第7章 カナシイヒカリ
7-1
学院の生徒たちが魔法士を目指すにあたって、もっとも苦労すること。それがソークのコントロールである。
魔法士ギルドの創始者シリウス=ラスターは、ソークについてこう述べている。
『ソークとは被創造物一切が生命を維持するための根本的なエネルギーである』と。
人間は、水、太陽光、空気、食べ物などに含まれるエネルギーを吸収し、体内で新たなエネルギーに作り替え、生命としての営みを行っている。
この<体内で生成されたエネルギー>がソークである。
全ての生物はソークを有している。ところがランク持ちではない人間に魔法を使うことはできない。なぜなら器が無いからである。
魔法は多量のソークを資源とする。
ソークは体内で常に余裕を持って作られており、必要な分だけが生命活動に消費され、余分なものは全身から常時体外に排出される。
魔法士(見習いである学院の子どもたちも含む)は、モジュレータを身につけることで、器の中にその余ったソークを溜め込むことができる。モジュレータ(正確には身に付けることによって表れるコンソール)を操作してライブラリに繋ぎ、目的の魔法のある場所にアクセスすると、魔法がソークと引き換えに体内の器の中に入ってくる。 ※場合によってはキープレートやパスワードが必要。
ソークと魔法は器の中に混在することになる。器に入った魔法は、モジュレータによって通し番号がつけられる。ここまでくれば、あとは簡単なモジュレータの操作で魔法を使うことができる。魔法を使用すれば器にその分の空き領域ができる。例外もある。『照明』などの魔法は、光の球をそのままとどめておく必要があるので、魔法を使った後もソークを少しずつ消費し続けることになる。また、光の強さの制御にもソークを使用する。
器内でのソークのコントロール、魔法の出し入れ。ランクは先天的なものであるが、魔法の知識、一連のモジュレータの操作やソークの制御能力は、日々の学習や修練で高めることができる。この能力こそが本当の意味で魔法士の資質だと言える。
*****
時計を見て、教科書とノートを閉じ、鞄に入れる。この頃は、朝早くおきて予習をするのが私の日課になっていた。授業がだんだんと難しくなってきている。
そろそろ七時だ。もうすぐスピーカーから音楽が流れはじめる。
首飾りを外し、机の上に置く。
私はタオルを持って部屋を出た。皆が起きる前に洗面所に行って顔を洗って髪をとかしておけば、のんびりと余裕をもって朝食が食べられる。
顔を洗ってタオルで拭く。濡れた手で鏡を見ながら寝癖を直して、部屋に戻る。鏡台の前に座って髪をとかす。
お母さんの形見の首飾りをつける。
器がソークで満たされる。
私は首飾りに触れ、双頭の竜を象った小さなメダルの裏にあるツメを倒す。
視界にコンソールが表れる。
本来、生徒が自分のモジュレータを持つことが許されるのは、三年生になってからだ。それまでは、先生が授業のたびに貸してくれる。
私は例外だった。
一年生なのにモジュレータを持っている。それに十四歳なのに学院への入学が許された。
優遇されている。
上級生や他のクラスのあいだで、そのことについて色々な、根拠の無い噂がささやかれている。私にも分からないから、訊かれても答えようがなかった。
首飾りを操作して、元の状態に戻す。コンソールは消え、モジュレータにロックがかかる。
こんな簡単なことに気づかなかった。あの時の私は──
*****
「で、どれが本当なの?」
キトは早々に食事を終え、紅茶を飲んでいる。
朝。
食堂はいつものように賑わっていた。
学院にやってきたばかりの頃はキトと二人で朝食を食べていたけれど、今では、他のクラスの子や図書館で知り合った友だちもテーブルに誘ってくれる。
「どれも違います」
「最新の情報じゃ、あなた、ライザ様の隠し子ってことになってるわよ」
私はスプーンを落としそうになる。
「そうそう。上級生のあいだでそんな話になっているらしいぞ」
「私は、魔法というものがこの世にあることもずっと知りませんでしたし、お父さんもお母さんも普通の人でした」
「私には、カチュアが優遇されてるなんて思えないけどね」
キトは続けて、
「だってそうでしょう。クレズって戦争で一番被害があった町じゃない。突然戦争に巻き込まれて、色々あってゼノン公国のオーバーバウデンで暮らすことになって。シリウスの調査が及ぶところに住んでいなかったんだもの。今後カチュアと同じような子が見つかったら、同じように入学させてくれるんじゃないかしら。モジュレータは、カチュアのお母さんの形見なんだから取り上げるのは可哀想だし」
その場にいた子たちは、キトの言葉に納得する。私は、そうかもしれませんねとしか言えなかった。
「ところで、カチュアは魔法のこと知らなかったのに、どうしてここに来れたの? オーバーバウデンで何があったの?」
クラスメイトのその質問に、私は答えることができなかった。胸が痛む。色々なことを思い出してしまう。嫌なことばかり。
「……」
「その話はまた今度にしましょ」
私一人、食事が進んでいないことを理由にして、キトは別の話をし始める。私は聞き手に回り、食べるペースを速めた。
そのうちに食事が終わり、私たちは食器とトレイを所定の場所に置き、洗面所で歯を磨き、それぞれ部屋に戻って授業の支度をして、学院に向かった。
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