第44話「修羅の道」

「――で、いったい何が狙いだ?」


 家に帰った後、陽はすぐに凪沙へと電話をかけた。

 新たな厄介ごとを作ってくれたことに若干苛立ちもしている。

 

『にゃはは、そんな怒んないでよ』


 しかし、凪沙から聞こえてくる声はとても呑気なもので、それにより陽の怒りは更に増す。


「単純にムカつくんだよ。前に言ったよな、俺の周囲にちょっかいを出すなって」


 前にとは、晴喜との一件のことを言っているわけではない。

 それ以前――凪沙と陽が知り合って間もない頃の話だった。

 その頃に一度凪沙と陽は衝突をしていたのだ。

 そしてその時にお互い取り決めをしているのだが、陽はそのことを言っている。

 

『いや、それは佳純ちゃんに手を出すなってことだったはずでしょ? 勝手に都合よく変えられても困るんだけど?』


 しかし、凪沙としては陽と周囲の人間に手を出すなという約束はしていない。

 そのため、今回の件についてお互いの取り決めを破ったことにはならないと主張をした。

 

 それに対し、陽も確かにそうだったかもしれないと思い直す。

 当時の陽にとって周りの人間といえば佳純しかおらず、佳純だけを大切にしていた。

 だからその際に、佳純のみのことだけで約束をしていることは十分にありえるのだ。

 

「確かにそうだったかもしれないが、だからといって何秋実を俺たちの業界に引きずり込もうとしているんだよ?」

『その言い方も酷くないかな? 僕は彼女のことを思って声をかけ、彼女自身が悩んで出した答えだ。それに大して君が文句を言う権利はないと思うけど?』


 凪沙が普段とは違う真剣な口調になったことで、陽には凪沙がふざけて真凛を誘ったわけではないということがわかる。

 しかし、それならば最初から真面目に話せ、と陽は思うのだが、真剣になった凪沙が相手だとあっさりと言いくるめられたり言い負かされたりしてしまう。

 だからふざけていたことに関してはもう気にすることはやめ、気を引き締めて口を開いた。

 

「顔出し配信者がどれだけのリスクを背負ってるかお前なら理解してるんだろ? 秋実はあの見た目だ、どれだけ危ない奴を引き付けるかわからないんだぞ?」


 陽が特に心配している部分はそこだ。

 芸能人が危険な目に遭うことさえある世の中なのに、真凛のような自衛策をほとんど持たない人間が目を付けられた時、最悪なケースさえ考えられる。

 だから真凛が動画配信をすることをよく思っていない。

 

 そしてそれだけではなく、賢い真凛がそのリスクのことを理解していないはずがないが、顔出し配信をしている凪沙が何か助言をしていれば真凛は大丈夫と信じ込んでしまうだろう。

 陽は凪沙が何か吹き込んで真凛にリスクのことを忘れさせているんじゃないかと睨んでいた。

 

『もちろん、誘った以上は僕もセキュリティ面には協力するよ。それに、君が傍にいるんだろ? それだけで安心じゃないか』

「何を勘違いしているのか知らないけど、あいつと俺の家は凄く離れてるんだよ。助けを求められてから向かったって間に合うわけがないだろ」


『あぁ、その点についても考えているよ』

「それは?」

『まぁ、後のお楽しみかな』


 陽が尋ねると、凪沙はあっさりと誤魔化してしまった。

 それにより凪沙にとって都合が悪い内容だと思った陽は、あえてそこにはツッコミを入れず話を続けることにする。

 

「お前がそういうからには、本当に秋実の安全は確保されるんだな?」

『相変わらず君はお気に入りのことになると人が変わったように過保護だねぇ。もちろん、信用してもらってかまわないさ』


「――で、お前がそこまでして秋実を引き込んだメリットはなんだ? わざわざ俺のことまで話してな」


 真凛への心配事が一つ消えたことで陽はまた同じ話題を持ち出す。

 今度は自分を売ってまで真凛を引き込もうとしたことについても一緒に言及をした。

 ここで凪沙が話さなければ陽はこの一件から降りるつもりでいる。

 

 それでも真凛がやるようであれば、陰ながら支えるつもりだ。

 

『別に、僕はただ真凛ちゃんを応援したいだけだよ』

「誤魔化すってわけだな?」


 凪沙の答えを聞いた陽は、凪沙が真面目に答えるつもりがないと判断をした。

 しかし、それに対して凪沙はすぐに言葉を紡ぐ。

 

