第87話「大それたこと」

「凪沙のせいで陽に怒られた……」


 目的地に着くと、電車の中で陽に絞られた佳純は頬を小さく膨らませて不満そうに凪沙を見つめた。

 凪沙はソッポを向いており、佳純と顔を合わせないでいるつもりのようだ。


「佳純も一緒にじゃれてたんだから、人のせいにしない」

「凪沙が喧嘩売ってきたんだもん……! てか、じゃれてない!」

「だからって小学生じゃないんだから、公共の場で暴れるなよ。秋実が呼びに来なかったらもっと暴れてたんだろ?」


 頬を膨らませて怒る佳純に対し、陽は刺激しないように優しい声で注意をする。

 しかし、佳純は気に入らなかったようで、ジト目で真凛を見つめた。


「ポイント稼ぎに利用された……」

「ち、違いますよ? 私だと止められないと思い、葉桜君をお呼びしただけで……!」


 真凛は顔を赤くしながら慌てて佳純の言葉を否定する。

 だけどその慌てようが逆に怪しく思えてしまい、更に佳純は不満そうに真凛を見つめた。


「また喧嘩しようとしてる……。そろそろ撮影に入るんだし、いい加減仲良くしろよ」

「秋実さんが悪い」

「…………じゃあ、これで機嫌は直るのか?」


 完全に拗ねモードに入った佳純を前にした陽は、ソッと佳純の頭を撫でる。

 すると、途端に佳純の頬は緩んだ。


「えへへ……」


 だらしなく笑みを浮かべる佳純。

 そんな佳純を横目に、凪沙が陽へと近寄ってきた。


「君、なんだかんだで佳純ちゃんを甘やかす時は躊躇ないよね?」

「いや、もう慣れたっていうか……これで機嫌が直るんなら、いいかなって」

「それで、こんな大観衆の前でそんな大それたことしたんだ?」

「は?」


 凪沙に呆れたような顔をされ、彼女の視線を追った陽は周りを見る。

 そして、自分たちが注目されていたことに今更気が付いた。


「…………」

「いやぁ、凄いよね。こんな大観衆の中で頭なでなでをするなんて。ほら、見てみなよあそこで固まってる女の子たち。きゃーきゃー言いながら、顔を赤くして喜んでるよ?」


「…………」

「あっちにいる子たちなんて、スマホをこっちに向けてめっちゃタップしてるから、きっと凄く連写してるんだろうね。まぁそれも仕方ないか、美少女二人に挟まれて修羅場か!? ってところからいきなり頭なでなでをするんだもん」


 佳純の頭に手を置いたまま固まる陽に対し、凪沙は実に楽しそうにニヤニヤとしながら陽のことをからかい始める。

 真凛は注目を集めているのが恥ずかしいのか、ソッと陽の背中へと隠れた。


「なんか、胃が痛くなってきた……」


 陽はそう言うと、ご機嫌な様子の佳純の手と、自身の背中に隠れていた真凛の手を取って早々に駅を後にするのだった。

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