第88話「こういう時だけずるい」
「――あ、あの、葉桜君……そろそろ、お放し頂けますと……」
駅を出てから少しして、真凛は恥ずかしそうに頬を染めて陽に話しかける。
それにより陽はまだ真凛たちの手を掴んでいたことに気が付き、ゆっくり放そうとした。
しかし――。
「あっ、私は放さないでいいから」
真凛とは違い、佳純はギュッと手を握ってきた。
折角陽から手を握ってきたのに、こんなチャンスを逃してたまるか、という意思が見て取れる。
こうなってしまったら佳純が中々手を放さないことを陽も理解しているので、真凛の手だけをソッと放した。
すると、真凛はジッと解放された自分の手を見つめる。
「……やっぱり、いいです」
そして、小さく頬を膨らませながら、解放されたばかりの右手を陽に差し出した。
「いや、佳純に張り合うことはない――」
「平等を望みます」
明らかに佳純を意識した行動に陽は真凛を止めようとするが、真凛は佳純と同じ扱いをしろ、と陽に求めてきた。
「らしくないと思うんだが……」
「それとこれとは話が別なのです」
いったい何が別なのか。
陽にはそれがわからず、かといって真凛と佳純が争うようなことは避けたい。
だから、優しく真凛の手をとることにした。
(俺、本当に最低な男になってる気がする……)
まるで二股男のような状況に、陽は頭が痛くなった。
そして隣でニヤニヤとしている凪沙に対して、妙にイラつきを覚えてしまう。
――しかし、陽が凪沙に気を取られていると、真凛が更に予想外の行動を取ってきた。
「…………」
「こ、今度はなんだ?」
歩いていると真凛が肩と腕がぶつかりそうなほどに近付いてきたため、陽は戸惑ってしまう。
すると、真凛は頭を陽に差し出してきた。
「さっき佳純ちゃんのことを撫でていたでしょ? 同じことを自分にもしろって言いたいんだと思うよ」
陽が戸惑っていると、察しがいい凪沙が真凛の行動を代弁した。
先程、陽は駅で佳純の頭を撫でている。
そして約束としては、片方にしたことはもう片方にもすることになっているので、その権利を真凛は主張したのだ。
「秋実さん、絶対に自分からはそういうことしないと思ってたのに……」
「だから、あっさりと手の平返しでこの約束を認めたのか。ほんと、佳純ちゃんってずるいよね」
「陽、凪沙が喧嘩売ってきた。叱って」
佳純の独り言を聞き逃さなかった凪沙が白い目を向けると、佳純はグイグイと陽の服を引っ張って凪沙のことを指さした。
このまま自分が言い返してしまうと陽に叱られるため、陽を経由して凪沙を責めることにしたようだ。
「くっ、ほんとずるいな、君は……!」
「陽、ほら。凪沙まだ言ってる」
「君、それわざと煽ってるだろ……!?」
「ねぇ、私このままだと言い返すよ? いいの、言い返しても? ほら、嫌なら叱ってよ」
凪沙が悔しそうにしているとわかると、途端に佳純は調子に乗ってしまった。
ニヤつきそうになる口を必死に我慢し、陽が凪沙を怒るように誘導しているのだ。
しかし――。
「佳純と凪沙、どっちも悪い」
陽は、両成敗することにした。
「なんで!?」
当然、佳純は納得がいかず陽の顔を見上げる。
逆に凪沙は、ざまぁみろ、みたいな顔をしていた。
「いや、悪意がなくてやってるんなら凪沙を怒るけど、佳純は明らかに悪意を持ってやってたから」
「陽が喧嘩するなって言ったんじゃん……!」
「結局喧嘩してることには変わりないだろ? 俺は、佳純たちに仲良くしてほしいんだよ」
この旅行だって、佳純が他の二人と仲良くするために企画したものだ。
正確には、凪沙を間に挟んで佳純と真凛が仲良くなるためのものではあるが、結局みんなに仲良くしてほしいことには変わりない。
だから、直接ではなくても、間接的に喧嘩をしたらアウトだ、と陽は言いたかった。
「むぅ……」
「頬を膨らませても駄目だ」
「そういう強制的なのって、よくないと思います」
「口調を変えても駄目。それに、誰かと仲良くすることはいいことだろ?」
「陽に言われても、説得力ないし……」
「お前な……。まぁ、その通りだけど……」
陽自身、周りを遠ざけてしまっている。
だからそこを突かれてしまうと、陽は言い返せなかった。
「そこ、退いたらだめじゃん……」
「いや、佳純が言うことも確かなんだよな」
「君、それ言い出したらいろいろと破綻するよ?」
「わかってる。だから、悪いけど凪沙から歩み寄ってくれないか?」
「――っ」
佳純の主張が正しいと思った陽は、もう頭ごなしに言うことをやめた。
その代わり、折れてくれそうな凪沙に頼んだのだ。
「まさか、君にそんな表情を向けられるとは……。あぁ、もう! わかったよ……!」
今まで自分の思う通りに佳純の相手をしていた凪沙だが、陽が態度を和らげたことで真摯に佳純と向き合うことにしたようだ。
なんだかんだで凪沙も陽のことを気に入っているので、こんなふうに頼まれてしまうと断れないのだ。
「ありがとうな、凪沙」
「君、普段僕の扱い雑なくせに、こういう時だけずるいな……!」
笑顔を向けてきた陽に対し、凪沙は若干照れながら文句を返した。
それに対し陽は、肩を竦めて佳純へと視線を戻した。
すると、佳純は若干面白くなさそうな表情をしていたので、再び頭に手を伸ばそうとするが――。
「――あの……」
頭を差し出したまま放置された真凛が、恥ずかしそうに頬を染めて上目遣いで話しかけてきた。
そして、スッともう一度頭を差し出してくる。
どうやら、私を撫でて、と言いたいらしい。
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