『いいや、これは僕の本音だよ。いつも汚い人間ばかりを相手にしているせいか、真凛ちゃんのような子には弱いんだ。そして、応援したいと思ってしまうんだよ』


 それが本音なのかどうか――基本的に凪沙とは業務的なやりとりしかしてこなかった陽には判断がつかない。

 だからここでは判断をせず、更に聞いてみることにした。

 

「応援というのが本当だとしても、動画配信者じゃなくてよかっただろ? あいつは勉強だって佳純なみにできる。普通にしてて一流大学にいけるような奴の時間を奪ってどうするんだ?」


 もしこれで真凛が成績を落としようものなら目も当てられない。

 そういう意味で陽は言ったのだけど、その質問を受けた凪沙は苦笑したような声を出した。


『それ、君が言うのかい?』


 陽も休日に真凛を連れまわしているからそう言っているのか、それとも他の意味がこめられているのか――。

 それは、凪沙にしかわからない。

 

「あいつが成績を落とすようであれば俺は連れて行かない。だから俺の件に関してはそこまで負担にはならないと考えている。だけど、一度活動を始めてしまったら時間を取られるとわかっていてもやめられないものだろ?」


 そこは創作者なら共通認識で、凪沙も陽の言葉を肯定する。

 しかし、その後にすぐに別の言葉を紡いだ。

 

『あの子は自分が後悔しないように頑張りたいと言っていた。だから、その思いを遂げる一番の近道として僕は道を示しただけだよ』

「その秋実が頑張りたいっていうのはいったいなんだ?」


 凪沙の言葉を聞いて何か話が自分と凪沙ではずれていると感じた陽は、軌道を修正するために引っかかった部分を尋ねてみる。

 だけど――。

 

『それを他人の僕が君に教えるのは違うと思うよ。だから、聞きたいなら本人から聞いて』


 凪沙は陽にそのことを教えるつもりはないらしい。

 

 自分には教えず凪沙には教えていることで真凛に対して陽は少しだけ思うところが出てくるが、真凛は凪沙をかなり特別視しているようなのでそういうことか、と判断をする。

 だから話はここで終わらせることにした。

 そして、真凛のために一つだけ手を打つ。

 

「とりあえず、秋実が後悔しないのならもう何も言わない。結局、あいつの人生だからな」

『それ、真凛ちゃんが望むなら撮影や編集を手伝ってあげるってことだよね?』


「あぁ、そうだな。だけど、その代わりお前も撮影に参加しろ」

『えっ?』


「当たり前だろ、お前が発端なんだからな。煽るだけ煽って後は傍観なんて許すと思ったか?」

『い、いやぁ、それはちょっと……きっと、真凛ちゃんも望んでいないと思うよ……?』


「何そんなに動揺しているんだ? 俺がこう言うのは想定内だっただろ?」


 凪沙は猫キャラの割に頭が凄くよく、あらゆるケースを想定しながら話をするタイプの人間だ。

 そんな凪沙がこの展開を想像できていないはずがないと陽は思っていた。

 

『君がここまでの流れで佳純ちゃんのことを一切持ち出さずに話を決めた上で、挙句の果てに僕に参加しろって……やっぱり、そういうことじゃないのかい……?』

「まぁ、俺が参加するにはその手しかないよな?」


『君、鬼だな……。ましてや、そんな修羅の道を自分から選ぶとは思わなかったよ……』

「馬鹿か、お前のせいでどっちみち修羅の道なんだよ。だったら、なるべく俺の負担が減り、なおかつ秋実と佳純の二人が納得する道を選ぶのは必然だ」


『その犠牲として、僕が生贄に……』

「自業自得だ」


 陽はそれだけ言うと、凪沙が駄々をこね始める前にブチッと通話を切った。

 そしてチャットアプリのほうで、動画配信者凪沙だとばれない格好で来るようにとだけ告げて天を仰いだ。


(とは言ったものの、一歩間違えればとんでもないことになるんだよな……)


 陽が選んだ道。

 それは真凛から話を聞いた上で彼女の話に乗る道を選んだ場合、どうやって佳純を説得するかということで考えた答えだった。

 そこに凪沙を巻き込んで少しだけ自分への負担を減らした形になる。

 

 しかし、これが最善かと聞かれれば疑問を浮かべてしまうような答えだったのだ。

 一歩間違えれば二つの爆弾が一斉に爆発しかねない状況。

 それを自ら作るというのだから、そう疑問が浮かんでも仕方がなかった。

 

 ――と、そんなことを考えていた陽だが、下の階から母親が呼ぶ声が聞こえてきた。

 だから一階に下りたのだが――。

 

「なんで、お前がいるんだよ……」


 想定外の人物の登場に、更に頭が痛くなるのだった。

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