第22話「利用と償い」

「――それじゃあ、切るな」


 時間や待ち合わせ場所を決め終え、用件を済ませた陽は電話を切ろうとする。

 しかし――。


『あっ……』


 陽が通話を切るアイコンにタッチしようとすると、真凛が寂しそうに声を漏らした。


「どうした?」

『い、いえ、なんでもないです……』


 なんでもないと言いながらも、声からは何かあるようにしか聞こえない。

 だから陽は今の真凛の心情を想像し、口を開いた。


「遠慮しなくていい。言いたいことや聞きたいことがあるなら、俺はちゃんと聞くからさ」


 陽はてっきり、真凛は佳純とのことを聞きたいんだと思い、そう伝えた。

 しかし、真凛の言ってきた言葉は陽の想像を遥かに上回る。

 なんせ――。


『明日も、お電話してもよろしいでしょうか……?』


 気になっている異性相手にしか言わないような言葉を、真凛は陽に言ってきたのだから。


「…………」


 陽は思わず黙り込み、どうして真凛がこんなことを言ってきたのかを考える。

 そうすると、陽が黙り込んでしまったからか真凛は続けて声を発した。


『だめ、ですか……?』


 陽は真凛の顔が見えていないにもかかわらず、彼女が上目遣いで見上げてきている姿が思い浮かぶ。

 そして、額に手を当てて天を仰ぎながら口を開いた。


「いや、構わない。それでお前の気が紛れるのなら、好きなだけ俺を利用すればいい」

『――っ』


 陽がそう言うと、電話越しでも真凛が息を呑んだのがわかる。


(図星、だな……)


 そう思った陽は、再度口を開いた。


「別に責めてるわけじゃない。お前が俺を利用することで苦しまなくて済むのなら、それで俺は構わないと思っている。前に言った通り、お前が助かるなら俺を好きに利用すればいい」


『…………どうして、そんなに優しくしてくださるのですか……?』


 陽の言葉を聞いた真凛は、若干声を震わせながらそう尋ねてきた。

 それに対して陽は呆れたような声を出す。


「優しくなんてしていない。ただ、必要なことをしているだけだ」


 ぶっきらぼうにそう答える陽だが、正直本人としても普段以上に踏み込んでいる自覚はある。

 ただそれも、今の真凛には必要なことだと思ったからだ。


 元々陽は、真凛とWin-Winの関係でいるつもりだった。

 彼女が晴喜への想いを忘れて苦しみから解放されるようにし、陽は彼女と行動を共にすることでより綺麗なものを見せてもらうつもりだった。


 しかし、状況を把握するとそんな呑気なことも言っておられなくなったのだ。


 佳純の行動理由を理解した陽は、同時に真凛が置かれた立場も理解していた。


 ただ恋の争いに敗れただけだと思っていた真凛が、実は陽の不始末による被害者だということを――だ。


 だから陽は、今回の問題が解決するまで真凛に尽くすつもりでいた。


『ありがとう、ございます……。助かります……』

「あぁ、秋実の好きなようにすればいい。もちろん、無理な時は断らせてもらうこともあるが」


 全てが思い通りに運ぶほど世界は甘くない。

 陽だってしないといけないことはあるため、さすがに全ての時間を真凛に割くわけにはいかなった。


 もちろん、それはこの問題を解決するために動く必要がある、というのもある。


 その後は真凛から電話を切ると言い出したため、二人のやりとりはそこで終わるのだった。


「――にゃ〜さん、お疲れ様」


 通話を終えた陽は、場の空気を和ませてくれたにゃ〜さんの体を撫でて労をねぎらう。

 真凛が猫好きのようだからにゃ〜さんに芸をさせてみたが、結果は大成功だった。


 やはり、にゃ〜さんは最強だと陽は心の中で思う。


「さて、俺も寝るかな」


 にゃ〜さんを猫用のベッドに寝かせた陽は、夜が更けてきたので眠ろうとする。

 そのためパソコンを切ろうとしたのだが、一通のメールが届いてることに気が付いた。


 そして、送り主の名前を見て息を呑む。


(今俺が送ってる動画はない……となると、厄介な内容だろうな……)


 陽はそんなことを考えながら、メールを開くのだった。

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