第92話「百合動画にするの?」

「――話は付けてきた。それで、どうする?」


 席に戻ってきた陽は、真凛を見つめながら首を傾げて尋ねた。


「どうする、とは……?」

「このまますぐに撮影に入るのか、それとも店の雰囲気に慣れるのを待ってから撮影をするのか、だな」


 既に真凛に気持ちができているのであれば、このまま撮影に入り、まだできていないのであれば、まずは気持ちを作ることが必要。

 だから陽は、その判断を真凛に任せた。


「えっと……根本さんは、どうでしょうか?」


 答えに悩んだ真凛は、ニコッとかわいらしい笑みを浮かべて佳純に尋ねた。

 すると、佳純はチラッと陽の顔を見た後、真凛へと視線を戻す。


「私はいつでも大丈夫よ」

「えっ、そうなんですか……?」

「佳純はこういう時緊張しないからな。だから、秋実にだけ聞いたんだよ」


 佳純は端的に言って本番に強いタイプ。

 幼い頃から学校行事などで主役を任され、そして失敗が許されない本番で完璧な演技をしてきた故の、自信が佳純にはある。

 だから、やり直しがいくらでも利く動画撮影など、佳純にとって緊張する必要がなかった。


「うぅ……凪沙ちゃんはどうですか……?」


 なぜか、真凛は縋るような目で凪沙を見た。

 そして見られた凪沙はといえば、困ったように笑みを浮かべて口を開く。


「いや、僕撮影に関わらないからさ。聞かれても答えられないよ」


 凪沙は出演も撮影もしない。

 だから、準備ができているとか以前の話だった。


「そうでした……」

「撮影は後にしたいのなら、そう言えばいいぞ?」


 どうやら真凛は緊張しているようなので、陽は撮影を後回しにしたほうがいいと判断した。

 しかし、真凛は困ったような表情を浮かべる。


「でも……」

「何かあるのか?」

「いえ……」


 どうも、真凛は後回しにするのも嫌そうだ。

 陽は居心地悪そうに視線を彷徨わせる真凛を見て、ポリポリと頭を掻く。

 それを見た真凛は、陽に呆れられたと思って慌てて口を開こうとした。


 しかし――。


「別に、うまくやろうとなんて思わなくていいんだぞ?」


 真凛が声を発するよりも早く、陽が優しく微笑みかけてきた。


「えっ……?」


 陽の言葉と表情が予想外だった真凛は、戸惑ったように陽のことを見つめる。


「最初からうまくできる奴なんてそうそういない。失敗を重ねて、人はどうやったらいいかを学んでいくんだ。秋実は、始めようとしている段階なんだから、まずは自分が楽しむことを考えるといい」


「私が、楽しむこと……?」


「動画配信者では、自分の趣味や得意なことを動画にしている奴が多い。それは、自分が好きなもの、得意なものなら視聴者を楽しませやすいと考えているからだ。なにより、自分が楽しんで撮影をできる。秋実だって、テレビとか見てると出演者が楽しそうにやってるほうが、興味を惹かれるだろ?」

「それは、確かに……」


「だから、まずは自分が楽しむことを考えるんだ。秋実のようなかわいい女の子が楽しそうにしてるだけで、絵面は映えるさ」


 そう言って、優しい笑みを真凛に向ける陽。

 笑顔なのは真凛に安心感を与えるためだが――これを受けた真凛と、その周りは陽の予想外の反応を見せる。


「か、かわっ……!」


 かわいいと言われた真凛は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そして――。


「…………」


 佳純は、光を失った目で陽の顔を見据えていた。

 その傍にいる凪沙は、おかしくて仕方がない、とでもいうかのようにお腹を抱えて笑うのを我慢している。


「いや、なんだよお前ら……」


 全員が全員、おかしな反応を取るので、陽は物言いたげな目を向ける。

 しかし、誰一人として陽の言葉に答える者はいなかった。


「まぁ、本当に、秋実はまずスイーツを楽しむことだ。その姿を俺が撮影をするし、何かあれば佳純がフォローしてくれる。あっ、でも、綺麗には食べろよ? さすがに、食べ方が汚かったら動画にならない」

「だ、大丈夫ですよ、それくらい……!」


 汚い食べ方と言われ、真凛は子供のように若干ムキになってしまう。

 そんな真凛に対して陽は頷き、再度口を開いた。


「後は、俺が動画編集でちゃんとした動画に見えるようにする。だから、心配せずに撮影に臨めばいい」


 陽がそう言うと、真凛は若干顔を赤くしながらコクコクと頷いた。

 そんな真凛に対し、陽は笑みを返す。


 しかし――。


「…………」


 佳純は、更に物言いたげな目をしていた。


「な、なんだよ?」

「別に……」


 陽が声をかけると、佳純は拗ねたようにソッポを向いてしまった。

 いったいどうしたのか、陽には佳純の反応が理解できない。


 だから、このまま動画撮影に入ろうかどうか、陽は悩むのだが――。


「――ねぇ、そういえばさ、これって佳純ちゃんと真凛ちゃんの百合動画みたいにするの?」


 ここで、何やら凪沙が行動を起こした。

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