第54話「陽君は、危険です……!」

「…………」


 陽の隣で黙々とご飯を食べ進める真凛。

 そんな真凛を横目で見ながら、陽はどうすればいいか考えていた。

 そして――。


「秋実って、本当に料理が上手なんだな」


 子供扱いをせず、なおかつ真凛の機嫌が直りそうなこととして、料理の腕前について褒めることにした。


 女の子で料理が上手だと褒められた場合、喜ぶ者は多くても嫌がる者などほぼいないだろう。

 その上、真凛の料理の腕前は確かだった。

 陽のために幼い頃から料理を勉強していた佳純と同じくらい、真凛は料理が上手だと陽は思っている。


 しかし――。


「…………」


 真凛は疑わしいものを見るような目で陽の顔を見上げてきた。

 まるで、『どうせご機嫌取りなのでしょ?』とでも言いたげな表情だ。

 その真凛の表情を見た陽はポリポリと後ろ頭を掻き、若干めんどくさそうに口を開く。


「秋実って俺の時だけ態度が違うのはなんなんだ?」


 この学校の生徒にとって秋実真凛とは、常に笑顔でいる天使のように優しくてかわいい女の子、という認識になっている。

 それは真凛が誰に対しても笑顔で話しをするからこそそのような認識になっているわけで、逆に言うと今みたいな訝しげな表情は陽にしか見せていない。

 別に陽はそれを不満に思っているわけではないが、気になってはいたのでこの際聞いてみたのだ。


 すると、真凛は少しだけ考えてゆっくりと口を開く。


「葉桜君なら、いいかなっと……」


 左手で耳に髪をかけながら、少し恥ずかしそうに真凛は自分の考えを言葉にした。

 陽のことを信頼しているからこそ出た言葉だ。

 しかし――。


「あぁ、まぁ雑に扱われるのは慣れてるしな」


 陽は、真凛の言葉を別の意味で捉えてしまった。


「そ、そういうことではないです! ただ、葉桜君ならなんだかんだで受け入れてくれそうだなって――あっ!」


 勘違いした陽の言葉を慌てて否定する真凛。

 しかし、咄嗟に否定したことによって失言してしまい、顔を真っ赤にして口元を両手で押さえた。

 そして恥ずかしそうに若干目に涙を溜め、ゆっくりと陽の顔を見上げる。


 すると――。


「まぁ、俺を好きに利用すればいいって言ってるしな」


 陽は、真凛の失言に対して別の捉え方をしていた。

 それにより真凛はホッとするものの、同時になんとも言えない苛立ちを覚える。

 普段は察しがいい男のくせに、どうしてこういうことに関しては鈍くなるのか。

 もはやこれはわざとやっているのではないか、とすら真凛は思ってしまう。


「陽君って実は今までいろんな女の子を泣かせてきたのでは?」


 鈍感な陽に業を煮やした真凛は、拗ねたような目をしながら陽にそう尋ねてしまう。

 そんな真凛に対し、陽は不思議そうに首を傾げた。


「いや、そんなわけがないだろ? そもそも女子と関わりがなかったし」

「それはさすがに――いえ、なるほど。そういうことですか」


 一瞬陽の言葉を否定しようとした真凛だが、ある考えが頭を過ったことで逆に納得をしてしまった。


 真凛は一年生の頃から陽のことを知っており、彼が他人を避ける性格だということも知っている。

 しかし、女の子のほうから陽に近寄ってこないとは限らないと最初は考えたのだが――そのことを考えた時、ある女の子の顔が浮かんだのだ。


 それは、陽に他の女の子が近寄ることを嫌がる佳純の顔だった。


 だから佳純が陽に近寄る女の子を全て追い払い、近寄らせなかったのではないかと真凛は考える。


 今日も佳純は真凛と陽が一緒にお昼に行こうとすると凄く嫌そうな顔をしていた。

 そして、一年生の頃は陽に他の女の子が近寄らないように悪評を流していたので、真凛はその仮説が間違いではないと判断をする。


「……まぁ、だからいろんな女の子は泣かせたことがない」


 陽は真凛がどのような想像をしているかなんとなく察しがついていたが、そのことは否定せずに言葉を続けた。


 もちろん、一回も泣かせたことがないというわけではない。

 ただ、いろんな女の子は泣かせておらず、一人だけ泣かせたことがあるという話だ。

 当然陽はそんなことをわざわざ口に出さず、話が逸れたことで話を元に戻すことにする。


「それにしても、本当に料理が上手だよな。毎日食べたいくらいだよ」

「――っ!?」


 陽はパクパクと真凛お手製のお弁当を口に含みながらそう言った。

 そんな陽の真横では、再び顔を真っ赤にした真凛が驚いたように陽の顔を見上げている。

 その口はパクパクと動いており、何かを言いたいのに言葉が出てこない様子だった。


「ん? どうした?」


 真凛の様子が変なことに気が付いた陽は、不思議そうに首を傾げながら尋ねる。

 すると――。


「陽君は、危険です……!」


 なぜか、真凛は顔を真っ赤にした状態でそう叫んでしまうのだった。

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