僕と彼女のエスカトロジズム
佐倉真理
僕と彼女の怪異退治
第1話 事件へのいざない
円藤沙也加がその奇妙な動画を見せてきたのは、秋と冬の間の頃であった。
すなわち、彼女が何者であるかを知ってすぐ後のことである。
円藤沙也加は退魔師である。
拝み屋とかゴーストバスターを自称することもある。彼女は自身をどのカテゴリーにおくかにはさほど興味が無いらしく、どの呼び方であっても良いとのことだった。
僕は『魔を退ける』という言葉が一番彼女の在り方に近いと思うので、退魔師が一番しっくりくると思っている。
そして僕、干乃赤冶は退魔師の助手兼婚約者である。そう言うことになっている。
沙也加とは大学で同じ講義を取っていたことをきっかけに出会い、親しい友人となり―――奇妙な事件をきっかけにして、彼女の助手兼婚約者という立場に置かれることとなった。
ちなみに僕と彼女は恋人というワケでは無い。僕は彼女のことを好きだし、彼女も僕のことを憎からず思ってくれていると思う。だが、恋という言葉を当てはめるには違和感があった。だが彼女は突然、僕に婚約宣言をしてきた。現状、この件は保留状態となっている。つまりはなぁなぁにしており、このまま行くと僕は円藤の姓を賜ることとなる。果たしてこれがどういう意味を持つのか、目下思考中というところだった。
さて、そんな僕と彼女の関係であるが、名前とか立場とかが明らかになったり、考え方の更新を余儀なくされたりはしていたが、その実、さして変わってはいない。つまり、もっぱらオカルトとかサブカルチャーとかについての話がメインである。
宇宙人とか、都市伝説とか、陰謀論、新興宗教などから、怪談やホラー映画、SFなどそれらをネタにしたエンタメ作品まで。僕たちは出会ってから今日まで変わらず、世の中の不思議なことについてを話題に飽きること無く語り合っている。
それはつまり、彼女の繰り出す話題が仕事の話なのか、それともプライベートな与太話なのか、分かりづらいということでもある。
彼女が見せてきたその動画も、わかりにくい話のひとつであった。
「そういえば、去る筋から手に入れた動画があるのですが」
などと切り出され、彼女のスマートフォン―――ライフオブフラワーの刺繍がされたケースを使っている―――からその動画を再生したのが学食でカツカレーを貪っていた時のことであり、その直前まで昼食を取りながら有名心霊動画のディレクターが映像会社を超えて集結し霊と戦う『心霊マスターテープ』なるビデオ作品の話をしていたことも誤解を呼ぶ一因だった。
映し出された動画だが―――彼女のスマートフォンには砂嵐しか写っていない。いわゆるホワイトノイズである。YouTubeで集中するためのBGMとして砂嵐だけをひたすら写す二時間耐久動画があるが、まさにアレと同じであった。
僕はその動画を根気強く見た。何時、何が起こるのか。そういう緊張をはらみながら彼女のスマートフォンを眺めた。しかし―――
「終わりです」
5分ほど経ち、シークバーが右端に付くと彼女はあっさりとそう言ってのけた。砂嵐から突然、悲鳴とともに充血した顔が飛び出てくることもなければ、意味深な言葉や髪の長い女性が現れるということもなかった。もしかすると途中で何かしら謎の声が聞こえていたりしたのだろうか―――と思ったが、どうやらそうでも無いらしい。
「……で、なんなのさこれ」
僕がいくらかの失望を含んだ抗議の声を漏らすと、彼女は「やっぱり」と何か得心がいったかのようなため息を吐いた。彼女が何を思ってこの動画を見せたのか、さっぱり分からなかった。
「この動画なのですが、元々の撮影者が言うには砂嵐で無い、別の映像が映っていたらしいのです」
「ほう」
ありがちな話だった。しかし、ようやく話が見えてきたので興味が再びもたげてくる。
「それはアレかな。つまり、裸の女性がうねうね踊っているだけ……みたいな?」
いわゆる洒落怖まとめなどで良く聞く話である。
「ひとりだけ見ている動画が違う」というようなタイトルでまとめられることが多い。
「persephone numbers stationのアレですよね。ノイズが混ざった白黒の女性が意味不明な音を発している……という動画が掲示板に流された。しかしある人物だけは裸の女性がうねうねしているだけという動画を見えると言う。ちなみにですがあの動画、元々はアメリカのドラマ『LOST』のプロモーションとして行われた謎解きゲームのヒントらしいですよ」
彼女は僕の反応につらつらと概要から余談までを語ってくれた。
しかしあの動画、意味の分からない奇妙な動画というわけでも無かったらしい。てっきりディープウェブから発見された闇深動画みたいなものかと思っていたのに。また一つこの世の不思議が無くなって得したのか損したのか分からない気持ちになる。
「さて、この動画の方です。これ、元々は豚小屋の監視カメラの映像らしいのです」
「豚小屋……刑務所のこと?」
「ああ、隠語じゃありませんよ。文字通りの豚小屋。家畜を盗む不届き者が居ないかを見張るための防犯カメラです。撮影者が言うには……この動画は深夜の豚小屋に不審な人影が現れて、豚を次々と惨殺する様子が映っていたらしいのです」
それはまた、なんというか。一歩間違えるとスプラッターな動画だろう。あるいは凶悪かつ不気味な犯罪の様子を映した悪趣味な動画と言うことも出来るかも知れない。
しかしながら、その様子は映っていない。ただ、砂嵐が写っているだけだ。
「なんだろう、その……ファイル形式が君のスマホに対応してないとか、そう言う話だったりしない?」
「そして再生したら砂嵐だけになると?そんな話、聞いたことがありませんよ」
確かに対応してないファイル形式であるならばそもそも再生出来なかったり、警告文が出ることだろう。ノイズが走るにしてもホワイトノイズにはならないはずだ。データの大きい動画を再生したときや媒体のスペックが不足している時などにピンクとか緑のノイズが走るのは見たことがあるが、こんなTHEホワイトノイズと言った様子が出てくるのは見たことも聞いたことも無かった。
「私も期待して見てみたのですが、約五分、たっぷりとホワイトノイズを見て脳がリラックスして終わりました。この動画が一体何であるのか。私には判別がつきません。私の体質のこともあります。私が見ても、これが『架空存在』に根ざすものであれば、多くの人に見えても私にだけは何も視えませんし。ただ―――セキくんにも視えないのであれば、やはりこの動画自体には何も写っていないということです。影響を及ぼされているのは撮影者たちだけということになります」
状況が一歩進みました、と僕を置き去りに語る沙也加。
『架空存在』という言葉は彼女の仕事、退魔のキーワードだった。このワードが出てくれば、それは詰まり与太話ではなく仕事であるということになる。
「……その、去る筋って」
「ああ、今回の依頼者さんです。どうやら茨城で養豚業を営んでいるとか。今度、休みの日に現地入りして、マスターテープを見てみようと思うのです。果たしてそこに何が写っているのか、いないのか―――あるいはただのいたずらなのか。確かめに行こうと思うのですが」
どうでしょう?と沙也加はいつもの、休日に各所をぶらぶらする提案をする時の軽さで聞いた。最近はこういうことがあるから油断がならないな、と頭を掻きながら了承を返した。
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