第24話「日本のエーゲ海と呼ばれる恋愛スポット」

「…………」

「まだ気にしているのか?」


 目的地に着いてもなお顔を赤くしてモジモジとしている真凛に対し、陽は気まずい空気を感じながら声をかける。

 すると、真凛は潤んだ瞳で陽の顔を上目遣いに見上げてきた。


「あんなこと言われて、平然としていられませんよ……」


 真凛がそう言うと、丁度すれ違った女性二人がギョッとした表情をし、チラチラと陽のことを見ながらヒソヒソ話を始める。

 絶対に変な勘違いをされているのだが、真凛に悪気があるようには見えないため陽は文句を言うことができなかった。

 そして、仕方がないと諦めて別の話題を振ることにする。


「ここがどこかわかるか?」

「牛窓町、ですよね? 運転手さんに言われてるのをちゃんと聞いておりましたよ」


 今回陽たちが訪れたのは、二人が住む岡山県の南東で瀬戸内海に面する町だった。

 陽が住む地域からはまぁまぁ遠く、真凛のところからは凄く遠い位置にある。

 だからか、真凛は少し残念そうな声を出す。


「どうせなら、朝から来たかったですね……」


 その言葉を聞き、陽は気まずそうに頬をかいた。


(こいつ、頭がいい割に結構天然なんだよな……。今まで何人かの男を勘違いさせていそうだ)


 真凛の先程の発言は、聞く者によっては朝から一緒に遊びたかったと捉えられかねない発言だった。

 特に思春期の男子は気になる女子の言葉を自分に都合よく取りがちである。

 何気なく発した真凛の言葉でドギマギとしている男子の姿が、陽には容易に想像することができた。


「来てみたかったのか?」


 当然真凛が先程の言葉をどういう意味で発したか理解していた陽は、彼女の気持ちを想像して答え合わせをしようとする。

 そして、真凛は恥ずかしそうにコクリと小さく頷いた。


「牛窓は日本のエーゲ海とも言われ、黒島ヴィーナスロードやオリーブ園などの観光スポットが目白押しですからね……。一度、来てみたかったのですよ……」


 その言葉を聞いた陽は、ここに真凛を連れてきたことは失敗だったと思った。

 なぜなら、先程真凛が言ったスポットは恋愛に関係する場所だったからだ。


 黒島ヴィーナスロードは干潮時に砂の道が現れ、三つの島を繋ぐ砂道を歩くことができる。

 その中で中ノ小島なかのこじまにある『女神の心』と呼ばれるハートの石に二人で触れると、恋愛が成就すると言われており、恋のパワースポットとしても人気を博している。


 そして、牛窓オリーブ園は恋人の聖地と呼ばれるほどだった。


 他にも牛窓には恋愛祈願ができる神社などあり、真凛が来てみたかったという理由が陽にはわかってしまう。


 彼女に綺麗な景色を見せたくてここに連れてきたのだが、恋愛に疎い陽はその辺の配慮がかけていた。

 そのことを申し訳ないと思いつつ口を開く。


「いつか、ちゃんと来れることがあるさ」


 今の陽に言えることはそれくらいしかなかった。

 そんな陽を見上げて真凛はクスリと小さく笑う。


「なんだか、気を遣わせてしまってばかりですね。気にしないでください、葉桜君のおかげで大分気持ちは楽ですから」

「そうか」


 その言葉は強がりなのか、本音なのか。

 残念なことに真凛の表情からはわからなかった。

 だから陽は素っ気なく返しながらも真凛の表情を注視する。

 すると、真凛は手を口に当ててクスリとかわいらしく笑った。


「本当に、葉桜君はお優しいですね」

「次その言葉を言ったら強制的に帰らせる」

「そして、やはりツンデレですね」


 優しいと言われて陽が睨むと、真凛は意に介さずかわいらしくて優しい笑顔を返してきた。

 言葉からは挑発しているように感じられるが、本人は全く違う意味を込めてその言葉を言っているのがわかる。

 そのせいで、陽はなんと言っていいかわからなくなってしまった。


(本当に、こいつが相手だとやりづらい……)


 陽はそう心の中で愚痴を漏らし、真凛から顔を背けてしまった。


 すると、逆に真凛は少しだけ楽しそうに陽の顔を覗き込んでくる。


「そういえば、凄くおいしいジェラートがあるのですよね? まだお目当ての景色には少しだけ時間がありそうですし、ジェラートを食べに行きませんか?」


 ニコニコと子供のようにかわいらしい笑みを浮かべて、真凛はそう誘ってきた。

 まだ春から夏への変わり目の時期とはいえ、暑さを感じないわけではない。

 だから真凛の言葉には正直陽も賛成だったのだけど、生憎時間が悪かった。


「残念ながら、17時に閉まっている」

「えぇ!? そ、そうなのですか……」


 結構軽い感じで誘ってきた真凛だが、食べられないとわかるや否かなり残念そうに落ち込んでしまった。

 どうやら取り繕っていただけで、実際は凄く食べてみたかったようだ。


「…………」


 シュンと落ち込んだ真凛を前にし、陽は考え始める。

 そして、先程の真凛の言葉も思い出し、こちらから提案をしてみることにした。


「明日――もう一度、朝からここに来るか?」


 陽のその言葉を聞いた真凛は、目を丸くして陽の顔を見つめる。


 まさか陽からこんなふうに誘ってくるとは思わなかったのだ。

 ましてや、真凛が行きたい場所がどういうところかを陽は理解している。

 その上で誘ってこられたのだから、真凛が驚くのも仕方がなかった。


 ただし、やはり真凛から見て陽が自分に気があるようには見えない。

 だから、これは自分のために誘ってくれているんだと真凛は判断した。


「葉桜君の、ご迷惑でなければ……」


 そして、真凛は遠回しに肯定の返事をする。

 その答えが来たことで今度は逆に陽が驚いてしまった。


 真凛が来たがっている以上頷く可能性はあるとは思っていたけれど、恋愛スポットに行きたいようだから断られる可能性のほうが高いと思っていたのだ。

 しかし、肯定の返事があった以上、誘った人間がなかったことにすることはできない。


 そのため、陽と真凛は明日もここに来ることが決定するのだった。


 ――なお、その直後なぜか陽は言いようのない寒気に襲われてしまったのだが、それはここだけの話。

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