第72話「台無しです」

「…………」


 真凛に謝ろうと言われた佳純は、凄く嫌そうな顔をした。

 そして凪沙のことを一瞥するが、すぐにプイッとそっぽを向いてしまう。

 どうやら謝りたくないらしい。


「相手を傷つけてしまったらごめんなさいをする。それは当たり前のことなのですよ」


 佳純が謝罪を拒否したため、真凛は子供に言い聞かせるように優しい声で佳純を諭そうとする。

 その声を聞いた陽と凪沙は、真凛が佳純のことを子供だと認識したと理解をした。

 だからお互い顔を見合わせ、余計なことは言わずにここは真凛に任せてみようとアイコンタクトをとる。

 そんな陽と凪沙の目だけのやりとりに気付かず、佳純は不満そうに口を開いた。


「それを言うなら私だって傷つけられたわ」

「と言いますと?」

「私のことを重すぎるとか、依存のしすぎとか、そんなんだから避けられるんだって」

「…………」


 佳純の訴えを聞き、真凛は一瞬だけピクッと体を反応させた後無言で凪沙へと視線を移した。

 すると、凪沙はそれは事実だと言うかのようにコクリと頷いた。

 それを受け、再度真凛は佳純に向き直す。


 そして――

「事実は、きちんと受け止めましょう」

 ――ニコッと、とてもかわいらしい笑みを浮かべてそう返した。


「なんでよ!?」


 笑顔で言ってきた真凛に対し、佳純は面喰ったようにツッコミを入れてしまう。

 それだけ真凛の一言は予想外だったのだ。


 しかし、それ以上に動揺をしていたのは陽と凪沙だった。


「ね、ねぇ、陽君……なんだか真凛ちゃん怒ってない……?」

「見ればわかるだろ、激おこだよ」

「いや、見ればって………………笑顔だよ……?」

「この世には、笑顔でぶちぎれる奴もいるんだよ。そしてそういう奴に限って怒らせると怖い」


 顔を寄せ合い、ヒソヒソと話し合う陽と凪沙。

 先程真凛が言った言葉は暗に佳純を突き放していた。


 それどころか、まるで責めるような一言だったのだ。


 そしてそれは、普段他人想いの真凛からするとありえない言葉選びだった。

 だから陽たちの間では真凛が怒っているという結論に至ったのだ。


 しかし――。


「何か?」


 ヒソヒソ話をしていたことで、真凛の笑顔の矛先が陽たちに向いてしまった。

 察しのいい真凛には二人が話している内容が自分のことだとすぐにわかったのだ。


 今の真凛は触るな危険状態だと理解した二人は慌てたように首を横に振り無実を主張する。

 すると、真凛は溜息を吐きながら視線を佳純へと戻して口を開いた。


「私、こう見えても今日の旅行楽しみにしていたんです。電車内でもみんなで遊べるように準備もしてきたんですよ。それなのに……台無しです」


 笑顔で発せられたとても優しい声。

 しかしその声を聞いた陽たち三人は、今まで見たこともない得体のしれないものを見るような目で真凛の顔を見ていた。

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