「好奇心、犬を殺す」

@midori_bokujou

「ジャンヌ・ダルクの侵食」その1

 仏頂面と呼ばれる事の多い僕だが、今日はいつにも増して不機嫌そうに見えるのであれば、それは僕の目の前にいる依頼者に言って欲しい。なにせ、二度と会いたくない人が唐突に押しかけてきたもので。

 いつもニコニコしてて気味が悪い、貼り付けたような微笑みがなんとなく気に入らない。いやそれよりも。


「なんであなたがここに来るんですか」

「嫌ねぇ、お仕事の依頼に来た人に対してそんな素っ気ない態度なんて」

「来て欲しくないって言ってるんですよ」


 今回の依頼者は、僕の学生時代の一個上の先輩である相生御景あいおい みかげ。ある事情からお互いに距離を置いていたはずなんだけど、何故か今回依頼しにやって来たらしい。正直うっとうしい。


「可愛い後輩ちゃんにしか頼めないモノがあるのよ。しかも、あなたにしかできないって言うオマケ付きでね♪」

「はァ」


 思わず気の抜けた返事をしてしまった。そういえばこの人は昔からそうだった。とにかく人の気持ちを無視する。そして自分の言う事を全部押し通そうとする。止めて欲しい。というか止めれ。

 とは言え、ここで押し問答をしているのも時間がもったいない。何より「実は仲良いじゃん」と思われるのもだ。根負けという体にしておいて話を聞いてとっとと帰そう。


「それで、今日はどんな御用件で」

「あら、引き受けてくれるの?」

「まずは内容を聞いてからです」

「大丈夫よ、あなたなら必ず引き受けてくれるから」


 そう言うと彼女は表情を変えて話を始めた。ろくでもない事でなければいいけど。


「あなた、ジャンヌ・ダルクって知ってる?」

「フランス・イングランド間の百年戦争の時に活躍したとされる通称オルレアンの乙女の事ですか」

「違う違う、歴史の偉人じゃなくって。ほらここ最近テレビとかでよく見るじゃない。あれよ、あれ」

「あぁ、あの宗教の人ですか」


 ジャンヌ・ダルクとは、最近巷で噂の女性宗教家の名前である。宗教が流行るなんていうのはそれぞれの時代ごとによくあった事だろうとは思うのだが、この情報化社会において今どき流行るとは確かに珍しいとは思っていた。なんでも彼女の考え方や神様への感謝の仕方とかで救われた人が多いとかナントカ。だけどそんな事はどの宗教でも聞くようなありふれた事に過ぎないはずだが。


「凄いですよね、いつだか占いが流行った時でもこんなようなブームになってましたっけ」

「微妙に私への当てつけに聞こえるのは気のせいかしら?」

「気のせいですよ。それで、その教祖様がどうかしたんですか」


 先輩が少しだけムッとした気がしたが、何を隠そうこの人の職業は占い師なのである。今どき儲かるのかはさておいて。


「ある日なんとな〜く気になって彼女を占って見たのよ。そうしたらまあ大変!このままでは彼女に世界を支配されてしまうと出てしまったのよ!」

「・・・は?」

「宗教というのは何も良い面だけではないわ、過去に日本でもナントカ教の人達が宗教の教えを歪んだ解釈で過信したあまりに色々と過激な事を繰り返して一時パニックに陥った事があったのはあなたも知っているでしょう?」

「まぁ、そんな事もありましたっけ」

「他人事ではないのよ!?そういう人間達がこの技術の遥かに進んだ時代に今再び生み出されようとしているの!そうなれば、この国はもう一度あの時のように恐怖に包まれる事になってしまう!それは私達とて例外ではないの!」

「一回落ち着きましょう」

「・・・んもぅ、あなたってば本当に釣られてくれないんだから」


 立ち上がって雄弁に語り始めていた先輩が頬を膨らませながら座り直す。職業柄なのだろうか、話し方がいちいち大げさなんだよなこの人。


「でも、今話した事は満更でもないのよ」

「と言うと」

「ジャンヌ・ダルクは急速に信仰者を増やしているけど、その裏で失踪事件や行方不明者が多くなって来ているのよ。さすがにそのくらいはニュースで見てるわよね?」


 それなら知っている。ジャンヌ・ダルクが関わっているかはさておき、最近謎の失踪や行方不明者が続出しているらしいのだが。まさか。


「ジャンヌ・ダルクが犯人だって言うんですか」

「それをあなたに調査して欲しいわけ♪」

「ずいぶんと長い前フリでしたね」

「こうでもしないと、あなた話を聞いてくれないもの」


 こうでもされたら余計に聞きたく無くなるけども。しかし、今の話を総合するに、僕の管轄ではない気がする。そういう話はまず、


「警察に相談しなさいって言うつもりでしょう?」

「人のセリフを取るのはやめてください」

「それくらいは分かるわよ、それにこの事は既に警察も動き始めてるらしいし。」

「でもなかなか尻尾が掴めないと」

「ぴんぽーん♪だ・か・ら、お願いね♪」

「・・・はァ、また厄介なモノを押し付けてきますね」

「お仕事でしょう?なら何事も喜んで取り組まなくっちゃ」

「僕は居酒屋の店員じゃないんですけど」

「警察も動いてるから、ある程度は情報を分けてくれるんじゃない?ほらあなたの好きなあの人から」

「丁寧さん、か。・・・って、誤解を生む言い方はやめてください。殴りますよ」

「暴力はんたーい」


 仕事とはいえ、少々しんどくなりそうだなこれは。とりあえずは調査から始めないとな。まずは丁寧さん、こと先輩の同級生であり警察官である越締丁鳥こしじめ ていちょうに話を聞きに行くとしよう。この時間なら交番に詰めてるだろうか。


「分かりました、引き受けてあげますよ」

「ありがとー♪お礼にキスでも」

「いらないです」

「んもぅ」


 最後までやかましかった。

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