第25話「ソフトクリームと間接キス」

「――ふふ、甘くてとてもおいしいです」


 ジェラートの代わりに買ってあげたソフトクリームを、真凛は陽の隣で嬉しそうに舐めていた。

 チロチロと舐める姿がまるで猫みたいだな、と陽は思いつつ自分もソフトクリームを舐める。


 現在二人は海を照らす綺麗な夕日を眺めながらソフトクリームを食べているのだ。

 今回陽が真凛に見せたかった景色はこれで、真凛は綺麗な景色が見られていることでとてもご機嫌になっていた。


「おいしいですか?」


 陽が夕日と海を眺めながらソフトクリームを舐めていると、真凛はニコニコとかわいらしい笑みを浮かべてそう尋ねてきた。


「なんだ、マスカットのほうがよかったか?」


 真凛としては他愛のない会話のつもりで聞いたのだが、陽は真凛が欲しがっているのかと思い食べていたソフトクリームを差し出す。

 すると、予想外の対応に真凛は恥ずかしそうに上目遣いで陽の顔を見つめた。


「食べて、いいのですか……?」

「んっ」

「では……」


 真凛は少しだけ悩んだ後、チロッと陽のソフトクリームを舐めた。

 そして口に含むが、正直今の真凛は恥ずかしさで味なんてわからなかった。


(普通に間接キス、してしまいました……)


 なんだかいけないことをしてしまったのではないかと思った真凛は、かぁーっと全身が熱くなる。

 そして陽の顔を見上げるのだが、なぜか陽は全く意に介している様子はなかった。


 それに対し、真凛の中で何かが燃える。

 全く異性として見られていない――つまり、子供扱いされていると判断した真凛は反撃に出ることにした。


「こちらの白桃のソフトクリームもおいしいですよ? いかがですか?」


 真凛はそう言いながら腕を伸ばして陽の口元に自分のソフトクリームを近付ける。

 しかし、陽は首を横に振ってそれを拒んだ。


「いや、今はこれで十分だからいい」

「むぅ……」


 反撃が失敗した真凛は思わず頬を膨らませて拗ねてしまう。

 陽としてはどうして真凛が急に拗ね始めたのかがわからず、首を傾げて口を開いた。


「なんで拗ねるんだ?」

「別に……葉桜君はいじわるな人ですからね」

「悪い、本当に意味がわからないんだが?」


 そう陽に尋ねられる真凛だったが、真凛はどうして拗ねているかは答えず――というよりも、なぜ自分がこんな負の感情を抱いてしまったのか本人もわかっていなかった。

 だから説明をすることはできず、誤魔化すためにまたチロチロとソフトクリームを舐め始めた。


「おいしいです」

「そっか」


 ソフトクリームの感想を真凛が言ったことでこちらの質問に答えるつもりがないと判断した陽は、自分もまたソフトクリームを舐め始める。

 そして舐めていると、なぜか頬を赤くした真凛がジッとこちらを見つめていることに気が付いた。


(まぁ、頬が赤いのはこの夕日のせいだけどな)


 そんなことを考えながら陽は口を開く。


「もっとほしいのか?」

「むぅ……」

「だからなぜ拗ねるんだ……」


 てっきりマスカット味をもっと食べたかったのかと思って聞いたのに、また真凛が不服そうに頬を膨らませてしまったので陽は内心困ってしまった。

 そしてどう対応したらいいのかわからず、再度ソフトクリームを舐める。


「…………」


 そうしていると、隣にいる真凛は明らかに不機嫌になってしまっていたのだが、そのせいで陽は自分の対応のどこがまずかったのかを考える羽目になった。


 もう既に真凛を甘やかす対象として見ている陽は、前と違ってそこまで気にしていないのだが――付き合ってもいない男女の間接キスは思春期の男女にとって大きな意味を持つものだ。

 そして、そのやりとりをしていたことで再度陽はとてつもない寒気に襲われた。


「――さて、秋実は少しここで夕日と海を眺めていてくれ」


 ソフトクリームを食べ終えると、陽は鞄を持ち上げて真凛にそう告げる。

 しかし――。


「えっ……?」


 ずっと陽が傍にいるものだと思っていた真凛は、急に離れられそうになって不安げに陽の顔を見上げた。

 まるで捨てられたくない仔犬のような表情に、陽は思わず息を呑む。


「どこに、行くのですか……?」

「野暮用だよ。少ししたら戻る」

「付いて行ってはだめなのでしょうか……?」

「そうだな、少し困る」

「…………」


 お願いを断られたことで、真凛は悲しそうに陽の顔を見つめる。

 そのせいで陽は罪悪感に苛まれるのだが、この後の用事には真凛がいるとかなり不都合なのだ。


 というよりも、彼女の気分を害しかねない。

 それでは彼女のリフレッシュを目的としてここに来た意味がなくなるため、どうしても彼女を連れて行くわけにはいかないのだ。


「何かあればこれを鳴らせ。そうすればすぐに戻ってくるから」


 真凛のことが心配になった陽は、いつか山に行く時にでも渡そうと思っていたある物を真凛に渡す。

 真凛はいったい何をもらえたのだろうかと思い、そのプレゼントを見るが――それが何か理解すると、数段機嫌が悪くなった。


「へぇ……?」


 そして、ニコッと笑みを浮かべて陽の顔を見つめる。

 いったい何がまずかったのか、それがわからない陽は言いようのないプレッシャーに少しだけ冷や汗をかいた。


「ど、どうした?」

「いえ、まさかこんなものを頂くとは思いませんでした。えぇ、どこまでもあなたは私を子供扱いしたいようですね?」


 そう言う真凛は、先程陽からもらったプレゼント――防犯ブザーを掲げて、ニコニコ笑顔のまま首を傾げた。

 どうやら防犯ブザーを渡されたことでまた子供扱いされていると思い込んでしまったらしい。


 それに対し、ようやく真凛が何に怒っているか理解した陽は呆れたように溜息を吐く。


「あのな、お前が子供扱いされるのが嫌いなのはわかるけど、ちゃんと対策は打っておく必要があるだろ? それに、今だと防犯ブザーは大人の女性だって持ち歩くことがあるんだぞ?」

「えっ、そうなのですか?」

「あぁ、そうだよ。むしろ昨今だと大人の女性のほうが使うんじゃないか?」

「へぇ、そうなのですね……。そうですか、大人の女性が……ふふ、ありがとうございます」


 大人の女性のほうが使うという言葉を聞くと、真凛の機嫌は途端によくなる。

 そして、大事そうに豊満な胸の前でギュッと握りしめた。


 もちろん、実際に大人の女性がよく使うのか、ということや、そもそも持ち歩いているのか、ということを陽は知らない。

 ただ、普通に考えるとありえるだろうな、と思い咄嗟にそう伝えたのだ。


 それで狙い通り真凛がご機嫌になった以上、もう何かを言う必要はない。

 だから陽は、真凛の地雷を再び踏む前にこの場を離れるのだった。


(あいつ、ちょろいのか気難しいのかよくわからないな……)


 と、そんなことを考えながら。

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