第49話「ドロドロしている気がします」
「戦う、ですか……?」
『そうだね。単純に言えば陽君の取り合い、かな』
真凛の質問に対し、凪沙は淡々とした口調でそう答えた。
それに対し真凛は膝に顔を埋め、シュンとするように悲しい表情を浮かべる。
「誰かと争うのなんて、嫌です……」
真凛は争いを好まない。
誰かが傷つくことを良しとせず、ましてや自分が相手を傷つけるような行為はしたくないと思っている。
そんな真凛が、陽の取り合いをしないといけないと言われて前に向きにいられるはずがなかった。
『真凛ちゃんが優しい子だっていうことはわかるし、そういったことをしたくないっていうのもわかってるよ。だけど、相手は君のことなんて気にもせず攻めてくるんだ。このままだと負けは必至だよ?』
いつもの猫語ではなく、普通の口調で真剣な声色の凪沙が言ってきていることから、それが嘘や脅しではないことを真凛は理解する。
そして前の電話で聞いたことを思い出し、胸がギュッと痛くなった。
「前におっしゃっていた……その、根本さんが葉桜君にベッタリになるというのは、本当なのでしょうか……?」
真凛は初めて凪沙に電話をした時、陽と佳純の関係について凪沙からそう聞かされていた。
陽が佳純と前のような関係に戻ろうとしているのなら、きっと佳純は陽から離れなくなり、甘えまくるということを。
『信じられないかな?』
「そう、ですね……。根本さんが葉桜君に執着しているのは知っていますが……甘えているという姿が想像できません……」
真凛が知っている佳純は、クールでかっこいい系の女の子だ。
そして、陽に対しては黒い感情を見せる女の子でもあり、意地悪で腹黒い女の子だという印象を最近では抱いている。
そんな女の子が甘えるという姿がどうしても想像ができず、凪沙がただ脅しをかけているだけではないのか、という可能性を捨てきれなかった。
『まぁ普段の佳純ちゃんからだと想像がつかないよね。でも、あの子は陽君が相手になると性格がゴロッと変わるんだよ』
「それは猫を被る、ということでしょうか……?」
『逆じゃないかな? 陽君に接しているのが素で、他の人と接する時にあえて冷たく接しているんだと思うよ』
「ど、どうしてそんなことをするのですか……?」
本当の性格はかわいらしいのに、あえて他人を突っぱねて嫌われるようなことをするというのが真凛には理解が出来ず、戸惑いながら凪沙に尋ねてしまう。
『簡単なことだよ。そうすれば陽君と二人だけの空間が作れるし、他人から嫌われて孤立するようになれば陽君が絶対にかまってくれるからね。それだけ佳純ちゃんは陽君が全てなんだよ』
「…………」
凪沙からその情報を聞き、真凛は陽に対して異常な執着を見せていた佳純の姿を思いだす。
甘えているという姿は相変わらず想像がつかないけれど、陽のことが全てだったのならあの異常な執着も納得がいくと真凛は思ってしまった。
『中学の時とか凄かったからね。陽君が行くところには絶対に付いて行くし、僕が陽君と一緒にいたらめちゃくちゃ嫌そうにして喧嘩を売ってくるんだもん』
凪沙は中学生の頃を思い出しているのか、不満いっぱいというような感じで愚痴をこぼした。
それに対し、真凛はふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「そういえばなのですが、凪沙ちゃんって出身は岡山ではなかったですよね? あれは身バレしないための予防で、本当は葉桜君たちと同じところに住んでいらっしゃるのでしょうか?」
真凛の目から見て凪沙は陽と親しく見え、佳純のことも結構知っているように見える。
そして他に陽たちとの接点などが見えないので、凪沙と陽は同じ中学出身なのではないかと真凛は思った。
しかし――。
『あっ、うぅん。僕今も昔もずっと東京住みだし』
凪沙はあっさりと真凛の言葉を否定してしまった。
それに対し真凛は驚きを隠せない。
「で、では、どうして葉桜君たちと知り合ったのでしょうか……?」
不躾だな――そう思いながらも、真凛は知りたいという欲求を抑えられずにそう尋ねてしまった。
『あ~、まぁ、その辺を詳しく話しちゃうと陽君に怒られちゃうから言えないかな~』
だけど、先程まではなんでも答えてくれていた凪沙だが、なぜかこのことに関しては苦笑したような声を出して教えてくれなかった。
当然真凛はそんな誤魔化され方をされると余計に気になってしまうのだが、ここで聞いても凪沙のことを困らせてしまうと思いグッと我慢した。
すると、凪沙のほうから口を開く。
『やっぱり、君はいい子だね』
真凛が声を発さなかったことで、自分のために我慢をしてくれたんだということを理解した凪沙は優しい声で真凛のことを評価する。
それに対し、真凛は優しい声で返した。
「いえ、誰にでも言えないことはあると思いますので、仕方がないです」
『うん、ありがとう。でも、やっぱりあまり我慢させるのは
「凪沙ちゃんが調べて、近付いたのですか……?」
凪沙は懲らしめ系動画配信者だ。
そんな凪沙が素性を調べるようなことをしたということは、二人に何か黒い隠しごとがあったのではないか。
賢い真凛はそこまで勘ぐってしまった。
当然真凛がそういう思考に至るであろうと予想していた凪沙は、すぐに口を開いて真凛の勘違いを訂正する。
『あ~、別に粛清対象とかそういうのじゃないよ? ただ、個人的に興味があったから調べただけなんだ』
「その興味とは……?」
『う~ん、ごめんね。それも内緒なんだ。ただ、既に僕は真凛ちゃんにヒントを出しているから、それからなら答えに辿り着けるかもしれないね』
「えっ……?」
『と、まぁさすがにここまでにしておこうかな。あまり言っちゃうと陽君に怒られちゃうからさ。だけど、それでもやっぱりこのままだとちょっと不公平すぎるかなって思ったからお節介を焼かせてもらったんだ。正直個人的には真凛ちゃんに負けてほしくないからね』
言葉だけを聞けば、純粋に真凛のことを応援してくれているだけのように思える言葉。
しかし真凛は、後半凪沙の声のトーンが変わったことを聞き逃さなかった。
そして違和感を覚える。
そのトーンから察することできた凪沙の心情は、まるで佳純に対して怒りを覚えているかのような黒い感情だったのだ。
「……ありがとうございます」
しかし、真凛はコンマ数秒だけ考えた後凪沙の声のトーンが変わったことは指摘せず、自分のためにいろいろと教えてくれていることに対してお礼を言った。
――その後は少しだけ雑談をし、佳純が陽にどんなふうに甘えるのかを教えてもらった真凛は、モヤモヤとした気持ちを胸に抱きながら電話を切る。
そして――。
「なんだか、ドロドロしている気がします……」
今の自分と陽たちの関係性を頭の中で整理した真凛は、思わずそう呟いてしまうのだった。
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