第21話「猫だって芸はできる」
「どうした?」
相変わらずにゃ〜さんを膝の上に乗せて甘やかしていた陽は、スマホを耳に当てて真凛に尋ねる。
電話をしたいと言い出すなど普通ではない――既に陽はそう感じ取っていた。
『あっ、葉桜君……こんばんはです……』
聞こえてきたのは、相変わらず子供のようにかわいらしい声。
しかし、普段とは少しトーンが違った。
そして、鼻をすするような音も小さく聞こえてくる。
それによって陽は少しだけ驚いた。
「秋実……泣いているのか……?」
『――っ。な、泣いてませんよ? 変なことを言わないでください』
(ならどうしてそんなに動揺するんだよ)
そう思いながら陽は口を開く。
「ビデオ通話に切り替えてもいいか?」
『――っ! 葉桜君いじわるすぎます! ここは察して別の話を振る場面ですよ!』
「そうじゃない」
『そうじゃないって――きゃっ! 勝手に切り替えてます! なんの確認だったのですか!?』
真凛の返事を待たずして陽が切り替えると、真凛は途端に声を上げて怒った。
よく気が付いたな、と思う陽だが、真凛は陽なら勝手に切り替えかねないと身構えていたのだ。
「安心しろ、俺はお前を見ていない。だから画面を見てみろ」
『白々しいです! そう言って私の泣き顔を拝むつもりですね! 葉桜君がいじわるな人だと私はわかってるのです!』
(お前にとって俺はどういう立ち位置なんだ……)
陽は真凛の言葉に苦笑いを浮かべるが、少しだけ優しい声を意識して声をかける。
「大丈夫だ、俺はそんなクズじゃない」
『急に優しい声になったところが凄く怖いのですが……』
「……電話、切るぞ?」
『わわ、ごめんなさい! 見ます! 見ますから!』
真凛の言葉にイラッときた陽が電話を切ろうとすると、慌てたように真凛は画面を覗き込んだ。
そして――。
「にゃ〜」
画面の先にいたのが陽ではなく、かわいらしい猫だったことで真凛の目は丸くなる。
『ね、猫ちゃん……!?』
「にゃ〜さんだ」
『と、とてもユニークなネーミングセンスをされていますね……』
猫の名前が『にゃ〜さん』だと聞き、真凛はなんともいえない表情を浮かべてしまう。
しかし、目はしっかりと画面越しにいるにゃ〜さんを捉えていた。
「あぁ、付けたやつにそう伝えておくよ」
『葉桜君が名付け親ではないのですね。もしかして……』
真凛はそこで言葉をとぎらせる。
聞いてもいいのかどうかを悩んでいるようだった。
真凛が何を聞きたいのか理解している陽は、膝の上でスマホの画面を見つめているにゃ〜さんの頭を撫でた。
「にゃ〜さん、大福」
「にゃっ!」
陽が『大福』と言うと、にゃ~さんは声をあげて体を丸めた。
その見た目は、確かに大福のようにまん丸だ。
そして、そのにゃ~さんを見た真凛といえば――。
『す、凄いです凄いです! にゃ~さん凄いです!』
まるで子供みたいに目を輝かせて喜んでいた。
声から真凛が喜んでいることを理解した陽は、更ににゃ~さんに指示を出す。
「にゃ~さん、招き猫」
「にゃっ!」
再度陽の言葉に反応したにゃ~さんは、即座に体を起こして置物の招き猫を真似たようなポーズを取る。
そして、まるで人を招き入れるかのように挙げた右手を回し始めた。
それにより、画面越しからは大きな拍手が聞こえてくる。
『凄い凄い! にゃ~さん賢いです!』
本当に子供のように大はしゃぎだ。
それからも、にゃ~さんは陽の指示に従って真凛を楽しませ続けた。
おかげで、十分後にはもう真凛はにゃ~さんにメロメロだった。
『う、上目遣いでのポーズまで……! にゃ~さん、いったい何者なのですか……!』
「賢いだろ? 人に媚びを売ることを覚えているんだ。そしたらおやつがもらえるから」
『夢を壊さないでください! いえ、それにしても賢すぎませんか!?』
「にゃ~」
真凛に褒められたにゃ~さんはご機嫌そうに鳴いて顔を手で擦る。
そして、甘えたそうな顔で真凛の顔を見つめた。
『きゃ~! 葉桜君、今からお家に行ってもよろしいでしょうか!?』
「駄目に決まってるだろ」
喜んでくれたのはいいが、こんな夜中に真凛のようなかわいい子が家に遊びにくれば親に何を言われるかわかったものじゃない。
だから陽は断ったのだけど、余程にゃ~さんと直接会いたいのか真凛はシュンとしてしまう。
「また今度遊ばせてやるから、今は我慢してくれ」
『はい……』
真凛はそう答えながらも、声からは残念がっているのがわかる。
だけど本当に今から来られるのは困るし、夜道を真凛一人で歩かせるのも怖い。
だから陽は頷くことができなかった。
このままにゃ~さんがいると真凛の頭はにゃ~さんのことでいっぱいになると思った陽は、もう目的を果たせたということもあってにゃ~さんを映すのをやめる。
すると、真凛はとても名残惜しそうな声を出したが、陽は気にせず普通の通話へと切り替えた。
「さて、まじめな話をしようか」
『葉桜君の切り替えの早さに驚きです』
「別に、俺ははしゃいでなかっただろ? はしゃいでたのは秋実一人だ」
『…………』
陽は真凛が元気になるようにゃ~さんに芸をさせていただけで、本人自体はそこまではしゃいでいなかった。
逆に、真凛は子供のように大興奮だったのだ。
その温度差はかなりあり――そして、自分が同級生の前で大はしゃぎしていたことを思い出した真凛は悶え始めた。
「女子って、猫を前にすると人が変わるよな」
『~~~~~っ! い、言わないでください……! というか、追い打ちをかけないでください……!』
「知ってるか、スマホってビデオ通話を録画できるんだぞ?」
『と、撮っていたのですか!? 鬼畜です! やはり葉桜君は鬼畜です! 今すぐ消してください!』
自分の醜態を映像に残されたと思った真凛は、慌てたように大声を張る。
すると――陽は、クスクスと楽しそうに笑った。
『あっ……』
陽の笑い声を初めて聞いた真凛は、驚きから思わず怒りがどっかに飛んでしまう。
「どうした?」
『あっ、いえ……本当に消しておいてくださいね?』
真凛の態度を不思議に思った陽が尋ねると、彼女は若干戸惑いつつも優しい声でそう言ってきた。
陽はその声に再度違和感を覚えるが、遊び疲れて膝の上で眠り始めたにゃ~さんの体を撫でながら口を開く。
「安心しろ、さすがに録画は冗談だ」
『からかったのですね……もう、本当にいじわるな人です』
てっきりもっと怒ると思ったのに、真凛はなぜか優しい声でそう言ってきた。
その声を聞いた陽は彼女の仕方なさそうに笑っている顔が浮かぶが、どうして彼女がそんな声を出したのかわからず首を傾げる。
そして――。
「眠たくなったか?」
急に真凛が大人しくなったものだから、陽はそう聞いてしまった。
もちろん、その言葉を聞いた真凛からは少し呆れられてしまったのだが。
その後、二人は週末の集合時間などを決めて少しだけ談笑するのだった。
――葉桜陽は他人を寄せ付けない性格をしているためよく勘違いをされるが、実は面倒見がよくて傍にいる人間は甘やかしてしまう男だ。
そのことを知るのはにゃ~さんと佳純のみなのだが、後に真凛も段々と知っていくことになる。
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