人に無愛想な割に凪沙のように顔が利く人気動画配信者の知り合いは他にもおり、こう見えて印象操作は得意なので、どうにでもできると踏んでいるのだ。
そのことは凪沙も理解しているはずだったし、真凛に何か起きないように手を打つとも自ら言っていたので、何を今更言っているのか、と思ってしまった。
「まぁそうなんだけどさ……陽君が百合動画にしたい理由って、一番この二人が手っ取り早く人気になりそうだから、でしょ?」
「あぁ、この二人の相性はよさそうだからな」
それは、二人の仲の良さを表す言葉ではない。
二人の仲が若干犬猿の仲になり始めていることは、重々陽も認識している。
だからこれは、大人っぽく見える佳純が、子供っぽく見える真凛を甘やかす動画が万人受けしそうだ、という意味だ。
もしくは、甘えたがりの性格をしている佳純を、面倒見がいい性格をしている真凛が甘やかす、というのもそれはそれでギャップがあって注目を浴びると思っていた。
何より、美少女二人がイチャイチャしている動画は、多くの男性の興味を惹く。
だから陽は、百合動画で行く方針にした。
――というのは建前で、本音はただ単に、撮影を通じて佳純と真凛が仲良くなってくれることを期待していた。
ただ、二人の手前それは口に出さない。
「でもさ、それって当初と前提が崩れてるよね?」
「何が?」
「君、触れないようにしてるけど、本当は火消しより以前に、二人の関係がファンにバレることはない、と思っていたからこれをしようとしたんでしょ?」
普段暴露系の動画配信をしている凪沙は、常に真偽を見極める必要性に駆られてきた。
そのため、鼻が利いて勘がいいのだ。
陽が何を考えていたのか、などは既に見抜いている。
その上で、既に陽にとって誤算が起きていると結論付けていた。
「…………」
「無言の肯定、ね。まぁ自分では言いづらいか。最初の計算では、いくら陽君に甘えたがる佳純ちゃんでも、人前とかでは甘えてこない。そこら辺の区別は付けてくれる人間と判断してたから、いけると思ったんだよね? だけど、そこで真凛ちゃんまでもが陽君に甘える素振りを見せ始めた。だから当然佳純ちゃんも同じように甘え始め――それが、陽君にとっての誤算だった。電車内とかでも凄く注目されたもんね?」
まるで推理するかのように凪沙は話し、最後には笑みを浮かべて小首を傾げた。
それを見た陽は、(焚きつけた奴が何を……)と、誤算へと持っていた張本人を睨むが、凪沙はそれに対して笑みを返す。
凪沙が何かしらの企みを持っているのは明らかだけど、それがわからない以上陽は凪沙の言葉を聞くしかなかった。
「それで?」
「二人が人気になればなるほど、撮影時に注目されるようになる。それは撮影前後も同じだ。移動時とかに二人が仲良くするのではなく、男である陽君に甘えていれば――みんなが、どういう結論を出すかなんて、火を見るより明らかだよね?」
「さすがに、二人も人気が出れば――」
「いや、無理でしょ」
陽が言おうとした言葉を、凪沙は速攻でぶったぎった。
「この二人、絶対に我慢できないと思うよ? 依存度って仲が深まれば深まるほど、比例して大きくなるものでしょ?」
凪沙がそう発すると、黙っておとなしく凪沙たちの言葉を聞いていた佳純は、ウンウンと頷き始めた。
しかし、真凛は顔を赤くしながら恥ずかしそうに悶えている。
恥ずかしいから口を挟んで否定したいけど、邪魔をするのは悪いので口を挟めない、という様子だ。
当然凪沙と陽も真凛の様子には気が付いているのだけど、触れるとなんだか逆に可哀想だと思い、二人とも流すことにした。
「まぁ、凪沙が言ってることはわかるよ。俺も身をもって体験したわけだし」
「悪かったわね」
「別に、過去の話だ。今は不満に思ってないよ」
陽の言葉に敏感に反応し、佳純が拗ねた表情を浮かべたので、陽はすかさずフォローをいれた。
それだけで、佳純は満足そうな表情を浮かべる。
「それで、結局凪沙は何が言いたいんだ?」
「えっとね、二人が陽君に甘えるのを我慢するのは無理だし、それで二人の関係が嘘だというのはすぐにでもバレると思うんだ。そうなった時、確かに僕と陽君が協力して対応さえ間違えなければ、治まるかもしれないけど――短期間とはいえ、彼女たちは攻撃されることになる。僕は、君がそれを許せる人間には思えないんだよね」
「だから、炎上のリスクがあるものはやめろ、と?」
「そうだね。もちろん、こんなことを言ってるわけだし、代案はあるよ」
「……あまり、聞きたくないな」
自信満々な表情を浮かべた凪沙を前にした陽は、虫の知らせといわんばかりに嫌な予感を抱いた。
しかし、凪沙は陽を逃がさない。
「聞くよね? わざわざ東京から僕を呼び寄せてるわけだし、それくらいは聞いてくれるよね?」
まるで脅迫するかのように、凪沙はニコニコ笑顔で陽の顔を覗き込んだ。
それにより、陽は仕方なさそうに溜息を吐く。
「はぁ……わかったわかった。じゃあ、その代案ってなんだ?」
「もちろん――動画の方向性を変えて、二人が仲良くする動画じゃなく、陽君が二人を甘やかす動画にするんだよ」
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