第9章 慟哭
9-1
憧れの騎士がいた
その騎士は、
子どもの頃に読んだ外国の伝記の中にいた
騎士は数々の魔物を倒し、
王を救い、
幾度も国の民を救った
騎士はどんな時も諦めずに戦った
そして一度も負けなかった
やがて
騎士は国の英雄となった
自分もそうなりたいと思った
魔法ではなく、
ひたすら剣の腕を磨いた
いつか
国のために戦い、
体の弱い妹を守りたいと思った
俺には、憧れの騎士がいた
その騎士の名は──
*****
光の柱が地上と空を繋いでいた。
数秒前まで青空だったのだが今は雲はなくなり、太陽さえも地上から放たれた光によって隠されてしまっている。
ジードとシオンは光の中心に着いた。
周囲を見渡す。
「リット!」
光の柱の中にリットがいた。
離れた場所に、それを見ているバズがいる。
ライズが近くで倒れていた。絶望的と言えるほど血を流し、左腕は失われていた。シオンが駆け寄る。
ジードは、バズとリットの間に割って立つ。
「ほう。生きていたか」
バズは満身創痍で、着ている鎧はところどころ砕けてヒビが入っていた。左の手首から先が無い。
「……終わりにしてくれ。お前の目的は達成されたはずだ」
バズは高笑いをして、剣を構えた。
「まだ生きてる人間がいるではないか。それに、貴様には、俺と戦わねばならぬ理由があるぞ」
バズが何かを投げた。
飛んできたそれは一度バウンドをしてジードの足元で止まった。
ジードはそれを拾う。髪飾りだった。
見覚えのある── 妹のルシアの──
乾いた血がついてた──
「お前……ルシアをどうした?」
「バカか貴様は。それを見てもわからないのか」
「どうしたって聞いているんだ」
ジードは剣を抜く。
モジュレータには既に刃が現れている。
「殺した」
「バアアァァァアァァアアズゥゥゥ!!!!」
怒りの感情を露わに、ジードはバズに向かって猛然と走る。頭を目掛けて剣を振る――その剣はかわされ、刀身は斜めに空を斬りつけた。
ジードは右横からのバズの突きを避け、凄まじいスピードで剣を振るう。しかしその攻撃はバズの剣にすべて弾かれた。
五合、六合と二人は剣を交わす。
激しく火花が散った。
はた目からは互角の戦いのように見えたが、勝負はすぐについた。
ジードが渾身の力を込めて刃を振り下ろす。
バズは剣で攻撃を止めようとしたのだが──ジードの剣の刀身が急に消え──そして現れた。
その攻撃は、剣技の枠から外れていた。
ライズとの戦いで傷つき消耗著しいバズには避けることなどできなかった。
バズの首筋から血飛沫が飛び散る。大きな音を立て、無言のままバズは倒れた。震えるように何度か痙攣し、間もなく動かなくなった。
ジードは赤茶色に汚れた髪飾りを拾いあげて握りしめる。力の限り握った掌から、血の雫が滴り落ちた。
剣を収める。
ジードはリットの方を向き、ゆっくりと、光に誘われるように歩き出す。
「それに近づいてはいけません!」
遠くからシオンが叫んだ。リットを包む光の力が増していく。ジードが近寄るとより一層、光が強くなった。
「来ない……で」
ジードの腕や足に刃物で切られたような血の線が走る。しかし、表情を崩さないままさらに一歩踏み出す。リットまではあと五メートルほどだ。
「苦しい……よ」
リットは両手で胸を押さえる。
「お母……さん、村のみんな……死んじゃ……った」
「動くなよ。いま行ってやるから」
「いやだよ……お願い、助けて……」
ジードはリットを取り囲んでいる光の中に両腕を入れる。
「すまない、リット」
リットの小さな背中に両腕を回す。瞳を潤ませ、リットはジードを見上げる。
その直後──
ジードの両腕が肩口からねじれ、数十メートル後方に弾けるように千切れ飛んだ。どさりと音を立てて二本の腕は別々の場所に転がる。
ジードは前のめりに倒れた。
「いやああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
光が急激に膨張し、一直線に空を貫く。その光景は、遥か遠くのクライトからも見ることができた。
天に亀裂が走る。
そして光の門が開き、門の奥から溢れ出した闇が地上に降り注ぐ。
<それ>は上空に現れた。
<それ>は絶望だった。
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