3-4


 カチュアがシリウスに入学してから、二週間が経った。

 年上であることを鼻にかけず、誰に対しても優しいカチュアは、クラスメイトたちとすっかり仲良くなっていた。

 だが、そんなカチュアも魔法の勉強に関しては苦戦している。

 魔法の基礎を学ぶべき時期にいなかったせいで、教師の説明の中に出てくる単語のほとんどが理解できず、全く授業にならなかった。


 考えた末。

 クラスメイトのノートを借りて自分が来るまでの部分を写したり、休み時間や休日に教師のところを訪れて勉強を見てもらったりした。

 努力の甲斐あって、次第に授業の内容も解るようになり、今では他のクラスメイトに質問されることさえある。





*****


【魔法】

モジュレータによってライブラリから引き出せる力。ソークと引き換えにして魔法を使うことができる。


【魔法士】

魔法使いの総称。ランクを持ち、モジュレータを駆使して魔法を使いこなすことができる者のこと。


【器

魔法とソークを溜め込むための貯蔵庫。ランク持ちであるということは、器を持っているということ。


【ソーク】

魔法を使うための燃料。モジュレータをつけることで、器にソークが注がれるようになる。


【ランク】

ソークを大きさによって二十四段階に分けたもの。アルファからオメガまである。


【モジュレータ】

昔は神機しんきと呼ばれていた。魔法を使うための道具。その全てが千年以上前の遺跡から発見されている。指輪や首飾り、腕輪など様々な形状のものがある。不思議な赤い石を動力として、ライブラリから魔法を取り出すことができる。


【ライブラリ】

魔法が置いてある不思議な領域のこと。モジュレータを使って私たちは、ここから魔法を呼び出す。すべての魔法には個別の番号が割り当てられている。


【プレート】

キープレートとも言う。特定の魔法を取り出すために必要なパスワードが入っている小さなアルミナ製の板。


*****


 魔法学の授業中──カチュアは黒板に書かれた内容をノートに書き写す。そしてこの授業の専任であるラーチェの説明を聴きながら、補足などを追記していく。



Αα アルファ  alpha

Ββ ベータ   beta

Γγ ガンマ   gamma

Δδ デルタ   delta

Εε イプシロン epsilon

Ζζ ゼータ   zeta

Ηη イータ   eta

Θθ シータ   theta

Ιι イオタ   iota

Κκ カッパ   kappa

Λλ ラムダ   lambda

Μμ ミュー   mu

Νν ニュー   nu

Ξξ クシー   xi

Οο オミクロン omicron

Ππ パイ    pi

Ρρ ロー    rho

Σσ シグマ   sigma

Ττ タウ    tau

Υυ ユプシロン upsilon

Φφ ファイ   phi

Χχ キー    chi

Ψψ プシー   psi

Ωω オメガ   omega




「ということでですね、このようにランクはソークの大きさによって、二十四の段階に分かれています」


 早々とノートに書き写し終わった生徒が、


「でもなー、魔法士の資質がランクで決まるんなら、頑張っても無駄じゃんか」


「確かにそういう一面もありますね。ですけど、魔法はランクだけで成り立っているわけではありません。努力すれば一つや二つのランクの壁なんて簡単に超えることができます。ランクとは、ソークを溜めておく器の大きさに過ぎません。ライブラリにアクセスし、必要な魔法を器内に落として効率よくそれを使用すること──魔力のコントロールこそがなにより重要なのです。それに、」


 ラーチェは白いローブのフードを取って顔を出す。肩に届かないくらいの長さの髪を三つ編みにしている。これは見た目よりも動きやすさを重視しての選択だった。

 ちなみに銀縁の指輪がラーチェのモジュレータである。


「たとえば、ライブラリの〇〇一九七四番に『照明』の魔法があります。これは全てのランクで使用することができますが……」


 ラーチェが両手で複雑な印を結ぶと、中空に小さな光の球が現れる。続いて、今度は両腕を下げたままにして何かを呟く。

 すると、もうひとつ光の球が出現した。


「このように、魔法は『印』と『詠唱』の二種類の方法で発動することができます。どちらも知らなければ、魔法を使うことはできません。いくらランクが高くても魔法の知識がなくては、ランク持ちであっても意味がないのです。そしてそれは、あなたたちにモジュレータがまだ与えられない理由でもあります。知識あっての魔法なのですから」


 ラーチェが中指の指輪を外して教卓に置くと、光球が消える。


「頑張り次第でランクが上の人より優秀な成績を残すことは充分に可能です。実際に私はそういった生徒を何人も見てきました。ですが、私としましては、成績など気にしないで欲しいと思っています」


「でもそれでオレたちの未来が決まるんだぜ」


 席が一番前の、金髪の生徒が言う。


「そうよ、先生。成績によって就ける仕事が決まると聞いています!」


 指輪を指にはめ直してから、ラーチェは生徒たちを見渡す。


「あなたたちの体は一つです。違いますか? 就ける仕事も一つ。たしかに成績が優秀であれば、未来の選択肢は増えるでしょう。ですが私は、そんな受け身な姿勢で、あなたたちに自分の将来を決めて欲しくありません。これから四年間、あなたたちは様々なことを学びます。その中で、自分が本当にやりたいことを考え、見つけ、そのための努力をしてください。世の中には様々な職業があります。卒業生の中には、魔法を必要としない仕事に就く人もいるのですから」


「あの……」


 ひとりの生徒が遠慮がちに手を上げる。


「なんですか、カチュア」


「わたし……アルファでも……その……仕事に就くことができるのでしょうか?」


「もちろんです」


 と、きっぱり答える。


 ラーチェは生徒たちに聞こえるようにため息をつく。


「どうもランクを気にする子が多いようですが、はっきり言いまして、アルファとベータ、ガンマには、ほとんど差はありません」


 カチュアはそれを聞いて安心する。

 二週間前の初めての授業で、教師であるシオンに自分が最下位のランクであるアルファだということを伝えられ、カチュアは少なからずショックを受けていた。クラスメイトにアルファの子はいない。皆、ベータ以上のランクだ。


「少し脱線しましたね。ですが、最後にもう一度だけ言います。卒業したあとの進路は皆さんの自由です。あなたたちはランクという普通の人には無いものを持っています。だからといって、魔法職に就く必要はありません――私はここの講師ですから、大きな声では言えないのですけど」


 生徒たちの半分くらいは、その意味が理解できずに首を傾げている。

 チャイムが授業の終わりを告げる。


「ランク持ちだからといって、自分を限定しないでください」


 そう言い残して、ラーチェは教室を出ていった。午前の授業が終わり、昼食を食べる為に生徒たちは宿舎へ向かう。


(私のやりたいこと……)


 クラスメイトたちが食事の献立の話をしている中で、カチュアだけが、ラーチェの言葉の真意を考えていた。


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